近代ゲームの語り部です。 PSソフト"俺屍"ブログ、リセット禁止でやってました。11/11/24より、PSP版俺屍プレイ日記始めました。今度は5年もかからなければいいな、と思います。
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1019年4月前編
2012年 01月 23日
4月、風に揺られてひらひらと、舞い散る桜の花が台所にも漂い、やってくる。 規則正しい包丁の音が、ぴたりと止んだ。 イ「あら、まァ……」 手のひらを伸ばすも、花びらは掴ませようとしてくれない。 ふわりふわりと、避けられてしまう。 何度か、それを繰り返し。 イ「……」 気づけば、イツ花の瞳は花びらの向こうの空を眺めていた。 どうにもあの日以来、なにをやっていても身が入らないようだ。 洗濯をしていても掃除をしていても、風呂炊きをしていても今のように料理をしている途中でも、心が浮き足立ってしまうのだ。 今もまた。 久しぶりに風の穏やかな春の午後だというのに。 青々とした空は雲ひとつなく、目にも眩しい快晴だというのに。 イツ花は思い浮かべていた。 笑顔の素敵な女性。初めて出会って、戸惑いながらも自分に懐いてくれた小さな女の子。去ってしまった初代当主の顔を。 イ「あっ……痛っ」 よそ見をしていたら指も切る。 こうなることはわかっていたのだ、もともと。 痛い。じんわりと血のにじむ指先を見つめていると、ため息が漏れた。 こんな気持ちを屋敷の人たちの前で見せるわけにはいけない。 イ「嫌ですねェ……もう……」 身近な人の死は、想像以上のショックをイツ花に与えていたようだ。 ~~ 晴「暑いぜ……」 晴海はまるでへばった犬のように、樹の根元にもたれかかっていた。 着物の前をはだけ、開いた口から小さく舌を出している辺りも、父親に見られてしまったら叱られてしまうような有様だろう。 先月、一度の大怪我を負ったため、療養中の晴海である。 庭の姪を縁側から眺めているのは、術書を膝の上に置いた福助。 福「……そんなところにいるよりも、部屋で寝ていたほうがいいよ」 晴「そうは言っても、暑くて」 福「風に乗ってどんな疫病が運ばれてくるかもわからない。体力が弱った今、一気に悪化して死んじゃうかもしれないから」 晴「お、おう……」 脅すような口調に、若干晴海の気も削がれる。 福助も心配しているのだ。覚悟を決めていたとはいえ、初代当主の死を目の当たりにして、『一族は死ぬ』ということが改めてわかったのだから。 とはいえ、今からあまり悲観的になりすぎてもしょうがないと割り切れるのは、若さゆえだろう。 晴海は桜に寄りかかって手で自らを扇ぐ。 晴「でもさ、福。一体なんでこんなに暑いんだぜ。毎日毎日、どんどん暑くなって、どうなっていやがるんだ……チクショウ……」 福「言葉遣いが乱れると、咲也さんに怒られるかもしれないよ」 晴「ぬぇ……き、気をつけるぜ」 福助の指摘を神妙な顔で受け止める晴海。 ちらちらと晴海の様子を伺っていた福助は、そういえばと思い出す。 福「……そうか。晴海さんは12月にやってきたんだったね」 晴「すぐにおばあちゃんとお風呂に入ったんだぜ」 福「それは知らないけど……でも、それじゃこれからは、ますます厳しくなるんじゃないかな」 晴「おう?」 福「この先、8月の中頃まで、ずっと暑くなり続けるはずだよ。耐えられるかな」 晴「ぬ、ぬぇええええ!?」 仰天して目を丸くする晴海に、福助はいつもと変わらない無表情。 顎をさすりながら、神妙に言う。 福「大変だね、晴海さん」 晴「早く冬が来てほしいぜ……」 福「どんなに異常気象でも、10月までは冷え込まないだろうから、あと半年は辛抱してもらわないと」 晴「晴海の生きてきた時間より長いぜ!?」 福「僕とか牽は最悪、裸になって過ごせばいいけど……大変だね、晴海さんは女の子だから、そういうわけにもいかないもんね」 晴「そ、それだ!」 晴海は立ち上がって、びしりと福助を差す。太陽を浴びて輝く目には、幼気盛りの光。そういう感情とは無縁だと思っていた福助ですら「かわいいな」と思ってしまうような、清々しい顔で。 晴「よし! 晴海はきょうから全裸で過ごすぜ!」 とんでもないことを言い出す。 福「いや、あの、それは……マズい、と思う……」 晴「なんでだぜ?」 福「それは……」 邪気なく聞き返されて、福助は言葉に詰まった。 生きていく上で出会うであろう様々な問題に対し、日々答えを用意することに余念のない周到な福助であっても、彼女を納得させられそうな返答がとっさに見つからなかったのだ。 福「……風邪、引くんじゃないかな」 晴「暑いほうが大問題だぜ」 福「女性が裸で過ごすのは、倫理上よくないと思う……」 晴「男だけなんてずるい!」 福「じゃ、じゃあ……咲也兄さんに怒られちゃうよ、多分……」 晴「暑かったら稽古にだって身が入らないし、そんなのどっちにしたって怒られそうだからなんだかとっても理不尽だぜ!」 福「うーん……」 伝家の宝刀「怒られちゃうよ」を抜いても、晴海は納得した様子ではない。 その上、彼女の行動は素早かった。 晴「じゃあ、きょうから早速実践だぜ!」 福「って、ちょっとちょっと……!」 さすがに焦る福助は、慌てて顔を手で覆う。 小袖をぽいぽいと縁側に放り投げて、晴海はあっという間に紅袴一丁になった。 晴「ようやく涼しくなってきたな! ふう、風が気持ちいいぜ」 福「は、晴海さん……」 指の隙間から見れば、晴海はとても良い笑顔を浮かべていた。赤みがかった美しい肌が惜しげもなく天の下に露出する。 不幸中の幸いだったのは彼女が大怪我中で、胸から下腹にかけて、上半身を包むほどの範囲に包帯を巻きつけていることだった。薬湯の色に染まった包帯は少しも透けることなく、衣服の代わりを果たしてくれている。晴海が暑がっていたのは、そのためでもあったのだろう。 福助は安堵のようなため息をつく。 福「でも、なあ……」 晴「これからますます暑くなってきたら、今度は下を脱げばいいんだろう。晴海は天才だぜ!」 福(いや、ヘンタイだよ……) はっはっは、と高笑いする晴海に胸の中でつぶやく福助。 8月になれば、晴海も元服を迎える。それまでに少しは恥じらいを身につけてくれるといいのだが。 いや、さすがにまだ諦めるのは早すぎるだろう。 福(晴海さんに、どうやったら服を着せることができるのか……) これはなかなかに難しい問題のような気がした。 なんといっても、晴海は相当暑さに弱いようだ。実害も出るだろう。彼女の言う通り稽古に集中ができなくなるのなら、むしろ裸でいるほうが荒神橋家にとっては良い効果があるのかもしれない、とさえ思う。 しかし叔父の、男の立場としてそれを認めることはできない。 福(牽だったら、どうするかな……) そんなことを考えたのは、手詰まりだったからだ。 すると、だ。 道場の方から、稽古終わりらしい牽が、のんきな顔でやってきた。 牽「お、晴海ちゃん、もう起き上がれるんだね――って!」 晴「おう?」 まるで殴られたような勢いで後ろを向く牽に、晴海は首をひねる。 晴「どうかしたか? 牽」 牽「ななななんで脱いでいるのさ!」 晴「ふふん、暑いからだぜ」 牽「だ、だめ! だめだから! 早くなんか着て! だめだからね!」 晴「?」 牽「おい福助! お前もなに平然としているんだよ! 早く着物かけてやってくれよ! 晴海ちゃんの柔肌が誰かに見られたらどうするんだ!」 福「あー……」 顔を背けたまま手をばたばたと動かす牽に、福助は「これだ」と思った。 そうして、心の中で謝る。すまない、牽。 福「あのね、晴海さん……」 晴「?」 疑問符を浮かべ続ける晴海に近づいて、耳打ちする。 福「……牽はね、晴海さんのことが“好き”なんだよ。だから、晴海さんがあられもない格好をしていると、牽には目の毒なんだ」 晴海はよくわからなかったようで、瞬きを繰り返しながら聞き返してくる。 晴「おう? 晴海も牽のことは好きだぜ? でもそれがなんの関係があるんだ?」 福「う、それは、僕も確かに経験がないからわからないんだけど……でも、その、きっとすごくもやもやしてくるんだと思うんだ……」 晴「もやもや?」 福「うん、その、なんていうか生理的な意味で……」 再び謝る。すまない、牽。彼はまだ後ろを向いて、囁き合うこちらの言葉も届いてはいない。 だが、それすらも晴海には通じず。 晴「生理的な意味?」 福「ああもう」 諦めた。 福「――よし、牽、脱げ」 牽「なんでだよ!?」 福「晴海さんのためなんだ」 牽「だからなにが!?」 福「いいから早く!」 福助が声を荒げるのは、非常に珍しい。だから牽も、よほどのことがあったのだろうとすぐに説得をされてしまった。 基本的には意気地のない牽である。 牽「わ、わかったよ……よ、よくわかんないけど……」 福「ほら、晴海さん。見ててくれれば、僕の言っていることの意味がわかると思う……」 言いながらも、自信は皆無だったが。 晴「お、おう」 晴海も牽のことを“好き”だと言ったのだ。 恐らく互いの意味は違うだろうが、それならきっと晴海にも牽の気持ちが理解できるはずだ。いや、自信はないが。 もじもじと恥ずかしそうに服を脱ぐ牽。その所作を、じーっと眺める晴海と福助。 福(……なんだこれ……) 脱力して、その場に崩れ落ちてしまいそうになる。 晴海のためなのだと自分に言い聞かせないと、やってられなくなる。 しばらく待っていると、牽がようやく最後の一枚に手をかけた。 牽「一体僕は、なにをしているんだ……」 それは福助にもわからなかった。 庭で全裸の牽の誕生である。 急に風が冷たくなってきた気さえする。 牽「誰か僕に説明をしてくれ……」 局部をかろうじて手で隠す牽が涙を流しそうな声でつぶやく。 あまりにも空気が重いため、福助は咳払いをする。それから、晴海に向き直った。 福「……それで、これが将来的な晴海さんの感じなんだけど……も、もやもやする?」 晴海は下唇を噛み、包帯に巻かれた腹をさすりながら、なにやら形容しがたい顔をしている。 だがすぐに、こくり、とうなずいた 晴「う、うん……」 福「え、ほ、ホントに?」 晴「もやもやするぜ……」 もじもじしながら、うつむく晴海。 信じられない。効果があったなんて。 牽「もう服着ていいかなあ!?」 福「あ、うん、どうぞ」 牽「ああもうチクショウ! なんで僕がこんな目に!」 気持ち泣きながら着物を抱えて家の裏に走ってゆく牽を見送る。 すると、晴海が縁側に置いてあった自分の着物を口元に抱き寄せながら、ぽつりとつぶやいた。 晴「ちょっとよくわからないけど……」 福「……う、うん」 晴海はわずかに頬を赤らめていた。 晴「晴海もさっきまであんな感じだったなんて思うと、なんだか、すごくもやもやするぜ……」 その顔は、恥じらっているというよりも、どちらかというと落ち込んでいて。 福助は哀れな牽に心の中で感謝しつつも手を合わせながら、目を閉じた。 福(そのもやもやは、きっと違うな……) 三度、謝る。すまない、牽。 ~~ イ「って、ちょっとは落ち込んでいたんですけどねェ……」 交神の間、イツ花は頬に手を当てて微笑を浮かべていた。 座る彼女の前には、交神表。そこには大照天昼子の幻燈絵が貼られている。 イ「なんだか、あの方々の大騒ぎを聞いていたら、どうでもよくなってきて……」 遠くから、「ああもうチクショウ! なんで僕がこんな目に!」という叫び声がこの部屋まで聞こえてくる。 イ「だって、一族の方々が悲しみを乗り越えようと頑張ってらっしゃるのに、わたしがそこにとらわれるなんて、本当におかしな話じゃないですか」 咲也も牽も福助も晴海も、イツ花の知る限り、悲観している様子はない。 瑠璃のいない屋敷を認めて、それでいて怠ることなく、心と身体を練磨し続けているのだ。もしかしたら走り続けることによって寂しさを紛らわしているのかもしれないが、それもまた強さなのだとイツ花は思う。 イ「わかっています。わたしにできるのは、この家を守ること……おいしいご飯、温かいお風呂、素敵なお家をご用意することですもんね……」 自分にできるのは、それしかないけれども。 ならば彼らが心の底から笑ってくれるように、できることを本当に大切にしよう。 たったの一日も手を抜かず、想いを込めて。 彼らと生きているこの日々を、いつでも思い出せるように。 イ「昼子さまがわたしを選んでくださったこと、今はちょっと難しいンですけど……でも、いつか必ず、感謝できる日が来ると思います」 イツ花は頭を下げて、それから立ち上がる。 もうそろそろ食事の支度をする時間だ。 胸元を抑えながら、強く心に言い聞かせる。 用意するのは、五人前。いくらおっちょこちょいの自分だからって、それだけは絶対に、間違えないように、絶対に。 ■
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by RuLushi
| 2012-01-23 21:09
| 二代目当主・咲也
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