ルル師のRPプレイ日記=俺の屍を越えてゆけ編(PSP版)=
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近代ゲームの語り部です。 PSソフト"俺屍"ブログ、リセット禁止でやってました。11/11/24より、PSP版俺屍プレイ日記始めました。今度は5年もかからなければいいな、と思います。
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1019年11月第2編
 
 
 荒神橋一族が進軍する道中は、武士団に守られていた。
 危険のない旅路も、それもこれも全て、荒神橋一族を万全の状態で朱点童子の元に届けるためのことだ。
 
 大江山にたどり着くまでにも何度か妖怪たちの襲来があったが、武士たちは一致団結してこれを守りきった。そのおかげもあって荒神橋一族は無傷で麓にやってくることができた。

勲「ここから先には、大江山の門がある。時の流れも変わっておろう。よって、ひとまず休憩しようではないか」
 
 勲の提案に、晴海も賛同した。
 辺りには、一生止むことなどないような小雪が降り続けている。晴海の慎重よりも高く積もった雪の壁は、夏の間もずっと溶けることなくそこにあり、荒神橋一族たちの行く手を遮っていた。
 肌を刺すような冷気の中で、晴海は失われた山道のその先にあると思われる大江山山頂を見上げた。
 しかし、厚い雲に覆われた天はどこまでも暗く、神の力を宿す晴海の目であっても、見通すことはできなかったのだった。
 
 
 ~~ 


 晴海は処女雪の中に飛び込んだ。
 
晴「くあー、つ、冷たいぜー!」
 
 頭から雪をかぶって起き上がると、晴海の下敷きになった雪がくっきりと人形を浮かび上がらせていた。鼻の頭を赤くしながら、晴海は「へへ」と笑う。
 晴海は12月に荒神橋家にやってきた。彼女は冬の子だった。手足もむき出しの拳法家の衣装をまといながら雪に抱かれたその姿は、ひどく寒々しく見えていたが、晴海自身は幸せだった。むしろ、このままいつまでも埋まっていたいと思う。
 
 遠くでは、武士たちが荒神橋一族の進軍を少しでも楽にしようと、雪かきをしてくれているのが見えた。声を掛け合いながらせっせと道を作ってくれているのだが、その音は辺りの雪に吸い込まれてほとんどここまでは届かない。
 とても静かだった。ここはまるで無音の世界だ。
 あまりにも静かすぎて、耳の奥で風の鳴る音がする。
 晴海は雪原に大の字に寝そべりながら、空を仰ぐ。
 ゆっくりと手のひらを心臓の上に当てた。鼓動は一定のリズムを刻んでいる。目を閉じる。触れた雪の冷たさが心地良い。
 
 これから死地へ赴くというのに、心はわずかに高揚している。
 一体どうしてだろう。

晴(ワクワクしているのか、晴海……?)
 
 指輪を唇に当てて、問いかける。目を開いた。
 晴海の前、雪に腰掛けてひとりの少年がいた。
 
 桃色の狩衣を着た端正な顔立ちの少年。肉体を奪われた彼は、晴海を眩しそうに見つめている。

黄「やあ、こんちわ」
晴「あ、黄川人じゃないか」
 
 漂う冷気の中にいると、その美貌がさらに際立って見えた。若い真琴や男勝りな晴海とは違う。黄川人はまるで刃物のように艶麗だ。
 
晴「そっちも見送りに来てくれたのか?」
黄「ウン、まあ、そんなとこかな」
 
 黄川人は目を逸らす。いつも悪戯げに笑っているその表情が、きょうは固かった。珍しく緊張をしているのかもしれない。

黄「悪いね。君たちにばかり、負担をかけちゃってさ」
晴「なんだよそれ。はは、気にしないでくれよ。晴海たちも自分たちのためにやっていることなんだぜ」
黄「こんな体じゃなかったら、君たちと戦えるはずなんだけどサ」
 
 肩をすくめる黄川人は、口元だけで微笑んでいた。それが今の彼には精一杯、とばかりに。
 黄川人は視線をあげる。つられて晴海もその先を見た。
 牽が勲となにか話し込んでいるのが見えた。刀を振っていることから、戦いについて助言をもらっているのかもしれない。
 さらに視線を転じれば、真琴と福助が一緒にいた。福助はいつもの仏頂面。真琴はこちらに背を向けているため、その表情はわからない。

黄「……ボクと君たちの差は、いったいなんだったんだろうね」
晴「え?」
黄「短命の呪いをかけられながらも、家族に囲まれて暖かい暮らしを送る君たち。かたや、僕は永久に死ぬこともない代わりに、ずっと独りぼっち。ないものねだりだってことはわかっているんだけど、ボクも君たちのようだったら良かったのにな、ってサ……」
晴「それは……」
 
 晴海は黄川人の背中を叩こうと手を伸ばす。しかしその手のひらは空を切る。伸ばした手を引き戻して、晴海は口元を引き締める。

晴「バカ言うなよな、黄川人。そばに誰もいないってんだったら、晴海たちが家族になってやるよ」
黄「……ええ?」
晴「朱点童子を倒せば、元の体を取り戻せるんだろ? それでもまだひとりだってんなら、うちにくればいいさ。みんな、反対なんてするわけないぜ。今さらひとり増えたってどうってこたあねえ!」
 
 晴海の力強い視線を真っ向から浴びて、黄川人はしばらく戸惑っていたようだったが。
 すぐに、笑う。

黄「アハハ、そういうこともあるのかい。君たちは面白いなァ」
晴「晴海は本気で言っているんだぜ」
黄「いや、わかるよ。気持ちだけは受け取っておくさ。いやあもっけの幸い、もっけの幸い。まさかボクにそんなことを言ってくれる人がいるなんてね、びっくりしたよ」
晴「茶化すなよ、黄川人。もし本当に困っているんだったら――」
黄「そこまでにしようね、晴海さん。甘い夢を見るのはそこまでだ」
 
 黄川人はピシャリと晴海の言葉を遮った。その瞳に浮かぶのは、鋭利な光だ。

黄「ボクにはね、生き別れの姉さんがいたらしいんだよ。もっとも、顔も覚えちゃいないんだけどね。だけど、もし呪いが解けたら探してみようと思っているんだよ」
晴「そうなのか。旅に出るってことか?」
黄「さぁてね。もしかしたら、案外近くにいるかもしれないよ? だから、君たちと暮らすことはできない。誘ってくれたことについては、素直に感謝しておくよ」
晴「わかった。晴海たちは黄川人の無事を祈っているぜ」
黄「いいのかい? そんなこと言っちゃってサ。だってボクが期待しちゃったらさ、君たちの重荷になるんじゃないのかな?」
晴「心配するなよ。絶対に勝ってくるからさ」
黄「フフ、それなら楽しみだなァ」
 
 拳を握り固める晴海に、黄川人も笑みを漏らした。
 


 ~~
 
 
真「あの」
福「……ん?」
 
 雪かきの手伝いを断られた福助が、手持ち無沙汰に携帯袋の中身を確認しているところだった。
 真琴が福助の前、俯いて立っていた。
 彼女は屋敷を出る前からずっと元気がなかったのだ。福助はなんとなく自分が避けられているのだろうと感づいていたのだが。
 
福「どうしたんだい、真琴さん」
真「……こないだは、その」
福「……?」
 
 いつのことだろう。

真「その、子供っぽいことを言って、ごめんなさい」

 ああ、と思いつく。きっと相翼院で軽く意見を対立させたときだ。福助はなんとも思わなかったが、年少者の真琴にとっては大事だったのかもしれない。福助は己の迂闊さを呪う。

福「あ、いや……もしかして、ずっと気にしていたのか?」
真「別に、そういうわけじゃありません」
 
 急に、真琴はぷいと横を向いた。その変化に、福助は置いていかれる。
 この年頃の子供は、本当に難しいと福助は思う。近づこうとすれば離れて、撫でようと思えば引っかかれる。真琴はまるで猫のようだ。晴海のなんと扱いやすかったことか。
 余計なことは言わず、黙っていよう。そんなことを考えていると、真琴が不機嫌そうに口を開く。

真「ただ、色々考えてみたんですけど、その、ごちゃごちゃしててあんまりまとまらなくてですね」
福「……」
真「父サンや福助サンの言うこと、ひとつだけ賛成します」
福「へえ」
真「ウチたちは、朱点童子を倒すために生まれたんだ、ってこと」
 
 一体どんな心境の変化か。福助は少しだけ嫌な予感を覚える。
 しかし真琴は辺りを見回す。

真「これだけの人たちが、ウチたちに期待して、朱点討伐を望んでいるわけですよね。だったら先にそれを片づけちゃわないと、おちおち暮らすことだってできません」
福「……ま、確かにね」
真「それに、気づいたこともあるんです」
福「へえ」
真「もしウチたちが無事に朱点童子を討伐したら、それって京の都の恩人ってことですよね。そうしたら、ウチたちはもっと贅沢な暮らしができるようになるんですよね。それも、これからずっとずっと」
福「うん、まあ」
 
 物事はそんな単純なことではないだろうが、福助はうなずく。否定する材料をわざわざ用意するまでもない。
 そんな心境の変化にも気づいているのだろう。真琴は福助を半眼で見つめながら、改めて持論を展開する。

真「というわけでですね、今は頑張るときだと思ったんです。ウチのモットーと少し矛盾することもありますが、いいです。生理的な嫌悪感は、今だけ封じ込めておきますから。やばい覚悟で、ウチも鬼を矢で貫いてやります」
福「まあ、いいんじゃないかな」
真「なんか気持ち悪いので、それだけ、言っておこうと思いました」

 真琴は小さく頭を下げた。
 自分の行動理由を“こう”と定めておかなければ、彼女は自分の足で立っていられないのだろう。それならば仲間に頼ればいいものを、真琴はあくまでもひとりで立とうとしているのだ。
 これがまだ4ヶ月才の少女なのだから、驚く。

福「……僕が4ヶ月のときは、どうだったかな」
真「? なんですか?」
福「いや、しっかりしているな、と思ってさ。僕がきみぐらいのときは、ただの小僧だったよ。やっぱり女の子の成長は早いのかな」
真「意味わからないですけど」

 真琴はやはり半眼のまま。

真「大体ウチ、先月ぐらいに“まだまだ子供だから”的な感じのことを言われたばかりなんですけど」
福「たった一度の戦場が、幼子を獅子に変えることもあるそうだよ」
真「実感ないですし、わけのわからないことを言わないでください」
 
 真琴は福助の胸を小突く。寒さのせいか、その頬はわずかに朱に染まっていた。
 
福「できるだけ早く帰ってきたいものだね」
真「そうなるように、がんばってくださいね、福助サン」
福「僕かい?」
真「ええ……まあ、その、頼りにしてますから」
 
 耳を赤くしながらそう言った真琴は、慌てて訂正をするように言い直す。

真「だって、他に一緒に行く人なんて、脳天気な当主サンと能無しの父サンしかいませんし」
福「その言い方はちょっとひどいな」
 
 福助は苦笑する。遠くにいる兄は、勲に刀の太刀筋を見てもらっているようだ。

福「牽はああ見えて、結構やるよ。家の仕事はなにもできないし、学はないし、配慮だって持ってないけどね。こと軍事に関しては、信用できる。これは僕が保証するよ」
真「ふーん……」
 
 真琴は面白くなさそうに牽を横目で見やっていた。
 
 
 ~~
 
 
 大江山の門の前に立ち並び、一同は改めて出陣する。
 武士たちが雪をかきわけ、迫り来る鬼たちから荒神橋一族を守るのだ。しかし、この迷宮に現れる鬼たちは誰も彼も強敵揃い。並の人間が五体満足で下山できる保証はどこにもない。それでも人たちは、荒神橋とともに戦うことを選んだのだ。
 
 さあ、
 地獄のような雪中登山の始まりだ。
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# by RuLushi | 2012-07-25 22:13 | 初代当主・瑠璃
1019年11月第1編
 
 
<荒神橋家>

 牽と福助は向かい合っていた。
 暦は秋を深めつつ、肌寒さも覚え始めた道場である。
 双方ともに正座し、稽古着。ふたりの前には、木剣、それに総樫の薙刀。
 
牽「……」
福「……」
 
 火神の子、ふたりはゆっくりとそれぞれの得物を握る。
 立ち上がり、礼。
 たちまち道場の空気が緊迫してゆく。

牽「行くよ、福助」
福「……ああ」

 牽は切っ先を福助に突きつけるような上段の構え。
 対する福助は中段。薙刀を水平に構えている。

 上段。打ち付けられた薙刀を避け、切り返す。間合いを取る福助。詰める牽。攻守交替。出足を下段で払う福助。読んでいた牽は深追いしないものの、その勢いが止まる。 
 
 牽と福助の視線が交錯する。ふいに、牽が笑った。

牽「今の僕と福助なら、さすがに咲也さんも認めざるをえないかな」
福「あんまり、容易に想像はできないんだけどな、それ」
牽「最近は自分でも実感できるんだよ。強くなった、ってさ」
福「……相変わらず、おめでたい頭を持っているね」
 
 牽もまた、福助に遅れて<花乱火>の術を修得した。これで双子による併せ技が実行可能となったのだ。
 
牽「ずっと、僕は強くなりたかったんだよね。最初は母さんに褒められたくて、次は咲也兄さんに認められたくて」
福「牽の行動理由は、シンプルだったな」
牽「だから今は、晴海ちゃんや真琴を守れるようにね」
福「臆面もなく……子供かよ」
牽「何にも恥じる必要なんてないよ。だいたい、ここには福助しかいないんだし」
 
 牽の様子は、どこか浮ついているようにも思えた。だが、それに伴ってパフォーマンスが向上していくのが、牽の強みだ。単なるお祭り男なのかもしれない。
 結局、<花乱火>でさえ、福助だけのものではなくなってしまった。いつだってそうだ。どんなに用意周到に準備をしたところで、自分がリードするのは最初の一瞬だけであり、すぐに牽に追い越されるのだ。
 だが、どうしてだろう。今はそれほど、嫌な気分ではない。
 
福「まあ、それでも残す迷宮はあとひとつだもんな」
牽「そうだよ。だから僕たちは、もっともっと強くならなきゃね」
福「いや、だから、あとひとつ戦ったら終わりだろ?」
牽「終わりなんかじゃないって。だって、これから始まるんだから。僕たちの暮らしはさ」
 
 福助は言葉を詰まらせた。今を生きるので精一杯で、そんなことは考えたこともなかった。福助は頬をかき、そっぽを向く。

福「ま、せいぜい頼りにしているさ、兄貴」
牽「おう、任せてくれ、弟よ」
 
 笑う牽に福助は「調子に乗るなよな」と小さくつぶやいた。
 
 
 ~~ 


晴「今まで世話になったな、イツ花」
 
 台所にいたイツ花に頭を下げる晴海。イツ花は慌てて両手を振った。

イ「や、イヤですよォ、当主さま。そんなまるで、お別れするみたいなこと」
晴「でもさ、イツ花は朱点童子を討伐するまで、ってことでこの屋敷に来たんだろ? それだったら、やっぱり元の家の戻っちゃうんじゃないのか」
イ「それはまァ、そうかもしれませんけど……でも、だからって……」
 
 むむむ、とイツ花は眉根を寄せて考えこむ。それから、両手を合わせて顔を上げた。

イ「はい、わたし決めましたァ!」
晴「んん?」
イ「イツ花はですね、ずぅっとこの、荒神橋家に勤めさせていただこうと思います!」
晴「いや、それは別にいらないぜ」
イ「ガーン!」
 
 イツ花は激しく頭を打たれたように、身体を揺らした。

イ「うう、結構一世一代の大決心のつもりだったのにィ……」
晴「そりゃあイツ花がずっと一緒にいてくれたら、晴海たちも嬉しいけどさ。なんたって、この屋敷に来たときからずっと一緒にいるわけだし」
 
 晴海は照れながら笑う。
 
晴「それでも、なんかそのままじゃ、駄目な気がしてさ。できることなら、身の回りのことはなるべく自分でできるようになりたいんだ」
イ「は、晴海さま……ご立派です……」
晴「はは、あはは」

 イツ花にキラキラと見つめられて、晴海はくすぐったそうにしていた。
 そこに声が届く。

真「えー、ウチは反対ですけどー」
 
 イツ花と晴海が居間を覗くと、真琴がうつ伏せに寝転がりながら術書を開いていた。足をパタパタと動かしながら。

真「ご飯だってお洗濯だって、イツ花さんがいないとなんにもできませんよう」
晴「そこは、できるようにならなきゃだめだろ? 真琴ちゃん」
真「えー、めんどくさいですー」
晴「その代わり、戦いの訓練をしなくても良くなるんだぜ?」
真「ありがたいことです。それはそれとして、ですね」
 
 真琴はにっこりとイツ花に微笑む。

真「イツ花さんは、ずっとウチのそばにいてくれますよねぇ」
イ「はーい、もちろんですよ、真琴さまー」
真「あー肩凝ってきちゃったなー。弓の鍛錬のしすぎですかねー。誰か揉んでくれませんかねー」
イ「はぁい、わたくしでよろしければー」 

 真琴の猫なで声に、イツ花もデレデレだ。一番下の子は特に愛らしいようだ。甲斐甲斐しく真琴の世話を焼くイツ花に、良いように使われているのではないかと思いながら、晴海も苦笑する。
 
晴「じゃあ、しばらく……真琴が一人前になるまでは、いてもらおうかな」
イ「わーい、喜んで!」
真「えー、ずっとでいいですってば、ずっとでー」
 
 
 
 

<そして出陣の朝>
  
晴「じゃあ、行こうぜ」
 
 屋敷の前、立ち並ぶ一同。
 牽は朝早く起きたため、あくびを噛み殺していた。

牽「りょーかい。頑張ろうねー」
福「……ま、生きて帰れるようにしような」
 
 福助は硬い表情をしていたが、口元にはうっすらと笑みを浮かべていた。
 悲観も過ぎれば諦めもつく。彼の中ではもうどうやら、自分自身に対する答えが出ていたようだ。

真「……」
 
 真琴は塀に寄りかかったまま、誰とも目を合わさないように空を見上げている。


 四人は旅立つ。
 イツ花の用意してくれたお弁当を腰に下げ、向かうのは朱点童子の根城、大江山。
 
晴(結局、<円子>を覚えることはできなかったけれど……)

 母――椿姫ノ花連が自分に授けてくれた技の水も、完全に目覚めることはなかった。
 晴海たちは歩き出す。

晴(今さらどうこう言っても仕方ない。戦う前から負けた気でいるなんて、論外だ。その分は、晴海の命で補ってみせる……!)
 
 牽、福助、晴海、真琴。
 彼らの道の先には、数十名の武士団が立ち並んでいた。
 完全武装をした物々しい姿は、これからまるで戦にでも向かうような出で立ちだ。その中に見知った顔がなければ、屋敷に攻め込んできたものと取り違えてしまうかもしれない。

牽「あれは」
福「都の、武家か……?」
 
 その先頭の男は、荒神橋の一族を待ち続けていたようだった。
 高辻勲、かつて荒神橋源太とともに戦いし偉丈夫。
 
勲「約束通り、助太刀に参ったぞ。三代目・荒神橋瑠璃よ」

 勲の前に立つのは、晴海。遥かに小柄ながらも、相手を見上げるその視線は力強い。

晴「ああ、心強いぜ。行こう!」

 勲は目を細めた。彼女と最後に会ってから、まだ一年も経ってはいない。それが今では、立派な武人に成長したのだ。
 この一族の数奇な運命は、もはや人知を越えている。

 かつて彼女の祖母――瑠璃は言った。
 晴海こそが大江山に登り、そして朱点童子を討つだろう、と。
 その予言は今、真実になろうとしている。
 
 
 勲は武士団を振り返り、そして告げる。

勲「彼女こそが、かつて大江山に登り、そして朱点童子と相見えた源太の娘よ! 我らは荒神橋家の助けとなる! 皆の者、心せよ!」
 
 鬨の声が上がる。まるで万雷のような人の叫びに包まれながら、晴海もまた腕を突き上げた。

晴「朱点童子は必ず晴海たちが討ち取ってみせる! だから野郎ども、よろしく頼むぜ!」
 
 真琴があっけに取られて、福助はなぜかため息をつく。牽は笑っていた。
 
牽「母さんはああいうの苦手だったからね。やるなあ、晴海ちゃん」
福「だからって、『野郎ども』は品がない」
真「恥ずかしいと思います」
 
 口々につぶやくも、熱狂の渦の中にいる晴海には届かない。
 

 
 かくして、荒神橋一族は赴く。
“決戦の地”へと。
 
 
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# by RuLushi | 2012-07-23 19:42 | 三代目当主・晴海
1019年10月
 
 
 一同は引き続き相翼院にいた。
 多大な戦勝点と天秤にかけたのは、九重楼で取得するはずだったいくつかの術書だ。
 
 晴海の提案を、牽と福助が飲んだのだ。
 真琴にとっても、より多くの経験を積むことができるここでの戦いは悪くない話だろう。敵の密度もその質も、九重楼とは効率が雲泥の差である。
 だが、その真琴の心中は穏やかではなかった。
 なんといっても彼女は、初陣にして“死闘”を経験したのだ。
 
真(ジョーダンじゃないですってば)
 
 あんな化け物といきなり戦うなどと、正気の沙汰ではなかった。
 全身がばらばらに引き裂かれるような痛みも、死を前にした恐怖も、殺さなければ殺されてしまうという覚悟も、なにもかも自分の人生にはなかった。
 そして、母も教えてはくれなかった。
 戦いに関する話は、なにも、なにも。

真(こんなことを、これから何度も繰り返せっていうんですか? やってられないですよ、本当に、どうにもならないですって)
 
 先ほどからずっとだ。こみ上げてくる嫌悪感に、飲み込まれてしまいそうになる。ひどく間違っている。そんな気がしてならない。
 だが、これが現実だ。これこそが荒神橋一族の宿命なのだ。
 
 
 真琴自身の思考とは裏腹に、身体は的確に動いていた。
 相翼院の長い廊下。
 襲いかかる鬼の眉間を、容赦なく矢は射抜く。一連の動作が身体に染み付いているのだ。苦々しく思う。それは二ヶ月間、咲也によって叩き込まれた生きるための技術だった。
 
真(あーもう、ホント、ホントに余計なことですよ……もう、こんなの……)
 
 真琴は眉根を寄せて、自らの手を見下ろす。
 まだ小さく、成長途中にある手のひら。どこからどう見ても少女のもののはずだ。

真(ウチは、こんなことするために生まれたんじゃないんですけどねぇ――)
 
 もしかして、正しかったのは咲也のほうなのだろうか。
 そんなはずはない。真琴は認めるわけにはいかなかった。

 それでも――
 心の奥には更なる強さを求める矛盾した感情が誕生しつつあることを感じ、真琴は身震いをしてしまった。
 



 休憩中。うつむく真琴に、牽が歩み寄ってくる。

牽「大丈夫か? 真琴」
真「……なんですか、父サン」
牽「いや、さっきからずっと辛そうにしているからさ」
真「ええ、ええ、そうでしょうよ。ていうかあちらもこちらも鬼だらけ。こんな陰気に満ちた場所であっけらかんとしている人がいたら見てみたいものですよ。思いっきり笑ってやりますね」
 
 言い切ってから気づく。
 目の前にいた。

福「笑ってやれよ、真琴さん」
真「……はぁ」
牽「なんでぼくを見てため息をつくんだよ!?」
 
 立ち上がろうとする真琴に肩を貸す福助は、少女の心の中に入ってこようとする。

福「でもそうしていると思い出すよ。僕も初陣のときは、ずっと帰りたいと思っていたんだ」
真「……別に、咲也サンのシゴキのほうが厳しかったですし」
 
 同意されると否定したくなってくるのはなぜだろう。福助は意外そうにこちらを見つめている。真琴は目を逸らした。ここでさらに反論するのはあまりにも子供っぽい。
 そこに晴海が声をかけてきた。
 
晴「あんまり休んでいる暇はないぜ。真琴、戦えなくなったら早く言ってくれよ。そうじゃなかったら、次に行くぞ」

 苛立ちが伝播してきたように、真琴も口を尖らせた。

真「なんですかあれ。感じ悪くないですか」

 福助につぶやく。聞こえたとしても構わない。
 晴海の口調にわずかな違和感を覚えたのは、福助の方だった。

福「……ああ、まあ……晴海さんには、色々と背負うものがあるんだよ。きみももう少し大人になればわかるよ」
真「そういう言い方きらいです」
 
 ムッとして言い返す。今度は我慢ができなかった。
 
真「子供だとか、若いとか、そんなの関係ないです。鬼を殺すのが、そんなに偉いんですか。上手に殺せる人なら、威張っていいんですか」
 
 牽はなにも言わずに「やれやれ」と首を振っていた。真琴は自分が甘えていることに気づいていた。こんなのは福助に対する八つ当たりだ。
 福助は晴海を見つめながら、答えた。

福「そうだよ。偉いんだ」
真「……えっ?」
 
 真琴は瞬きを繰り返す。福助はこちらを向く。
 その目は、まるでなにかを喪失してしまったようかのように、暗い。

福「いいかい、真琴さん。僕たちの寿命は短いんだよ。だから僕たちの生は“何を残すか”じゃない。“誰を殺すか”によってその価値が決まるんだ」
真「そんなの」
福「牽は違うことを言うだろう。晴海さんなら、もう少しまともなことを言うかもしれない。でも僕はそう思うんだ。朱点童子を倒せなければね、僕たちの命に意味なんてなくなっちゃうんだよ」
真「……それは」
 
 なにかを言おうとしたところで、牽が真琴の頭に手を置いた。そのまま、頭部を撫で回す。
 
牽「はっはっは、真琴。福助は難しいことばかり考えているからな。煙に巻かれるのもいつものことさ」
真「やっ、ちょっとやめてくださいよ、いくら父サンだからって女性の髪に着やすく触れないでください。っていうか父サンもですか。朱点童子を倒せなければ、生きることに意味がないって思うんですか?」
牽「ははは」
 
 牽は笑い声をあげた後、もったいぶってから告げた。

牽「それはな、大人になればわかるさ、真琴――」
 
 真琴は牽のスネを思い切り蹴飛ばした。
 
 


 

 荒神橋一族は、主人のいなくなった迷宮・奥の院にて、ひたすらに、ひたすらに、圧縮された時の中で悪羅大将を斬り続けた。
 あがき、もがく鬼を斬って捨てた。
 傷を無理矢理回復術で塞ぎ、一匹でも多く、一点でも戦勝点を多く、求め続けた。
 
 その集団とひとつになりながら、真琴は自分がどうしてこの行為に抵抗を覚えているのか気づいた。
 最終的に行き着く先がなんであろうと、今こうして鬼を殺している年長者の三人はまるで我欲の塊のようで、ひどく浅ましいものに見えてしまったのだ。 
 
真(生きたいか生きたくないかで言ったら、そりゃあ生きたいですけどね……)
 
 なにも疑うことなく、鬼の首をへし折る晴海。叩き斬ってゆく牽。血を撒き散らす福助。

真(正直、ドン引きですよ、これ。やばいですって。人の心持っているんですかね、あの人たち……)

 そこまでして、なりふり構わずに戦うことは真琴にはできなかった。
 もしかしたら、本当にそれこそが『大人になればわかる』ことなのかもしれない。今はどうしても認められなかったが。
 


 

 晴海と真琴。
 性格も生き様も正反対なふたりの少女に託された願いのひとつが、この二ヶ月で成就する。
 
 戦いを嫌う真琴は“連弾弓”を創作し、
 ――そして、一族の長たる晴海は<円子>を修得することはできなかった。
 

<雷電>の巻物を手に、一同は一ヶ月ぶりの屋敷へと帰還するのであった。
 
 
 
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# by RuLushi | 2012-07-21 02:16 | 三代目当主・晴海
1019年9月後編
 
 
 ~~ 


 相翼院に向かう道の途中。ひとり晴海だけが先頭を歩いていたときだった。
 晴海の横に浮遊していたのは、いつか見た朱点童子に魂を囚われた半透明の少年――黄川人である。風と共に現れた彼は、片手をあげて挨拶を交わす。
 
黄「やぁ、こんにちわッ…とね」
晴「君は……、えっと確か、黄川人、だったか?」
黄「覚えていてくれたなんて、嬉しいなァ」
晴「ええ、っと……てッ」

 晴海はこめかみを抑えた。そのときなぜか急に針で刺されたような頭痛が走ったのだ。痛みは一瞬のことで、すぐに去る。今までこんなことはなかったのに、と思いながらも、晴海は改めて黄川人を見返す。
 邪気のない笑顔が、綿毛のように風に揺られていた。
 
 晴海は、彼と面識があった。何度か会ったことがある。以前は父に連れられた白骨城で。最近もまた、白骨城だったような気がする。
 
晴「そういえば、こういうのどかな場所でお話するのは、初めてだな」
黄「そうだねェ。いやあ秋晴れ、きょうもいい天気だね。こんな日はのんびりと木陰にでも転がって、ごろりと寝転びたいもんだけどサ」
晴「……そう、だな」

 黄川人は自らの腕を枕にし、空中で仰向けに横になる。口元は微笑んでいるが、その目は高い空を見上げていた。
 彼は荒神橋一族と同じように、朱点童子によって呪いをかけられている。それは肉体を奪われる呪であった。今の彼は、まるで木っ端のような浮遊霊に過ぎないのだ。
 もしかしたら、生きていた頃を思い出しているのだろうか。今の晴海にはなぜか、その感傷が染み入った。
 
黄「こうして見ると、君やボクはただの子供みたいなのにさ。かたや君たちが朱点童子討伐の任を背負っているなんて、誰が思うだろうね」
晴「そういうものなのかな」
 
 まだ若い晴海には、世俗のことはよくわからない。そういったことは荒神橋家では福助の役目だった。
 
黄「本当に、物事っていうのは見る人によって何もかも違うと思わないかい? ある人にとってはただの童子であり、ある人にとっては京の都の懐刀。そして鬼にとっては、そうだね、猛毒であり、大敵だ」
 
 黄川人はなぜだか嬉しそうに顔を綻ばせた。
 彼は、自らの身体が開放される日をずっと心待ちにしていたのだろう。そして、それを実現できるであろう一族がようやく現れたのだ。今は荒神橋一族を見守るのが楽しくて仕方ないはずだ。
 
黄「というわけで、本日のボクが持ってきた情報は、相翼院の主の話だよ。奥の院に棲むのはね……なんとォ、怪鳥、あるいは天女、はたまた神にも見える鬼が潜んでいるそうなンだ」
晴「……なんだそれ」
黄「さて、なんだろうね。詳しくは知らないけどサ、それは会ってからのお楽しみ……っていうことなんじゃないかな。ハハ」

 その時、晴海の目の裏に情景が瞬く。光の中に、ひとりの女性が横たわっているのが見えた。再び、こめかみに痛みが走る。今度は少しだけ長かった。
 目を閉じて、落ち着いてゆく疼痛に耐えていると、ふいに強い風が吹いた。思わず「わっ」と声が出た。
 晴海が顔をあげて辺りを見渡せば、黄川人の姿はどこにもなくなっていた。

晴「お……?」
 
 残された晴海は、痛みの去ったこめかみを撫でながら、首を傾げてつぶやく。

晴「……あいつ、突風に飛ばされちまったのかな」
 
 
 ~~





<鬼子母の間>

 そこは異様な雰囲気を放っていた。
 床一面に広がるロウソクは、大小無数。合わせて千本以上はあるだろう。立ち上る熱気によって空気が歪んでいて、晴海はまるでこの広間こそが滅びゆく世界のひとつのような無常感を覚えてしまう。
 
晴「なんだ、ここ……?」
 
 近づこうとする晴海の足が止まる。誰かに肩を掴まれていた。福助だ。牽が己の役目を思い出したかのように、晴海の前に歩み出る。
 遅れて、晴海も気づいた。

晴「……あれは……」
 
 ロウソクに取り囲まれるようにして、なにか黒いものがうずくまっている。目を凝らす。あれは人だ。こんなところにたったひとりで潜んでいるものが、人のはずがないのに。
 鮮やかな彩色の衣をまとっている。その美装はまるでおとぎ話に出てくる天女のようだった。顔をあげた彼女の濡れた瞳が、晴海を射抜く。心臓の鼓動が跳ね上がった。
 
 自分はこの女性を知っているのではないだろうか。晴海はふいに襲われた既視感とともに、そんなことを思った。
 ――だが、福助は更に強く晴海を制止する。
 
福「なにを近づこうとしているんだ。無防備だ」
晴「いや、でも福、あれは……」
福「明らかに、どこからどう見ても鬼の姿をしている」
晴「えっ」

 福助に言われて、晴海は改めて天女を見た。しかし、その姿に変わったところはない。ただ悲しそうな目でこちらを見つめているだけだ。

晴「でも、あんなに綺麗なのに」
真「きれい……?」
 
 真琴は嫌悪感をにじませた。今にも弓を構えようとしている。

真「あんな鳥の化け物の、どこが気に入ったんですか。やばいですよ、晴海サン」
晴「え、今なんて」
牽「どうして納得できないみたいな顔をしているのさ、晴海ちゃん。そこにいるのは、どこからどう見ても怪鳥じゃないか」
 
 そこでようやく晴海は自分だけが違うものを見ているのだと気づく。三人には目の前の女性が天女ではなく、鬼に見えているのだ。
 福助が薙刀を構えると、天女はゆっくりと身を起こした。その目には先ほどまでの儚い輝きはなく、完全に光を失ってしまっている。虚無の目だ。
 牽が前に歩み出て、真琴が矢をつがえる。
 意味を求めるのは後だ。
 
晴「……行くぞ、みんな!」
 
 ただひとり天女の姿を見る少女が、戦いの号令を放った。 

 
 
 
 牽の刀が翻る。
 飛び立った直後の天女の身を、剣士が切り裂いた。まるで血のように、彼女の身体から黒色の霧が飛び散る。牽の先駆けは、こちらの攻撃が鬼に十分に通用することを物語っていた。
 福助が続く。
 彼が結んだ術は<花乱火>。それは白骨城で彼が使っていた<花連火>の更なる上級術だった。今現在、荒神橋家では福助がただひとりの使い手である。当主の指輪を身につけた晴海ですら未だ習得していないのだ。
 火球が天女を包み、花火のように空で弾けた。悲鳴が響く。
 
 天女の手番はまだ来ない。
 今はまだ回復の術を唱える必要のない晴海が紡ぐのは、こちらも新たなる術。
 
晴「闇衆ければ則ち烈日を喰らう……されど煌満つれば則ち<光無し>……!」
 
 呪言と共に晴海から広がる光は、周囲の色を奪い去ってゆく。床も壁も天井もなにかもを白く染め上げながら、その白光は白骨の五指のように天女を握り潰そうと迫る。
 だが鬼は翼の端々に<花乱火>の火を灯しながら縦横無尽に広間を飛び回る。這いまわる光はついぞ彼女を捉えることができなかった。いつの間にか術の効果は消えていて、晴海は膝をついた。
 
晴「ハァ、ハァ……せっかくの、お披露目だったんだけどな……!」
 
 息を切らしながらうめく。
 だがそれよりも、なぜ晴海は本番にその一手――相手の術法を封じ込める<光無し>を選択したのか。そこには予感めいたものがあったのだ。
 宙空で羽ばたく天女を中心に、猛烈な風の術力が高まってゆく。ロウソクから立ち上る煙が吸い上げられてゆき、空間には荒々しい気流が生まれた。

真「あれ、これなんかやばくないですか? やばくないですか?」
 
 真琴は身を丸めて防御する。そこに、天女の金切り声が響いた。
 翠色の竜が牙を剥いたように見えたのは、ほんの一瞬だった。
 全方位に放たれた旋風は、四人をまさに蹴散らしてゆく。荒れ狂う風は、高度な術によって引き起こされたものだった。

 術の去った後には、まるで見えない斬撃を全身に浴びたような荒神橋一族の姿があった。
 
福「ひどい味だ……」
牽「先月からこんな目に合ってばかりだろ。慣れろよ、福助」
福「無茶を言うな……」
 
 特に傷が深いのは、前衛に立つ双子だ。彼らの役目とはいえ、着物が赤く染まってゆくそのさまはむごたらしい。
 晴海はすでに<お雫>を唱え始めている。傷は癒えて、痛みだけが後を引くだろう。そして痛みならば、信ずることで耐えられるものだ。
 
 福助は再度<花乱火>を放ち、同時に牽もまた飛び上がって炎に紛れて太刀を振るう。ふたりの連撃は間違いなく天女に致命的な打撃を与えていた。
 その証拠に鬼は苦しみ、さらに全身を業火に包んでゆく。それは福助の術ではなく、鬼自身が内側から放つ炎だった。

真「わ、わ、な、なんですかあれ! こわくないですか!?」
 
 その姿はもはや晴海の目にも、天女の面影はない。だが、まさしく怪鳥に変貌し切った彼女は、自らの炎によって灼かれているのだ。
 なぜ、と問いかける言葉が喉の奥で詰まる。叫んでしまえば、<お雫>を詠むことができなくなる。真琴を背にかばう晴海に、緊張が走る。再び広間には気流が生まれていた。

 来る。
 来た。
 二度目となる、破壊的な竜巻の術だ。
 
 もはやこれが怪鳥の奥義であることは疑う余地もない。その証拠に、荒神橋一族はほぼ壊滅状態だ。被害は先月、白骨城を攻めた時と比べ物にならない。陣形はもはやばらばらで、それぞれが意識を保っているかどうかも怪しい。
 
 それでも、晴海は血を吐きながら術を唱え続けている。頭のどこかで思っていたのは、もしこれがお雫ではなく<円子>だったら、もっと彼らの負担を軽くすることができたろうにな、ということだった。
 
 真琴はひたすらに身を固めて耐えていた。だが生きている。牽も福助も立っていた。晴海は更に<お雫>の雨を降らせる。その一念も、恐らくは次なる風の術を凌ぎきることはできないだろう。
 そして怪鳥は術の詠唱に移っている。晴海は身を固くしてかつて天女だった女性を睨む。目は閉じていない。
 
晴(こんなところで、負けるわけには――) 
 
 先代当主であった父はもういない。
 今は自分が荒神橋一族の長だ。
 この手で、この手で朱点童子を倒すのだ。
 鼓舞によって、晴海は途切れそうになる意識を結び――
 
 ――三代目当主の前、ふたりの青年が構えを取っていた。
 
 どちらが声を出したわけではない。目を合わせている余裕もなかったはずだ。それでもふたりは同時に並び、等しく動いた。速い。怪鳥の目線が揺れる。それだけでもう、十分だった。
 福助の放つ火炎はきょう一番の出来栄えだった。吸い込まれるようにして鬼に着弾する。炎上する怪鳥は牽の姿を追っていた。だがもう地上にはいない。左右を見回していたから反応が遅れた。天地逆転した姿勢で、牽は天井に屈んでいた。そして飛ぶ。その刀は怪鳥の脳に突き刺さった。絶叫。刀を手放した牽が床に着地し、たたらを踏む。
 
 全てが一瞬の出来事だった。

 牽の刀が抜け落ちる。黒い霧となり消えてゆく鬼の姿を前に、晴海は張り詰めていたものが切れる音を聞いた。そのまま意識を失い、ゆっくりと前にのめりに倒れてゆく。
 牽と福助が駆け寄ってきて、晴海を介抱する。三人のうち誰が欠けても勝利を掴むことはできなかったであろう死闘だった。


福「こういう戦いが、あと何回続くんだろうな……」
牽「決まっているだろ。朱点童子を倒すまでだよ。それとも弱音か?」
福「正直キツイ」
牽「正直に言うなよな!」
晴「はは」
 
 はたで見ていた晴海も思わず笑う。意味を考えるのは後でいい。今は、相翼院の主を倒せた達成感に浸るときだ。



 互いに健闘をたたえ、回復の術を掛け合う荒神橋一族の中でただひとり、真琴だけが黙したままだった。
 
真(……こんなことって……)
 
 生まれて初めて味わう痛みは、真琴の心までも責め立てる。
 こんなことって、ない。
 
 
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# by RuLushi | 2012-07-19 19:19 | 三代目当主・晴海
 1019年4月からの武録
 
 二代目当主、荒神橋咲也(こうじんばし さくや)。かつての少年は道標となる。
 その命を賭した輝きは、弟と娘たちの路を照らすであろう。
 
 
 
1019年
 4月 出陣・九重楼(咲也・牽・福助)                    =前編= =後編= 

 5月 交神の儀(牽×春野鈴女) 元服・牽 福助             =一家を見守る= 

 6月 出陣・白骨城(咲也・牽・福助・晴海)                 =一家を見守る= 

 7月 出陣・白骨城(晴海・牽・福助)                    =前編= =後編=
     初見 真琴→弓使い 訓練(咲也→真琴)    

 8月 討伐延長・白骨城(晴海・牽・福助) 元服・晴海          =前編= =後編= 
     訓練(咲也→真琴) 老死・咲也
 
 
 
 
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# by RuLushi | 2012-07-18 09:43 | 1019年4月~