ルル師のRPプレイ日記=俺の屍を越えてゆけ編(PSP版)=
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近代ゲームの語り部です。 PSソフト"俺屍"ブログ、リセット禁止でやってました。11/11/24より、PSP版俺屍プレイ日記始めました。今度は5年もかからなければいいな、と思います。
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1019年11月第7編
 

 朱点童子

 
 その鬼は元々、体が丈夫なだけの平凡な鬼だった。
 森に棲み、時折迷い込んでくる人間を食らうだけの生き方をしていた。

 だというのに、運命が鬼をねじ曲げる。鬼が××××により妖力を手にした結果、岩が転げ落ちるように鬼たちの頭領――大江山の主に収まったのだ。
 捻転した定めの中で鬼は、自らがいずれ確実に殺されるであろうことを、知っていた。なぜならその命を狙うのは、人間だけではなかったからだ。
 鬼は恐怖していただろうか。否、それでも鬼は逃げ出さず、人々をあざ笑うかのように大江山に棲み、都を見下していた。
 半ば、幽閉されているような身だが、胡蝶の夢のように一時の力に溺れていたのだ。
 鬼は嗤っていた。虚無的な笑顔が、そこには張り付いていた――



 
 ――ずきりと晴海のこめかみが痛む。
 実際の視界と、幻影が入り交じって、遠近感を見失ってしまいそうになる。

晴(なんだ、これ……くそっ、こんな大事なときにも……!)

 朱点童子の内情など、今はどうでもいいことだ。
 柱の間を潜り抜けるように、晴海は朱点閣の広間を駆け抜けていた。時折、後ろから強烈な風が吹きつけてくる。大敵の拳圧だ。
 一拍遅れて、朱点童子が追いかけてきている。腕を振り回し、柱を砕きながら、だ。その大きく広げた手のひらは、晴海の全長ほどもある。
 
晴(こりゃあ、捕まったらおしまいだな……!)

 腕力比べをする気は、毛頭なかった。
 走り抜けた一瞬、柱の影から真琴の姿が見えた。彼女は今、全ての力を己の両腕に集めている。そこには牽と福助もいて、一心不乱に<武人>を唱え続けているだろう。
 
晴(とにかく、晴海が時間を稼ぐから――)
 
 気配を感じて振り返る。庭石のような大きさの瓦礫がこちらに飛ばされていた。朱点童子が蹴り上げたものだ。さすがに受け止めきれないだろう。晴海は右方の空間に飛び込んで避ける。
 誘い込まれた、と感じた。目の前には、朱点童子の拳。

朱点「いっちょ上がりィ!」
晴「――!」
 
 横腹に、めり込む。
 骨の砕ける嫌な音が、くの字に折れた体の内側から響いてきた。
 吹き飛んだ先で、かろうじて着地。だが、晴海の意識の縄が千切れ、“今”という感覚は雲散霧消してゆく。
 食いしばれ、と晴海の中の晴海が叫ぶ。
 今ここで眠ったら、きっともう起き上がれないことを、彼女は知っていたのだ。
 
 
 ~
 

<朱点閣>
 
  
 暗がりに青い炎が灯る。朱点童子と思しきものは、ねぐらに横になっていた。
 荒神橋一族に気づいて、鬼はあくびを噛み殺し、身を起こす。ぎょろりと開いた目は、まるで獣のようだった。
 
 でっぷりと太った腹を揺らし、朱点童子は寝具に腰掛けた。赤黒い肌は爬虫類のようにひび割れている。頭から突き出ているのは、正面と左右から牛のような角が三本。人のなりかけのような、人の成れの果てのようなその姿は、見るものに強い嫌悪感を抱かせるだろう。
 怪物。それが大鬼を見たときの最初の印象だった。
 朱点童子は頬杖をつきながら、人ひとり丸呑みにできそうな大口を開く。
 
朱点「おっとォ、下が騒がしいと思ったら、おまえらの仕業かい」
 
 その見た目に反して、粘りつくような喋り方だ。まるで人間の嫌な感情だけを煮詰めたような声をしていた。 
 
朱点「ククク、誰も俺を訪ねてくれねェから、みんな忘れてたのかと思ってたゼ……グヒヒヒ」
 
 福助や牽は、あのおぞましい鬼と言葉を交わす気はなかった。鬼に恨み言を述べるのは完全に無駄だろうとすぐに悟れたし、それよりは今すぐにでもその肉を叩き切りたいのが本音だ。
 しかし晴海はそうではないようだ。
 彼女は物言いたげに、じっと朱点童子を見つめている。白い息を吐いた。
 
晴「お前が、晴海たちのご先祖さまの仇なのか?」

 朱点童子は嬉しそうに片目を閉じた。餌を前にした豚のようだ。

朱点「ンン? その額の光は……まさか、あの時のガキかァ? まさか……ははあ、そういうことかァ、合点がいったゼ」
晴「……」
朱点「おめェらも俺と同じってこったよ、アハハハ!」
 
 牽は己の身体を見下ろす。怪訝そうな顔で、首をひねる。

牽「太ったかな、僕も」
真「そっくりです」
 
 きっぱりと真琴。牽は「えー!」と悲鳴をあげた。
 
 晴海は朱点童子を見据えたまま、一歩詰め寄る。
 すると鬼は、大仰に「ひい」と笑いながら叫んでみせた。
 
朱点「オイオイ、まさか俺を倒すつもりか? そいつはオススメしねェゼ。今よりもずっと辛い目に合いたくないんだったらな……グヒヒ。こいつはてめェらのためを思って言ってやっているんだからなァ?」
 
 なにがおかしいのか、鬼は無知な童子をコケにするように、げらげらと笑う。
 朱点童子が一体なにを言っているのか、わからない。
 だが所詮は、鬼の妄言だ。これ以上の会話に意味などない。
 
 福助が晴海の肩に手を置く。
 
福「もういいだろう、晴海さん。無駄だ」
 
 晴海はちらりと自らの右手に視線を落とす。当主の指輪を見てから、顔を上げた。わずかな苛立ちと、戸惑いが浮かんでいる。
 
晴「……ああ、そうだな」
 
 布陣は、当主晴海がひとり前列。そして三人が後列。剣を抜き、薙刀を構えて、拳を固める。真琴ひとりは大きく距離を取った。
 高ぶる殺意を感じ取ったのか、朱点童子は笑うのを止める。

朱点「来るかい? そう簡単には、俺も負けはしねェよ」

 朱点童子は腹を叩く。ぶよんと肉が揺れた。晴海は嫌忌の念を募らせる。

晴「晴海たちもだ。ここに来るまで、一年半もかかったんだ。もう誰も死なせるわけにはいかない」
朱点「なら決まってるよなァ? 俺はどんな手を使ってでも生き延びてやるゼ……たとえそれが、俺みてェなモンの命でもなァ!」
 
 朱点童子が立ち上がる。四股を踏むように大股を開き、腰を落として深く構える。口から漏れる吐息に、黄土色が混ざった。

 晴海もまた、掲げた拳を朱点童子に突きつけて、大呼する。
 
晴「荒神橋一族の力! 見せてやる!」
牽「ああ!」
福「無論だ」
 
 牽と福助が後に続いた。


  
 先手、大胆にも晴海は階段を駆け上り、朱点童子の懐に飛び込む。
 加減などしていられない。満身の力を振り絞るのだ。
 
朱点「細っこい嬢ちゃんだナ、握ったら思わず潰しちまいそうだゼ!」
 
 朱点童子は反射的に晴海を払いのけようとしてきた。迫る手に向かって、さらに加速する。背後を豪腕が通り抜ける中、晴海は朱点童子の腹に蹴りを入れた。ダメージなどない、牽制の一打だ。見上げれば、朱点童子はにたりと笑っていた。その笑みに、思わず根源的な恐怖が湧き上がる。
 まるで鬼ごっこのように、朱点童子は右から左から腕を伸ばしてくる。それらを晴海は悠々と、時には紙一重で避けてゆく。掴まれたら最後、の覚悟とともに。
 
晴「ふっ……はぁっ……」
 
 汗が飛び散る。朱点童子はまだまだ遊びのつもりだ。ふたりの動きはまるで、壇上で舞を踊っているようだった。
 晴海は飛び上がり、顔面に回し蹴りを叩きこむ。それも、ただ当てるだけだ。反動で後ろに跳ねると、朱点童子の腕が追いかけてきた。目と目が合い、晴海は理解する。鬼は最初から脚撃を食らうつもりで間合いを詰めてきたのだ。避け切れない。
 丹田に力を込めて、晴海は石畳を蹴り砕くような威力で踏み込む。同時に両手を前に付き出した。最速にして最小の動きによる、発勁だ。溢れ出た神気が、稲妻のような光を放つ。朱点童子の拳を晴海は迎え撃った。
 肩を撃ち抜かれたような勢いで手を弾かれて、朱点童子は態勢を崩した。さしもの鬼も身構えるが、荒神橋の拳法家は追撃せず呼吸を整えている。
 
朱点「ほーォ……やるじゃねェか、こいつァ、俺も燃えてきたぜェ!」
 
 朱点童子は目を細めて拳を固めた。今度こそ、殺すつもりで来る。
 晴海は半身に構えて、後方を見やる。牽と福助、真琴が一箇所に固まっていた。朱点童子は晴海の狙いに気づいているだろうか。今のところ、その様子はない。
 三人は今<武人>によって、力を高め続けている。彼らの準備が整うまで時間を稼ぐのが、晴海の役目だった。
 身軽さなら、誰にも負けない。牽や福助より体力だって高い。この役目にうってつけなのは、自分なのだ。そう信じている。
 だが――

晴(できると思ってたけど、あんまり持たないかもな……)
 
 先ほどの相打ち気味の発勁により、肘から先の感覚がなくなっていた。強い痺れがいまだに取れない。朱点童子の身体は見た目よりもずっと重い。一体なにが詰まっているのか。
 それならと、晴海はステップを刻み始めた。
 
晴「いいぜ、朱点童子……だったら足で勝負だ。この荒神橋当主、三代目瑠璃を捕まえてみろよ」
朱点「ククク、何考えているんだか知らねェが、ちょっとは付き合ってやろうじゃねェか。俺は慈悲深いからなァ! グヒヒヒ!」
 
 晴海は朱点童子の横から回り込むようにして、駆け出す。
 引き離さず、かといって追いつかれず、その死線を見極めなければならない。
 
晴(大丈夫だ、できる、できる……晴海には、この指輪が……瑠璃ちゃんと、父ちゃんが、ついているんだから……!)
 
 晴海の首筋を汗が流れ落ちた。
 
 
 ~
 
 
 晴海に朱点童子の巨大な拳がめり込む様を、離れた場所から見ていた。
 福助たちは術の詠唱中のため、その場から動けない。しかし、一刻も早く手当をしなければ、戦線が崩壊するだろう。
 いち早く<武人>を唱え終えたのは、牽。刀を抜いて朱点童子に迫る。続いて福助も駆け出し、真琴はその場に待機した。
 
 牽が前衛に躍り出て、朱点童子と切り結ぶ。一方、その間に福助は晴海の元に駆けつけた。
 晴海は半分意識を失いながらも、朱点童子の攻撃を避け続けていたためか、福助が近寄ると糸が切れたように動かなくなった。
 福助は<お雫>を唱え出す。しかし、その間の時間稼ぎが必要だった。
 牽はどうにかして耐えている。だが、晴海と違って彼は受け止めるか捌くかの剣士だ。朱点童子が相手なら、その強力な攻撃力の前にいつ崩れてもおかしくはない。
 当主と、父の危殆。
 そして、全滅の危機。
 
 
 となれば――
 
 
 遠く。
 真琴は矢を番える。
 
真(ウチがやるしかないって言うんでしょう……! やってやります、やってやりますとも……!)
 
 身体が勝手に動いていた。覚悟は後ほど決まる。
 あれほど泣き言を言っても、勝手に期待されて。
 それでもまだ無視を決め込めるほど、真琴は面の皮が厚くはなかった。

 真琴の身体を流れる尊き血の循環が加速してゆく。身体が熱くなり、その目が色濃い赤に染まった。
 魂の芯から、炎が湧き上がる。右腕から、吹き上がる。
 思うがままに、放つ。


 ――連弾弓――

 
真「ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!」
 
 その矢は翠の光をなびかせながら、空間を引き裂き、凄まじい速度で朱点童子に迫る。
 第一射が、朱点童子の側頭部に命中し、
 爆ぜた。
 
 
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by RuLushi | 2012-08-29 00:04 | 三代目当主・晴海
1019年11月第6編
 
 
 その槍はしかし、真琴ではなくすぐ近くにいた晴海を狙ったものだった。
 晴海は槍を半身で避ける。背筋が凍りつくような圧力に震えながらも、視線は外さない。突きからの払いを、さらにくぐってやり過ごす。そうして、吠えた。

晴「そんなものが当たるかよ! もっとよく見て狙ってこい! 晴海はここだぞ!」

 拙い挑発だ。自分に攻撃を引き寄せようとしているのが、真琴にもわかる。それでも、猿の注意は晴海に注がれた。
 そうしている間に、福助の併せは不発に終わる。牽の術法が間に合わなかったのだ。

福「牽!」
牽「悪い! 今度は僕が行く!」
 
 牽が叫び、術力を高めてゆく。赤い神気が彼の体に集まってゆく。
 今度こそ、と福助も再び<花乱火>を詠おうとして――

晴「福!」

 叫ばれるまでもなく、わかっている。眼前には石猿の槍が迫っていた。
 あまりにも迂闊だった。福助は術に集中しすぎていた。もっとも、そうでなかったとしても避けられる自信はなかったが――
 腹を、突き破られる。
 福助の視界が真っ赤に染まった。
 

 腹部からは血が滴り落ちていた。
 巽ノ陣羽織が、布切れのように穿たれていた。
 
福「こいつぁ……真琴さんには、キツいだろうね……」
 
 つぶやきの途中で、福助は吐血した。急激に体から体温が失われているのが自覚できた。気を失わないでいられるのは、地獄のような苦痛のおかげだ。
 おびただしい量の血を流す福助に、晴海の<お雫>が飛ぶ。
 やはり併せは間に合わない。

牽「ええい、なら僕ひとりでも!」
 
 牽の放った<花乱火>は、今度は石猿の顔面に着弾した。
 それが決め手だった。
 巨体を震わせながら大鬼は膝をついた。そのまま、前のめりに倒れてゆく。
 
福「瀕死、だったのか……?」
 
 それであの威力だ。福助の身の毛がよだつ。
 橋の上で猿は実体を失い、霧となって溶けてゆく。
 
 荒神橋一族は、見事に石猿田衛門を撃破した。
 苦しい戦いだった。





 真琴はようやく落ち着いてきたようだ。涙を拭って、立ち上がる。

真「ウチ、やっぱり……」
 
 もうだめだ、と言おうとしたところだ。
 晴海が頭を下げた。

晴「ごめん、真琴。やっぱり、晴海が<円子>を覚えられなかったからだ」
 
 えっ、と真琴が晴海を見る。

晴「晴海がもっとうまく回復術を使えたら、みんなを安心させられたのに」
福「……それは、今言っても仕方のないことだよ」
牽「そうそう。倒せたんだし、いいじゃないか。ちょっと重い攻撃を食らったぐらいで、真琴もメソメソするなよな」
真「……し、してませんし」
 
 真琴が牽を半眼で睨む。
 一族最年少の少女が弱音を吐こうとしていたのは、その場にいる全員が感じ取っていたことだ。だが、それを聞いたところで、彼女を休ませるわけにはいかないのだ。
 父親として牽もまた、真琴を甘やかせることはできないだろう。
 鈍感を装うか、憎まれる父でいるか。

福(お前も、意外と損な役回りだったんだな……牽……)
 
 足がふらつくような疲労感の中で、福助は思う。
 真琴の士気は最低だ。あとはもう、意地しかないはずだ。彼女の涙を見て、晴海の心も折れかけてしまった。

福(そして、僕たちも……)
 
 今の敵には、虎の子の<花乱火>の併せが二度も失敗してしまった。自分たちの速度が鬼に追いつけていないのだ。
 それに、晴海ひとりの回復術ではもう間に合わなくなってしまうかもしれない。だとしたら、自分たちのどちらかが<お雫>に回れば、もうそれだけで併せ戦術は崩壊してしまう。
 自分はそうでもない。だが、牽にはショックだったろう。
 
 朱点閣へと続く橋の上で、四人は途方に暮れる。
 帰還すらも視野に入れるべきかもしれない。福助は発言すべきかどうか迷っていた。
 
福(もちろんそうなれば、都からやってきた武士たちは皆、犬死だ……でも、だとしても……僕は、この三人を死なせるわけには……だけど……きっと、耐えられない……その事実に、三人が……)
 
 到底そんなことは、聞き入れられないだろう。
 今必要なのは、たったひとりで完結する破壊力だった。福助の視線は、意識せずに真琴に向いていた。
 単体で、仇の鬼を撃ち倒すほどの痛撃。
 
福(でも、僕は言えるか……? この女の子に、“命を削ってでも戦え”と……?)
 
 自分を慕ってくれる4ヶ月才の姪に?

 福助は歯を食いしばる。
 ひどいことだ。わかっている。それでも誰かが言わなくてはならないのだとしたら、それは自分の役目だ。
 
晴「真琴」
 
 先に口を開かれた。
 まただ。
 決断が遅いから、いつでも誰かに先を越されてしまう。
 だが、今回ばかりは、そう。彼女の言葉を借りるのなら、“譲れない”。
 福助は神妙な顔をしていた晴海を手で制した。

福「真琴さん、次の戦いは、きみの“連弾弓”が要となるだろう。射てるね?」
真「でも」
 
 その第一声に怖気づいてしまいそうになる。
 真琴は明らかに恐れていた。

真「ウチが鬼を倒すなんて、そんな、福助サンだってウチの戦いっぷりを見ていたじゃないですか……ウチ、防御しかしてませんでしたよ……」
福「きみはよくやっている」
真「雑魚ならいくらでも相手にします! でも、あんな、あんなの無理ですよ! それを、ウチがなんて!」
福「真琴さんにしかできないんだ」
真「ウチには無理です! そんなことをする前に、死んじゃいますよ!」
 
 真琴は左腕を抑えていた。石猿に斬られたところはもう完治している。だが、そこにはきっと、恐怖という名の傷が残っている。
 癒しの術では治せないものがあるように。
 言葉ではきっと、彼女に届かない。

福「僕が守る」
 
 だから福助は、正面から真琴を抱きしめた。
 突然の抱擁に、その場にいた誰もが目を丸くする。
 
福「きみが鬼の首を取るそのときまで、きみの命は僕が保証する。必ず、だ。もしかしたら少し痛い目に合うかもしれない。さっきみたいに。だけど、きみは何の心配もしないで、矢を射ってくれ。それ以外の全ては、僕がやる。だから」

 真琴の細い体に少しでもこの覚悟が伝わるように、と願いながら。
 福助は強く彼女を抱きしめていた。
 腕の中から、わずかな抵抗。

真「……はなして、ください」

 その言葉とともに、福助は手を離す。真琴はまるで猫のように飛び退いた。頬が赤い。

真「今時の子は、そんなので騙されたりしませんからね。春野鈴女母サンは言ってましたよ。朴訥な男が突然甘い言葉を囁いてきたら、それは決断のときだって。肩透かしを食わせるか委ねるか、それは相手をよく見てしっかり判断しなさいって」
福「……それで、どっちかな」
 
 福助は両手を掲げたまま、視線を外す。今更になって、羞恥心が湧く。
 罪状を読み上げられるような気持ちで待つ。真琴がまくし立ててくる。

真「無理です。福助サンじゃ、無理です。<お雫>を使うにしたって、水の技もそんなに高くないじゃないですか。だから、無理です。ウチを守り切れません」
福「……」
 
 まったくその通り。
 お手上げ、の態勢のまま福助は目を閉じた。
 たまに慣れないことをすれば、これだ。この結果だ。我ながら、らしい。泣きそうだ。
 
 今度は、晴海が真琴を後ろから抱きしめた。

晴「だったら、晴海もだ。晴海も真琴を守る。それならどうだ?」
真「ど、どうってなにがですか! ちょっと、離れてくださいよ!」

 後ろからの不意打ちだった。真琴が身をよじるものの、晴海はがっちりと掴んで離さない。

晴「真琴だけじゃないぜ。牽だって、福助だって、守り切ってみせる。確かに<円子>はないけどな、その代わりに晴海には身のこなしがあるんだ。次の戦いは、晴海がひとりで前列に立つ」
福「それは――」
 
 福助が言葉を失う。
 確かにそれなら、福助がひとり前に立つより全体の被害は少なくなるかもしれない。だが、そんなことは考えもしなかった。当主を危険に晒すなんてことは。
 もがく真琴に抱きつきながらも、晴海の目は真剣だった。

晴「反対しても、晴海はやるぜ。決めたんだ。全身全霊を尽くすって」
真「ウチはまだ誰もやるなんて言ってませんけど!」
晴「そうでもしないと、きっと勝てないだろ? それに、晴海が倒れたらみんなは真っ先に逃げれるし、それなら来月だって挑める」
 
 とても許容できるような策ではない。常道ではない。
 だが、倫理的な面を除外して考えれば――決して悪くない案だ。現に先ほども、晴海は唯一、石猿田衛門の槍を避けている。

 珍しく、牽は積極的に参加の意を示さなかった。

牽「……僕は、構わないよ。晴海ちゃんも真琴も、それでいいなら、ね」
晴「決まりだな」
真「なにも決まってませんけど!」
 
 真琴はまだ晴海に捕らわれている。根負けするのも時間の問題だろう。
 命を賭けて勇気を振り絞る覚悟が、“観念して”決まるというのも、ある意味我が家らしい話か。
 ふたりから離れて、福助はため息をつく。

 突然牽に蹴られた。姿勢が揺らぐほど強く。冗談にしては過ぎる。さすがに驚いた

福「……い、いきなりなにをするんだ、牽」
牽「……」
 
 福助の横を通り過ぎた牽は、こちらに背中を向けていて、その表情が見えない。
 真琴を抱きしめたことに、腹を立てているのだろうか。そこまで過保護だったとは思わなかった。
 謝ったほうがいいだろうか、と迷っている最中。牽がつぶやく。

牽「お前、死ぬつもりだったんだな」
福「……うん?」
牽「最近ずっと悲観的じゃないな、って思っていたんだ。いつでもビクビクしていたお前がだよ。変だろ、妙に達観しててさ。僕たちを白骨城に見送った咲也兄さんと同じ顔していたよ」
福「……」
 
 福助は頭をかく。
 背を向けたまま、牽。

牽「いつもバカやっていると思うなよ。許さないからな」

 やはり、謝るべきだろう。

福「悪いな、兄貴」
牽「……ああ」
 
 牽は振り返り、笑う。

牽「生きて帰るぞ、福助」
福「ああ」
 


 残る敵は、朱点童子、ただひとり。
 もはや荒神橋一族の道を妨げるものは、どこにもいない。
 意気揚々、気炎万丈。
 そしてついに彼らは、朱点閣へと足を踏み入れる。
 
 石畳を行き、青い炎の揺らめく場内を進む。 
 空気は腐臭のようによどんでいて、まるで身体にまとわりつくようだ。振り払いながら、先へ行く。
 暗闇の中から、声がする。


  「待っていたぜェ……」

 その主こそ、
 荒神橋一族の、悲願――

 朱点童子
 
 
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by RuLushi | 2012-08-23 00:09 | 三代目当主・晴海
1019年11月第5編
 
 
 雪の降り続ける呪殺の碑を抜けると、荒れ果てた朱雀大路にも終わりが見える。
 そこから先には、もう崇奈鳥大将や雑兵はいない。
 
 朱点閣去る橋。
 それは深い堀で囲まれた朱点閣へと続く、唯一の道だ。
 
福「あれは、人……?」
 
 見つけて、駆け寄る。
 橋の前に突っ伏して倒れている武士がひとり。その横に、廃屋にもたれかかってうなだれた武士がひとり。さらにうずくまって動かない武士がひとりいた。
 きっと勲とともに出陣した武士たちだ。たった四人で崇奈鳥大将の陣を抜けてきたのだ。人の身では並外れた強さに違いないだろうが、ここまでやってきて力尽きてしまったのだろう。
 かろうじて息はあるようだ。荒神橋の面々がそれぞれの男たちに回復術を施してゆく。
 
 少し離れた場所に、見覚えのある胴丸を身につけた男がひざまずいていた。足跡のように真紅の雫が垂れている。
 高辻勲だ。
 彼の元へと急ぎ、晴海は手を伸ばす。

晴「勲、生きていてくれたか」
勲「……これは」
 
 うっすらと目を開く勲。呼吸は荒い。<太刀風>にやられたのか、全身が刀傷だらけだった。
 血走っていて、濁った瞳で晴海を見つめる。そうして、驚きの表情を浮かべた。
 もしかしたら、こんな粉雪の舞う地獄のような場所で、女神が“迎え”に来たのかと思ったのかもしれない。
 勲はすぐに目の前の光景が現実だと気づいた。そうして、うめきながら身を起こす。

勲「荒神橋の瑠璃か……? よくぞ、ここまで……」
晴「じっとしててくれ。<お雫>を唱える」
 
 晴海が屈んで勲の傷口に手を当てる。淡い水色の光が浮かび上がった。雪に反射して、辺り一面が湖中のような揺らめきに包まれる。
 勲は自分や仲間たちが癒されている光景を、ぼんやりと眺めていた。
 その間、なにを思っていたのだろうか。


 手当を済ませた荒神橋一族は、勲の元に集まる。

晴「これで、しばらくしたら動けるようになるはずだ。直哉や絹が心配していたんだぜ。ここから先は、晴海たちに任せてくれよな」
勲「……あやつらが?」
晴「ああ、あんたが死ぬつもりだって言ってたぜ。実際のところはどうか知らないけど、命は粗末にするもんじゃない。あんたを待つ人は多いんだろう。だから――」
勲「――だから、だと」

 晴海の言葉が、勲を突き動かす。
 少女の手を、しがみつくようにして男が掴んだ。
 まるで執着のごとく。

勲「あのときも、源太とお輪はそう言っていた……そして、帰って来なかったのだ……!」
 
 晴海の細い腕を掴む勲の力は、深手を負っているとは思えないほど強い。
 健康度も相当下がっているはずだ。それでも、彼には進まなければならない理由があるのだ。

勲「俺は、ともに行くことができなかった! ならば、今こそ、あやつらの仇を……! それこそが、俺の使命だ! そこをどけ、荒神橋瑠璃! 俺の刀はまだ錆びてはいないぞ!」

 晴海には一瞬、勲の顔が修羅に見えた。
 
 その言葉に福助は強い反感を覚えていた。それはむざむざと命を投げ捨てる行為だ。だが、それは彼もわかっているのだろう。
 ならばどうすればいいのか。福助にはわからなかった。その気になれば、力づくで止めるしかないだろう。
 そのときだ。
 あれほど強く掴まれていたというのに、晴海は勲の腕を簡単に振り払った。ほんの些細な動きで、まるでホコリを払うように。
 勲の顔に衝撃が走ったのを、福助は見た。
 
晴「どこからどう見ても、あんたは限界だぜ。ここから先に進むのは、無駄死だ」

 支えを失った勲は、その場に尻もちをつく。
 それでもなお、猛りは止まぬ。

勲「だとしても、俺は……! せめて一太刀浴びせるまでは、死なぬ……!」
晴「そんな重体の体で、一撃で朱点童子を倒すのか? 朱点童子はそんなにヤワなやつじゃないだろ。悪いが、晴海は無理だと思う」
勲「手当をしてくれたことは、礼を言おう……だが、これは俺の意地だ! ようやくここまで来ることができたのだ!」

 よろめきながら立ち上がる勲。彼を見上げながら、晴海は告げる。

晴「意地、か。くだらないぜ。そんなのは犬にでも食わせてやれよ」
勲「小娘――」
 
 刹那、勲の体から威圧感が放たれる。それはとても半死半生の男のものとは思えなかった。事実、戦慣れした荒神橋の男たちですら身を竦めてしまったのだ。
 だが、晴海だけは微動だにしなかった。白く染まった前髪の房を揺らしながらも、彼女は超然としていた。
 
晴「勲。あんたはこの戦いに命を賭けているんだな」
勲「無論だ。俺の死に場所は、大江山だと決めていた。かつて、この都を攻め落とした時から、これが俺の定めであったのだ……!」
晴「そうか。なら、やっぱり譲れないぜ」
 
 晴海はうつむき、深く息を吸い込んだ。それから、勲を見つめる。
 
晴「あんたは命を賭けているかもしれない。だけどな、こっちは“人生賭けてる”んだ」
勲「! それは、」

 勲は二の句が継げない。
 齢一才未満の子供が放ったとは思えないほどの、その重み。
 
晴「復讐がくだらないなんてことは言わないさ。荒神橋には復讐しかない。晴海はそのために生み出されて、今ここにいる。あんたには、家族もいるだろう。仲間も、友だちも、慕ってくれる部下たちだっている。ご先祖さまとの思い出だってある。だけど、晴海にはなにもない。なにもないんだ」
 
 それは勲を言いくるめるための方便であったのだろうか。
 ただ、後ろでその言葉を聞いていた牽や福助が唖然としたのも、事実だった。
 まるで降り積もる雪のように淡々と、淡々と晴海は語る。

晴「ここで朱点童子を倒して、ようやく晴海たちは人間になれる。生まれ変わるんだ。晴海たちは生きるために、ここにやってきた。なあ、勲。無理にとは言えないけどさ、生きてくれないか? きょうは、荒神橋一族の記念日なんだ」

勲「……荒神橋、瑠璃」
 
 風に吹かれて、晴海の前髪が揺れる。純真な少女の瞳に、勲の顔が映った。
 彼の表情はまるで、娘に叱られている父親のようだった。
 
晴「それに、せっかく晴海たちのご先祖様を知っている勲と知り合うことができて、ここであんたを亡くしたら、今度は晴海たちが叱られちゃうぜ。そんなのは嫌だ。晴海は、瑠璃ちゃんと父ちゃんに、“よくやった”って褒めてほしいんだ。頼むよ、勲」

 ここにいる女は一体誰だろう、と。真琴はそんなことを考えてしまった。
 晴海はこんなことを言えるような娘ではなかったはずだ。少なくとも、出陣の前は自分はそう思っていた。

勲「瑠璃……いや、晴海殿」
晴「別に、呼び名はどっちでもいいぜ。瑠璃ちゃんの名前で呼ばれると、ちょっと気分がいいんだ」
 
 屈託なく笑う晴海に、勲は突然頭を下げた。あまりにも急だったため、倒れるのかと思って晴海が手を差し伸べたほどだ。

勲「源太を死なせてしまって、すまなかった。本当はもっと、早くに言うべきだった。初代の瑠璃殿が、逝ってしまう前に……」
 
 そのときの勲は、壮健な武士だった頃の面影もなく。崩れ落ちそうな、ただひとりの男だった。
 ずっと、ずっと口には出せなかったのだろう。
 晴海が彼の肩を叩き、頭を上げさせる。友人を迎えるような笑顔がそこにあった。
 
晴「いいさ。帰ってきたら一緒に、酒でも酌み交わそうぜ」
 
 その言葉に、しばらく勲はなにも言い返せず。
 やがて傷が癒えた武士たちが彼のもとに集ってきたところで、別れの言葉も口にせず背を向けて。
 それから、ようやく、発した。

勲「そうだな。そうしよう。それがいい」

 
 
 こうして、勲たちは橋の手前に残ることになった。
「後ろから崇奈鳥大将が迫ってきたのなら。一匹残らず叩ききってやる」との宣言とともに。
 彼らの姿が見えなくなってから、真琴がため息とともにつぶやく。

真「頼もしい限りですね、本当に」
牽「やかましいって」
真「いたっ」
 
 牽に頭をこづかれて、恨めしそうに睨む真琴。
 一方、福助は晴海を改めて敬する。

福「すごいな、きみは。僕だったらああはいかなかった」
晴「おう? 別にそんな、晴海はただ、思ったことを言っただけだぜ」
福「たまには、もう少し自覚してほしいと思うときがあるよ」
晴「なにがだ?」
 
 福助は肩を竦めて足を進める。
 一歩、さらに一歩。
 
 まるでそこに線引きがしてあったかのように。
 踏み越えてはいけない境界に足を踏み入れてしまったかのように。
 巨大な門が、ゆっくりと開いた。

牽「入ってこいっていうことかな」
福「その前に、出迎えがあるようだよ」
 
 暗がりから、まずは足が出てきた。
 そのあまりの巨大さに、冗談かと思う。仁王門の鬼より二回りは大きい。
 続いて、巨大な剣。長大な槍。さらに杖と、術法で作られたと思しき投輪が見える。現れたのは、四本の腕を持つ大猿の化け物だった。
 大陸のものに似た甲冑を装着した鬼は、元々は神格の高い神であったのかもしれない。だが今はその名残もなく、知性のない目には殺気が満ちていた。

晴「こいつ……」
 
 晴海には、やはり見覚えがある。
 いくつもの一族が戦い、あるいは敗れ、打ち倒して先へと進んでいった。
 奴の名は、石猿田衛門。
 ――朱点童子へと続く道を阻む、最後の障害だ。
 
真「う、わー……つ、強そう……」
 
 真琴は明らかにたじろいでいた。
 人を殺すための四種の得物を構えた鬼は、これまでにはない威圧感を放っている。
 憤怒の表情は、まさに鬼気迫る。
 今からこの相手と戦い、勝利をしなければならない。それでいてなお余力を残し、朱点童子を打倒するのだ。
 それがどれほど難しいことか、わからない。まだ実現できたものはいないのだ。
 それでも――

晴「ひとつひとつ邪魔なものを突破して、それでここまでやってきたんだ。あとたったひとつ。それなら、すぐだ。あと一歩なんだぜ」

 晴海は太陽を仰ぐような表情をしている。
 精気は満ちている。
 粉雪はもう止んでいた。

晴「ならむしろ、願ったり叶ったりじゃないかよ!」

 晴海は構える。
 牽や福助も同様に、真琴はおっかなびっくりと。

 橋の上の戦いが、今始まる。
 
 
 
 雪が止んだのは、荒神橋一族にとっては幸運である。
 火炎の術の威力が減衰せず、十割の威力を発揮できるようになったからだ。

福(<花乱火>の併せが通用しない敵には、真琴さんを出すしかないからな……)
 
“奥義”の威力は凄まじい。だがそれは、限界を越えた力である。使用者にとてつもない反動をもたらす。真琴の身では、とても連発には耐えられないだろう。
 せいぜい二発か三発。それ以上は命に関わる。そうでなくても、奥義を使わずに済むならそれに越したことはない。

晴「まずは試してみるぜ……<花連火>!」
 
 晴海が放った火の球は、猿鬼の腕に命中した。
 いくつかのダメージを与える結果に、晴海は手応えを感じる。<花乱火>の低級術にしては、十分な威力だ。
 続いて、真琴は迷った挙句、自らに<武人>をかける。

真「戦闘中には、ウチはなるべく自分の強化を……ですね」
 
 本当なら好ましくないことだが。攻撃力を高めて、機を待つのだ。
 次順は、牽。

牽「じゃあいくよ! <花乱火>詠唱、開始!」
福「よし、牽、併せるよ」
 
 すかさず福助が印を結ぶ。
 双子の詠唱が朗々と響いている中、ついに石猿が動いた。
 俊敏ではないが、歩幅が大きいため、あっという間に回りこまれてしまう。
 
福「なっ」
 
 ひとり前衛の福助が驚愕する。
 石猿の攻撃は後列を狙ったものだった。
 鬼の剣はひとかたまりとなっていた牽、晴海、真琴をまとめて薙ぎ払う。
 
牽「ぐっ」
晴「避け切れない!」
 
 牽と晴海は急所をかばいながらも、それぞれに裂傷を負う。この程度の攻撃では、戦闘継続に支障はない。
 ところが、だ。
 真琴ただひとり。彼女はたったの一太刀で、体力の半分以上を奪われていた。

真「いっ……たぁ…………」

 左腕を抑えて、真琴はその場にうずくまる。おびただしい血が流れていた。
 巨大な中華刀の一撃をまともに浴びた少女は、あまりの痛みに叫び声も出せなかった。
 
晴「真琴!」
 
 慌てて駆け寄り、晴海は<お雫>を唱えようとして気づく。
 真琴はすすり声をあげていた。
 泣いているのだ。
 気丈な真琴が、たったの一撃で。
 晴海はその有様に、ひどく衝撃を受けてしまった。
 
晴「ま、真琴……」
真「……うっ……ううっ……いたい……」
 
 これほどの威力の攻撃を受けたのは初めてだったのだ。一度の<お雫>で体力も万全には戻らないほどの深手だった。
 徐々に痛みが収まっても、しばらくの間、真琴は錯乱状態にあった。
 どうしてこんなところにいて、どうしてこんなにつらい目に合わなければならないのか。
 何度も「痛い」と口にしながら、真琴はただただ、己の運命を嘆いていた。

牽「やろう、よくも僕の娘を! 消し炭にしてやる!」
 
 距離を取った石猿に、ようやく<花乱火>の併せが放たれた。牽と福助の猛火は猿を焼き尽くす。辺りの雪が蒸発し、一瞬にして霧へと変わった。
 720ダメージ。半身の焼き爛れた石猿田衛門は一際高く鳴く。腕の何本かがまともに動かなくなったようだ。
 福助は再び併せに入る。
 仲間を守るためにも、一刻も早く、この猿鬼を始末しなければならない。気が急く。
 

 真琴は防御の態勢を取っている。
 同じだ。またお業のときと、同じ。ただ怯えているだけだ。
 決意したところで、この程度だ。このザマだ。
 流れる涙は、痛みか、悔しさか、怒りか、はたまた恐怖によるものか。

真(ウチは……――)
 
 彼女に、影が落ちる。誰かの疾呼が聞こえた気がした。
 顔を挙げる。眼前に石猿が肉薄していた。
 涙が止まる。
 大鬼の持つ槍の穂先はまっすぐにこちらに向かってきて。
 
真(――) 

 脳裏が真っ白になる。

 真琴は身を屈めて、祈った。
 祈ることしか、できなかった。
 
 
 
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by RuLushi | 2012-08-18 10:50 | 三代目当主・晴海
1019年11月第4編
 
 
 仁王門をくぐり抜けたところには、かつて人々が住んでいたであろう町が広がっていた。
 人の歴史から隠されたその都を、大江京と呼ぶ。
 
福「……」
 
 立ち並ぶ民家の老朽化は激しく、まるで辺り一面が廃墟のようだ。

牽「この都が攻め滅ぼされたのは、何十年も前ではないって話だったけど……その割には、どっこもボロボロだね」
真「ひっ」
 
 歩いていた真琴が短い悲鳴をあげて、足を引き寄せていた。鬼にでも襲われたのかと皆が注目すると、真琴は地面を指差す。

真「ひ、人の骨……」

 そんなものはとうに白骨城で見慣れていた。だが、その量が場違いなほどに多い。中にはまるで骨塚のように積み上げられているところもあった。

福「……ずいぶん、あるね」
牽「そりゃあ大きな戦があったらしいからねえ。なんでもすごいよ。十万もの武士が出陣したって話じゃないか。海をも越えて徴兵されたっていうし、よっぽど大勢が死んだんだろうなあ」
真「うう、やばいやばい……」

 牽の声はまるで物語を読むようだった。真琴が眉をひそめて自分の体を抱く。
 
晴「……」
 
 晴海はまるでなにかを思い出すように、辺りを見回していた。
 雪の降る中、家屋はその爪痕を隠すかのようにひっそりと埋もれている。
 ひとつ、ふたつ、みっつ。無意識に骸骨を数えながら、なぜだか胸の奥に針で刺すような痛みが収まらなかった。
 
 その時、翼の羽ばたきが聞こえた。
 牽と福助が弾かれたように前を見る。遅れて真琴が弓を構えて、最後に晴海が拳を握り固めた。
 そこにいたのは、これまで数百の鬼を絶ってきた荒神橋一家といえども、脅威に値するであろう大鬼。
 
晴「――崇奈鳥大将」
 
 鎧という名の貝殻に包まれた人間の魂を漁(すなど)る鬼――
 目と目が合った次の瞬間、彼らの表情は歓喜に満ちていた。新たな獲物だ。そのあまりの殺意に、晴海の体が身震いした。こめかみから汗が流れ落ちる。
 鬼たちは屍肉に群がる烏のように、荒神橋一族の周囲を飛び回っていた。この数を避けて通ることは難しいだろう。
 交戦だ。

牽「押し通るよ、真琴」
真「わかってます……!」

 晴海を支えるように、福助がそばに立つ。

福「末通るよ、晴海さん」
晴「もちろんだぜ……!」

 大江京朱雀大路に、一陣の風が吹く。
 まるで刃のように鋭く、不吉な風だ。
 

 ~
 

 人の世には“戦”がある。
 人間と鬼が争うのではなく、人同士が殺し合うのだ。
 それは領土のためであったり、食料の問題であったり、名誉のためであったり、あるいは我欲のためであった。かつて大江山で行なわれた戦は、一体何のためだったのか。
 ここまで人が死んだのだ。それはそれはやむを得ない事由があってほしいものだった。
 しかし――

福(おかしいな)
 
 福助は不穏なものを感じていた。
 強敵、崇奈鳥大将と戦い、休みながらまた戦い、その繰り返しの最中だ。

 おびただしい数の白骨は、家屋の中にも転がっている。それはどう見ても、武士のものではない。
 人の歴史を福助はほとんど知らない。今の帝のことも、なぜ京に都があるのかも知らない。だが、物事の道理なら理解している。
“戦”とは、武士と武士。あるいは貴族と貴族の間で起こるものだ。戦う気のないものを殺すのは、それはただの“虐殺”だ。
 
福(ひとつの都が滅ぼされるっていうのは、どれほどのことなんだ? 同じ人間をこれだけの数、殺すことが許されるってのは、一体どんなことだ……?)
 
 辺りに漂う雰囲気。あるいは疲労感からか、福助は自分の気持ちが沈み込んでいくのを感じた。
 福助は今はまだ人ではない。だが、人になろうと願うものだ。だからこそ、哀しい。人の行ないを俯瞰視点で観測している神の気分だった。
 
真「父サンは気楽そうですけどね」
福「え?」
 
 福助はまるで思考が読まれたのかと思った。だが、座り込んだ真琴は膝の上に手を組んで、そこに顎を乗せながら廃屋を眺めていた。

真「どうして前に攻め込んだときは十万人もいた武士のヒトが、今回は百人にも満たないんでしょうね。千分の一以下て」
福「それは……色んな理由が考えられるだろうな」
真「……」
福「昔はもっといたのだけれど、ほとんどが妖怪にやられてしまっただとか。妖怪は人の手に負えるものではないから、手練だけを送り込んできたのだとか。あとは、そう、招集に応じなかったとか……」
 
 話題に興味があったわけではないのだろう。真琴は相槌すらも返さずに、ぼんやりとしていた。

福「……あるいは、迷宮化した大江山に大勢で挑んでも、はぐれて役に立たないからだとか……」
 
 それならばわかる。数で圧倒することができないのなら、質を揃えるしかない。
 だが、福助にはなにかが引っかかっていた。
 真琴はまだ白昼夢を見ているような顔をしていた。休憩を挟んだことにより、張り詰めているものがぷっつりと途切れたのかもしれなかった。


牽「そろそろ行こうぜ。残りの火が徐々に消えていっている」
福「ん、ああ」
 
 火時計を片手に、牽が近くにやってきた。彼も疲れているのだろう。目の下には大きなクマができている。体感時間はまだ一日も経っていないのに。
 
福「牽、もしかしたら僕たちは、面倒なことに巻き込まれることになるかもしれない」
牽「またいつもの心配性かぁ?」
福「そういうことにしてもらってもいい。この都の惨状には、腑に落ちない点が多すぎる」
牽「といっても、僕たちのやることは変わらないだろ? 朱点童子を倒さなきゃ、呪いが解けないんだ。それからのことは、戻ってから考えようよ」
福「そう、だな……」
 
 牽は正しい。といっても、考えずにはいられない福助の性質が変わるわけでもない。
 四人は路地を出て、再び朱雀大路を行く。



晴「なんだか、さっきより妖怪の数が減ったような気がするぜ」
 
 有寿ノ宝鏡を持つ晴海がつぶやく。

牽「もしかしたら、もう少しで全滅させられたりして」
福「どこかに潜んで一斉攻撃の機会を待っているのかもしれない」
 
 牽と福助が正反対の言葉を口にする。真琴は黙って三人の後をついてきていた。
 牽は斜め上に視点を転じて。

牽「……もう一回、呪いが解けたらやりたいこと合戦でもする?」
福「いや、さすがにもういいだろ」
真「うざいです」
 
 きっぱりと言い切られて、さすがに牽も肩を落とす。
 
晴「いや、待って、みんな」
牽「ほら、僕の提案を快く理解してくれる人だって」
晴「そんなのどうでもいいけど、どうやら生きている人がいるみたいだぞ!」
 
 さらによろめく牽を置いて、三人は足早に歩く。決してそれは牽と距離を取りたかったわけではないはずだ。
 


○「荒神橋一族!」
○「……生きていたのね」
 
 そこは比較的原型を保っている屋敷を借りた、仮の陣地のようだった。門番を務めていたふたりの男女が四人を見て声をあげる。
 男は浅黒の肌をした短髪の剣士。女は打って変わって雪のような色の線の細い薙刀士だった。どちらもまるで元服したばかりの少年のように若い。
 
○「良かった。高辻殿はキミらのことをずっと心配してたんだよ。どうやら、無事みたいだ」
 
 男はホッとした笑顔を見せた。胸元には包帯が巻かれていて、そこに血が滲んでいる。どことなく雰囲気が牽に似ていると、晴海は思った。
 
○「俺は六波羅直哉(ろくはら なおや)。こっちの白いのは、七条絹(しちじょう きぬ)だ。出陣前は名乗る暇がなかったから、改めてよろしくな」
絹「あなたに比べたら、たいていの人は白い方だと思うけれど、まあよろしくね」
晴「荒神橋晴海だぜ。今は、三代目瑠璃を名乗っている」
 
 荒神橋の当主はふたりと握手を交わす。

晴「いや、こっちこそ、みんなの姿が見えなくなったから、どうしたものかと思ってたんだ。生きて会えて、良かったぜ」
絹「……そうね。こんな場所で命を落とすなんて、まっぴらだもの。少しは希望が生まれた、ってことなのかしらね」
 
 絹は薄く微笑む。彼女もまた、手傷を負っているようだ。
 屋敷の中には、まだまだ武士が待機しているようだ。鏡を見れば、それは突入した全軍の四半数にも及ぶ。彼らに声をかけようとしたところで、福助に制止された。

福「……中は見ないほうがいい」
晴「え?」
 
 表情は変わらないが、福助の顔色は急変していた。青白い。
 そうだ。中から聞こえてくるのは、大人たちのうめき声なのだ。
 血の匂いを感じなかったのは、自分たちもまた、血にまみれているからだった。そう思いついて、ゾッとする。
 福助は真琴に少し休むことを薦めてから、直哉に問う。

福「手ひどくやられた、みたいだね」
直「ハハッ、ここまでとは思わなかったよ。合流できたのはこれで全部さ」
福「手当の手伝いをしよう。僕たちは多少なりとも、回復の術が使えるから――」
 
 屋敷に入ろうとした福助を、直哉が止める。

直「いいや、そこまでしてもらっちゃあ、俺が高辻殿にぶっ飛ばされちまうよ。キミたちにはキミたちの役目があるんだろ」
福「それは、違いないが……」
 
 食い下がる福助に、絹が言い放つ。

絹「大丈夫。全員、命に別条はないわ。とりあえず、今はね。長引けばそれもわからないけれど」
晴「そっか……」
 
 晴海は納得できなかったものの、身を引く。絹の目に意思と覚悟が表れていたからだ。彼女が荒神橋一族に求めているものは、そんなことではない。
 
牽「しっかし、あの両仁王を越えてきたのか?」
直「仁王……? もしかして、仁王門のことか? あそこを守る鬼はとてもじゃないが敵わないから、俺たちは別の道を取ってきたんだけど……」
牽「それなら、邪魔だったからぶった切ってきたよ」
直「すげー……」
 
 今度こそ直哉は言葉を失ったようだった。絹は直哉を促す。

絹「ごめんなさいね。武功を自慢し合うより、今はあなたたちに頼みたいことがあるの。急ぎの用よ。ほら、直哉くん」
直「わかってるって。ちょっとは絹子も俺のことを信じてだね……」
絹「高辻殿は、動けないものたちをここに置いて、たったの四人で朱点童子を討ちに行ったの」
 
 絹は自ら語り出す。薙刀を握る手がわずかに震えていた。

絹「きっと、このままじゃあの四人はみんな死んでしまうわ。だから、お願い。これ以上犠牲が出る前に」
直「こんな戦いに参加したんだ、きっと死も覚悟の上に違いないよ」
絹「直哉くん」
直「俺だって、絹子だってそうだ。本当は戦って散ったって構わない。でも、高辻殿は俺たちに『生きろ』って言ったんだ。そんなのまるで、死ぬ奴の言うことみたいじゃないか」
 
 晴海は息を呑む。それから、彼にうなずいた。

晴「わかる」
福「……晴海さん」
晴「そんなのは、残される側の気持ちを考えていない。大馬鹿だ」
牽「晴海ちゃん……」
晴「高辻勲は、晴海たちが連れ帰る。だから、ここで待っててくれ」

 晴海も遺されたものだ。いや、違う。荒神橋一族は皆、同じだ。 
 その思いが伝わったのだろうか。直哉と絹は顔を見合わせて、それから晴海に頭を下げた。

直「高辻殿のこと、頼みました。もしかしたらあの人は、最初からこの山で死ぬつもりかもしれなかったんだ」
絹「最初から、わたしたちも気づいていれば良かったのに……だから、よろしくお願いします」
 
 改めて、晴海はふたりを見返した。純粋な眼差しだ。

晴「任せてくれ」
 
 端で見ていた牽も福助も、まさか彼女が一才にも満たないとは思えなかった。
 晴海はすでに、当主の器としても不足ないほどの少女だ。それほどの貫禄だった。
 


 別れ際に、福助が彼らに「ここでなにがあったか、知っているか?」と尋ねていた。それほど大事な質問のようには思えなかったが、ふたりは答えてくれた。結果、いいえ、だ。
 でも、と絹が付言した。

絹「でも、わたしの父……七条の先代は、とてもひどい戦だったと言ってたわ。あんなのはもうごめんだ、って。それがどうかしたの?」

 福助は「いや」と首を振った。

福「ありがとう。僕たちも十分に休憩できた。先に進むよ」

 わずかな間だが人心地がついて、荒神橋一族の気力は上向いていた。守るべき人たちの姿を目視し、すべきことを為すのだ。



 
 崇奈鳥大将たちを追い返しながら、四人は再び先に進む。
 鬼を避けながら裏通りをゆく彼らは、その“碑”に気づくことはなかった。
 
 憎悪と怒りに満ちた血文字には、禍々しい力が宿る。
 それが鬼を引き寄せ、この地を魔京と化したであろうことは、疑いようもなかった。
 京の中心に屹立した碑石には、こうあった。 

 
復讐を遂げる日まで
 安らかに眠ることなかれ



 まるで呪のような朱文字であった。
 
  
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by RuLushi | 2012-08-10 05:22 | 三代目当主・晴海
1019年11月第3編
 
 
<大江山討伐>
 
 見渡す限り白く、どこまでも白く。
 四人は腰の高さほどもある雪をかき分けながら、進軍をしていた。
 振り返れば彼らの歩んできた足跡が、点々と見える。

 視界は悪い。まだ11月だというのに、霧のような粉雪が辺りを覆っている。
 獣の唸りにも似た声は、絶え間なく響いてくる。それはきっと、腹を減らした鬼たちのものだろう。彼らは爛々と目を光らせながら、物陰から常に荒神橋の一族を狙っているのだ。
 
 先陣は牽。晴海、真琴と続き、しんがりは福助。
 時折、宝鏡を覗き込みながら、鬼の奇襲に備える役目も福助である。
 今もまた、鏡の中の赤い点が、こちらに向かって近づいてくる。

福「来るよ――」
 
 鋭い疾呼に応じたのは、牽。
 雪をまき散らしながら眼前に飛び出てきた紅こべ大将に、抜き打ちの刀を叩きつける。そのまま振り切った。真っ白な雪に血の線が刻まれる。まるで赤い花が咲いたようだった。
 刀を回し、鞘に収める牽。
 
牽「どんなもんだい」
福「バカ、まだいるんだよ!」
牽「え――」
 
 今度は斜め後方からだ。不意を突かれた牽は構えを解いていた。とっさに反応ができない。
 迫る紅こべ大将の腕に、矢が刺さった。悲鳴をあげて仰け反る鬼。

真「もう、なにやっているんですかぁ!」

 第二射とともに、晴海も跳んだ。真琴の二の矢は紅こべの首に突き刺さる。動きの止まった鬼を、拳法家の飛び蹴りが打ち砕いた。紅こべ大将は黒い霧となって霧散する。晴海が音も立てず雪に着地した。
 牽と福助が大きなため息をつく。

牽「ごめん、油断してた」
福「しっかりしろ。バカ」
 
 牽が真琴に駆け寄る。

牽「真琴もありがとう。助かったよ……って、真琴?」
 
 少女は小さく震えていた。自分の体を抱きながら、牽を半眼で睨む。
 
真「うう、寒い、寒いです……寒い寒い寒い……」
牽「だ、大丈夫か? ぼくの羽織でも着る?」
真「いらないですよ……汗ばんじゃうじゃないですか……っしゅん!」
福「まあ、確かに暑いよな……」

 福助は額の汗を拭う。外気に触れている部分は寒いのに、体の芯はひどく熱を持っていた。おかげで息が切れてしまう。

牽「正直、ここまでしんどいとは予想してなかったかな、ハハ……」
真「笑っている場合ですか、父サン……」
 
 ふたりの声にも覇気がない。
 たった四人の道中は、予想以上に体力を消耗してしまっているのだった。
 
  

 大江山に突入した時には、多くの武士と一緒だった。
 門をくぐった次の瞬間、彼らとは離れ離れになってしまっていたのだ。
 迷宮を探索するには、乱された時間と同じように、ある一種の“仕掛け”があるようだ。それが侵入者を拒むためのものか、あるいは内部のものを閉じ込めるための結界なのかはわからないが。
 立場の違う人間たちがひとつの迷宮に足を踏み入れても、必ずしも同じ場所に入れるとは限れないらしい。迷宮がまるで生き物のように形を変えることは知っていたものの、この“ルール”を目の当たりにしたのは初めてだった。
 よって、荒神橋一族は自らの力のみで頂上を目指さなければならない。
 しかし、彼らはもとよりそのつもりだった。
 
晴「……勲の旦那、無事だといいんだがな」
 
 たかだかひとりの小娘がつぶやく。その心配がどれほど傲慢なことなのか、今の晴海には知る由もなかった。
 
 
 
 ~
 
 
 雪に体力を奪われ、視界を取られ、いつ現れるとも知れない鬼に備えながらの進軍だ。肉体的にも精神的にも、その疲弊感はこれまでの迷宮の比ではない。
 特に最年少の真琴は辛そうだった。時折思い出したように指先に息を吹きかけるその顔色も悪い。
 すぐ後ろにいた福助が、彼女に囁く。

福「少し休もうか、真琴さん」
真「……ついさっきも、休んだばかりじゃないですか」
福「まあ、そうだけど……」
 
 真琴の減らず口は鈍っていない。その強がりはきっと、彼女のプライドだろう。
 だが、このまま倒れるまで意地を張り続けるのだとしたら、それは厄介な自尊心だ。

福(……どうしたものかね)
 
 真琴の青さを責める気は起きなかった。むしろ、美しさすら感じてしまう。
 大江山を、四人はあがくようにして進んでいた。
 
福(心が休めないのなら、せめて体だけでも休んでほしいんだけど)
 
 しばらく雪を踏みしめる音が続く。
 
牽「あーもう!」
 
 牽が唐突に叫び声を上げた。後ろに立っていた晴海がびくっと体を震わせる。牽は雪を蹴り散らかすと、振り返って怒鳴る。

牽「なんか違くない? こういうの! なんか、違うんだけど!」
晴「え、ええ?」
福「どうした、急に……このプレッシャーに耐え切れなくなったのか?」
真「うるさいですよ、鬼が集まって来ちゃうじゃないですか……」
牽「なんだよ三人とも。いや、だから、こういうお通夜みたいな雰囲気で挑むのは、間違っているんだってば!」
晴「???」

 要領を得ない牽の言葉に、一同は首を傾げる。真琴などは露骨に苛立っているようだった。
 
牽「だからね、これからのことを考えようよ! 朱点童子を倒したら、やりたいことがいっぱいあるでしょ? それをさ、みんなで言っていこうよ」
真「はぁ……?」
 
 真琴の後ろで、福助が「なるほど」とうなずく。晴海も乗ってきた。

福「いいんじゃないか。なあ、晴海さん」
晴「そうだな……晴海は夏になったら北の方に旅に行きたいぜー」
牽「さすが、晴海ちゃんだね。こんな雪山の中で、脚を露出させるだけのことはあるよ」
 
 粉雪を払いながら、三人は笑い合う。
 
福「じゃあ僕は、どうだろうな。しばらく、家でゆっくりしていたいと思うよ」
真「えっ、福助サン、そんな夢があったんですか」
福「知らなかったのかい。僕は本当は怠け者なんだよ」
真「なんと、やばいです」
福「そういう君は?」
真「う、ウチはー……」
 
 弓を担ぎながら、真琴は顎に手を当てる。少女は眉間にシワを寄せながら考え込んでいた。まるで難問に挑んでいるようだ。
 
真「父サンは、なにかあるんですか?」
牽「おいしいものを山ほど食べる! 食べ尽くす!」
真「うわあ」
 
 真琴は引いた。晴海は声を上げて笑う。

牽「武芸でどこまで行けるか挑戦もしたいし、もっともっとたくさんの迷い猫だって探せるだろうし。ああ、海も見に行きたいなー。それに、色んな人とも話してみたいんだ」
真「浅ましい……」
牽「どういうことだよ真琴! っていうか、他にもまだまだあるんだよ!」
真「強欲……」
牽「君、僕に厳しくないかなあ!?」
 
 真琴と牽がワーワー言い争いを始める中、そのふたりの声を聞きながら晴海と福助は微笑み合っていた。
 
晴「でも、もうすぐなんだよな。今言っていたことが全部叶うのって、もうすぐ……」
福「……そうだね」
晴「なんだか晴海、今、幸せなんだ。みんなとこうして、ここで戦うことができてさ。瑠璃ちゃんと、父ちゃんから受け継いだものが、確かにここにあるって思えるから……だから」
 
 雪の舞う空を見上げて、晴海はしっかりとうなずく。
 一度、「口に出すと、ちょっぴり恥ずかしいけど」と頬をかいてから、改めて。

晴「今、すごく嬉しいんだぜ」
 
 鬼と不安を蹴散らしながら、四人は山を登り続けた。



 一同は足を止める。
 彼らの前にそびえ立つのは、ひとつの門。
 大江山のさらに奥。朱点童子の潜む都へと続く扉――仁王門だ。
 
 その前には、一対の仏像が安置していた。
 名も知らぬ、誰が作ったのかもわからないその仁王は、呪によって縛られ、仏敵ではなく侵入者を排除するだけの鬼と化していた。
 いつしか彼らは、畏怖とともにその名を呼ばれることになる。
 
 ドクン、と晴海の心臓が鳴る。
 
 ――痩せ仁王、太り仁王。
 
 邪気を感じ取ったのだろう。荒神橋の面々はそれぞれ得物を構えていた。
 やがて、先頭に立つ牽が彼らの間に足を踏み入れた時、それは起こった。
 
 目を輝かせた二匹の仁王がこちらを睨んでいたのだ。
 動き出した彼らは、台座を降りて襲いかかってくる。

 大江山、文字通り第一の関門である。
 


 先手は晴海。彼女は初手に<雷電>を選択した。
 前後に距離を取った二匹の仁王を一網打尽にしようと試みる雷術である。
 青い稲光が雪を切り裂く。それらは巨大な仁王の体表を撫でて、霧散した。
 
晴「……効いて、いるのか……?」
 
 手応えはあまりない。続いて真琴が矢を射る。それは前列に立っていた太り仁王の腹に深々と突き刺さる。やはり仁王は表情を変えない。
 
真「不気味、なんですけど――」

 その真琴を狙って、痩せ仁王が刀を叩きつけてきた。飛び退いて避けた真琴の腕に、浅い裂傷が刻まれる。白雪が煙のように舞い上がった。飛び散った雪が口に入ったのか、真琴はペッペッとツバを吐く。
 
真「もう! 痛いじゃないですか!」
 
 怯えよりも怒りが先に来る辺り、真琴も実戦に慣れてきたのだろう。
 続く牽は覚えたての火炎術<花乱火>を披露した。
 しかしそれは、太り仁王の体をわずかに焦がしただけで、すぐにかき消えてしまった。

牽「あれー! ちゃんと勉強したつもりなんだけどなあ!」
福「どこかで手を抜いてたんじゃないのか! お前は!」
晴「ううん、違う」
 
 双子に真剣な表情をした晴海が首を振る。

晴「今は粉雪が降り注いでいるだろう。だから、火の術法が威力を失っているんだ。だから、福」
福「……ン、わかった」
 
 違和感を覚えながらも、福助は印を結ぶ。
 先ほど晴海が唱えた<雷電>だ。

福「一気に片を付ける……!」

 そこで、太り仁王が狙いを定めたのは――やはり後列の真琴。
 強烈な殺気に顔を歪めた真琴に、巨大な金棒が叩きつけられる――

真「やばいですよ! 二度も同じ手を食うものですか!」
 
 雪に紛れて、真琴は鬼の攻撃を回避していた。
 したたかな彼女の適応力に、思わず晴海も口の中で笑みを漏らす。

晴「併せ、二人目行くぜ!」
真「ウチが三人目です!」
 
 真琴は戦いの中、凄まじい速度で成長している。それを嬉しく思うのはきっと、晴海が年長者だからなのだろう。
 直後、三人併せ、六倍撃の<雷電>が敵陣を切り裂く。
 紫電は太り仁王を貫き、その背後にいる痩せ仁王までも覆い尽くした。
 辺りの雪が一瞬にして蒸発し、周囲は霧に包まれる。妖しい視界の中で、巨大なふたつの影がどさりと倒れるのが見えた。

 冷気と寒風により、少しずつ霧が晴れてゆく。四人は未だに構えを崩してはいない。
 最初に見えたのは、太り仁王の巨体が地面に突っ伏している図だった。
 破片となって横たわるその鬼は、線香の煙のように体から黒い煙を立ち上らせていた。それはまるで魂が抜け出ていくようにも見えた。
 晴海はホッとしつつも、より目を凝らす。今度は痩せ仁王の像が雪の中で黒煙となって地面に沈み込んでゆくのを見つけて、今度こそ胸を撫で下ろした。
 福助の放った術の併せによって、二匹の仁王はその活動を完全に停止させたのだ。
 
晴「ふう……」
 
 ようやく、一息つける。
 晴海たちはこの場所でしばらく休憩をしてから、先へと進むだろう。
 
 
 これからこの門を通って、宿敵・朱点童子と決着をつけるのだ。
 そこに待ち受ける運命を、今は知らずに。
 
 
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by RuLushi | 2012-08-04 06:18 | 三代目当主・晴海