ルル師のRPプレイ日記=俺の屍を越えてゆけ編(PSP版)=
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近代ゲームの語り部です。 PSソフト"俺屍"ブログ、リセット禁止でやってました。11/11/24より、PSP版俺屍プレイ日記始めました。今度は5年もかからなければいいな、と思います。
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カテゴリ:三代目当主・晴海( 13 )
1019年9月後編
 
 
 ~~ 


 相翼院に向かう道の途中。ひとり晴海だけが先頭を歩いていたときだった。
 晴海の横に浮遊していたのは、いつか見た朱点童子に魂を囚われた半透明の少年――黄川人である。風と共に現れた彼は、片手をあげて挨拶を交わす。
 
黄「やぁ、こんにちわッ…とね」
晴「君は……、えっと確か、黄川人、だったか?」
黄「覚えていてくれたなんて、嬉しいなァ」
晴「ええ、っと……てッ」

 晴海はこめかみを抑えた。そのときなぜか急に針で刺されたような頭痛が走ったのだ。痛みは一瞬のことで、すぐに去る。今までこんなことはなかったのに、と思いながらも、晴海は改めて黄川人を見返す。
 邪気のない笑顔が、綿毛のように風に揺られていた。
 
 晴海は、彼と面識があった。何度か会ったことがある。以前は父に連れられた白骨城で。最近もまた、白骨城だったような気がする。
 
晴「そういえば、こういうのどかな場所でお話するのは、初めてだな」
黄「そうだねェ。いやあ秋晴れ、きょうもいい天気だね。こんな日はのんびりと木陰にでも転がって、ごろりと寝転びたいもんだけどサ」
晴「……そう、だな」

 黄川人は自らの腕を枕にし、空中で仰向けに横になる。口元は微笑んでいるが、その目は高い空を見上げていた。
 彼は荒神橋一族と同じように、朱点童子によって呪いをかけられている。それは肉体を奪われる呪であった。今の彼は、まるで木っ端のような浮遊霊に過ぎないのだ。
 もしかしたら、生きていた頃を思い出しているのだろうか。今の晴海にはなぜか、その感傷が染み入った。
 
黄「こうして見ると、君やボクはただの子供みたいなのにさ。かたや君たちが朱点童子討伐の任を背負っているなんて、誰が思うだろうね」
晴「そういうものなのかな」
 
 まだ若い晴海には、世俗のことはよくわからない。そういったことは荒神橋家では福助の役目だった。
 
黄「本当に、物事っていうのは見る人によって何もかも違うと思わないかい? ある人にとってはただの童子であり、ある人にとっては京の都の懐刀。そして鬼にとっては、そうだね、猛毒であり、大敵だ」
 
 黄川人はなぜだか嬉しそうに顔を綻ばせた。
 彼は、自らの身体が開放される日をずっと心待ちにしていたのだろう。そして、それを実現できるであろう一族がようやく現れたのだ。今は荒神橋一族を見守るのが楽しくて仕方ないはずだ。
 
黄「というわけで、本日のボクが持ってきた情報は、相翼院の主の話だよ。奥の院に棲むのはね……なんとォ、怪鳥、あるいは天女、はたまた神にも見える鬼が潜んでいるそうなンだ」
晴「……なんだそれ」
黄「さて、なんだろうね。詳しくは知らないけどサ、それは会ってからのお楽しみ……っていうことなんじゃないかな。ハハ」

 その時、晴海の目の裏に情景が瞬く。光の中に、ひとりの女性が横たわっているのが見えた。再び、こめかみに痛みが走る。今度は少しだけ長かった。
 目を閉じて、落ち着いてゆく疼痛に耐えていると、ふいに強い風が吹いた。思わず「わっ」と声が出た。
 晴海が顔をあげて辺りを見渡せば、黄川人の姿はどこにもなくなっていた。

晴「お……?」
 
 残された晴海は、痛みの去ったこめかみを撫でながら、首を傾げてつぶやく。

晴「……あいつ、突風に飛ばされちまったのかな」
 
 
 ~~





<鬼子母の間>

 そこは異様な雰囲気を放っていた。
 床一面に広がるロウソクは、大小無数。合わせて千本以上はあるだろう。立ち上る熱気によって空気が歪んでいて、晴海はまるでこの広間こそが滅びゆく世界のひとつのような無常感を覚えてしまう。
 
晴「なんだ、ここ……?」
 
 近づこうとする晴海の足が止まる。誰かに肩を掴まれていた。福助だ。牽が己の役目を思い出したかのように、晴海の前に歩み出る。
 遅れて、晴海も気づいた。

晴「……あれは……」
 
 ロウソクに取り囲まれるようにして、なにか黒いものがうずくまっている。目を凝らす。あれは人だ。こんなところにたったひとりで潜んでいるものが、人のはずがないのに。
 鮮やかな彩色の衣をまとっている。その美装はまるでおとぎ話に出てくる天女のようだった。顔をあげた彼女の濡れた瞳が、晴海を射抜く。心臓の鼓動が跳ね上がった。
 
 自分はこの女性を知っているのではないだろうか。晴海はふいに襲われた既視感とともに、そんなことを思った。
 ――だが、福助は更に強く晴海を制止する。
 
福「なにを近づこうとしているんだ。無防備だ」
晴「いや、でも福、あれは……」
福「明らかに、どこからどう見ても鬼の姿をしている」
晴「えっ」

 福助に言われて、晴海は改めて天女を見た。しかし、その姿に変わったところはない。ただ悲しそうな目でこちらを見つめているだけだ。

晴「でも、あんなに綺麗なのに」
真「きれい……?」
 
 真琴は嫌悪感をにじませた。今にも弓を構えようとしている。

真「あんな鳥の化け物の、どこが気に入ったんですか。やばいですよ、晴海サン」
晴「え、今なんて」
牽「どうして納得できないみたいな顔をしているのさ、晴海ちゃん。そこにいるのは、どこからどう見ても怪鳥じゃないか」
 
 そこでようやく晴海は自分だけが違うものを見ているのだと気づく。三人には目の前の女性が天女ではなく、鬼に見えているのだ。
 福助が薙刀を構えると、天女はゆっくりと身を起こした。その目には先ほどまでの儚い輝きはなく、完全に光を失ってしまっている。虚無の目だ。
 牽が前に歩み出て、真琴が矢をつがえる。
 意味を求めるのは後だ。
 
晴「……行くぞ、みんな!」
 
 ただひとり天女の姿を見る少女が、戦いの号令を放った。 

 
 
 
 牽の刀が翻る。
 飛び立った直後の天女の身を、剣士が切り裂いた。まるで血のように、彼女の身体から黒色の霧が飛び散る。牽の先駆けは、こちらの攻撃が鬼に十分に通用することを物語っていた。
 福助が続く。
 彼が結んだ術は<花乱火>。それは白骨城で彼が使っていた<花連火>の更なる上級術だった。今現在、荒神橋家では福助がただひとりの使い手である。当主の指輪を身につけた晴海ですら未だ習得していないのだ。
 火球が天女を包み、花火のように空で弾けた。悲鳴が響く。
 
 天女の手番はまだ来ない。
 今はまだ回復の術を唱える必要のない晴海が紡ぐのは、こちらも新たなる術。
 
晴「闇衆ければ則ち烈日を喰らう……されど煌満つれば則ち<光無し>……!」
 
 呪言と共に晴海から広がる光は、周囲の色を奪い去ってゆく。床も壁も天井もなにかもを白く染め上げながら、その白光は白骨の五指のように天女を握り潰そうと迫る。
 だが鬼は翼の端々に<花乱火>の火を灯しながら縦横無尽に広間を飛び回る。這いまわる光はついぞ彼女を捉えることができなかった。いつの間にか術の効果は消えていて、晴海は膝をついた。
 
晴「ハァ、ハァ……せっかくの、お披露目だったんだけどな……!」
 
 息を切らしながらうめく。
 だがそれよりも、なぜ晴海は本番にその一手――相手の術法を封じ込める<光無し>を選択したのか。そこには予感めいたものがあったのだ。
 宙空で羽ばたく天女を中心に、猛烈な風の術力が高まってゆく。ロウソクから立ち上る煙が吸い上げられてゆき、空間には荒々しい気流が生まれた。

真「あれ、これなんかやばくないですか? やばくないですか?」
 
 真琴は身を丸めて防御する。そこに、天女の金切り声が響いた。
 翠色の竜が牙を剥いたように見えたのは、ほんの一瞬だった。
 全方位に放たれた旋風は、四人をまさに蹴散らしてゆく。荒れ狂う風は、高度な術によって引き起こされたものだった。

 術の去った後には、まるで見えない斬撃を全身に浴びたような荒神橋一族の姿があった。
 
福「ひどい味だ……」
牽「先月からこんな目に合ってばかりだろ。慣れろよ、福助」
福「無茶を言うな……」
 
 特に傷が深いのは、前衛に立つ双子だ。彼らの役目とはいえ、着物が赤く染まってゆくそのさまはむごたらしい。
 晴海はすでに<お雫>を唱え始めている。傷は癒えて、痛みだけが後を引くだろう。そして痛みならば、信ずることで耐えられるものだ。
 
 福助は再度<花乱火>を放ち、同時に牽もまた飛び上がって炎に紛れて太刀を振るう。ふたりの連撃は間違いなく天女に致命的な打撃を与えていた。
 その証拠に鬼は苦しみ、さらに全身を業火に包んでゆく。それは福助の術ではなく、鬼自身が内側から放つ炎だった。

真「わ、わ、な、なんですかあれ! こわくないですか!?」
 
 その姿はもはや晴海の目にも、天女の面影はない。だが、まさしく怪鳥に変貌し切った彼女は、自らの炎によって灼かれているのだ。
 なぜ、と問いかける言葉が喉の奥で詰まる。叫んでしまえば、<お雫>を詠むことができなくなる。真琴を背にかばう晴海に、緊張が走る。再び広間には気流が生まれていた。

 来る。
 来た。
 二度目となる、破壊的な竜巻の術だ。
 
 もはやこれが怪鳥の奥義であることは疑う余地もない。その証拠に、荒神橋一族はほぼ壊滅状態だ。被害は先月、白骨城を攻めた時と比べ物にならない。陣形はもはやばらばらで、それぞれが意識を保っているかどうかも怪しい。
 
 それでも、晴海は血を吐きながら術を唱え続けている。頭のどこかで思っていたのは、もしこれがお雫ではなく<円子>だったら、もっと彼らの負担を軽くすることができたろうにな、ということだった。
 
 真琴はひたすらに身を固めて耐えていた。だが生きている。牽も福助も立っていた。晴海は更に<お雫>の雨を降らせる。その一念も、恐らくは次なる風の術を凌ぎきることはできないだろう。
 そして怪鳥は術の詠唱に移っている。晴海は身を固くしてかつて天女だった女性を睨む。目は閉じていない。
 
晴(こんなところで、負けるわけには――) 
 
 先代当主であった父はもういない。
 今は自分が荒神橋一族の長だ。
 この手で、この手で朱点童子を倒すのだ。
 鼓舞によって、晴海は途切れそうになる意識を結び――
 
 ――三代目当主の前、ふたりの青年が構えを取っていた。
 
 どちらが声を出したわけではない。目を合わせている余裕もなかったはずだ。それでもふたりは同時に並び、等しく動いた。速い。怪鳥の目線が揺れる。それだけでもう、十分だった。
 福助の放つ火炎はきょう一番の出来栄えだった。吸い込まれるようにして鬼に着弾する。炎上する怪鳥は牽の姿を追っていた。だがもう地上にはいない。左右を見回していたから反応が遅れた。天地逆転した姿勢で、牽は天井に屈んでいた。そして飛ぶ。その刀は怪鳥の脳に突き刺さった。絶叫。刀を手放した牽が床に着地し、たたらを踏む。
 
 全てが一瞬の出来事だった。

 牽の刀が抜け落ちる。黒い霧となり消えてゆく鬼の姿を前に、晴海は張り詰めていたものが切れる音を聞いた。そのまま意識を失い、ゆっくりと前にのめりに倒れてゆく。
 牽と福助が駆け寄ってきて、晴海を介抱する。三人のうち誰が欠けても勝利を掴むことはできなかったであろう死闘だった。


福「こういう戦いが、あと何回続くんだろうな……」
牽「決まっているだろ。朱点童子を倒すまでだよ。それとも弱音か?」
福「正直キツイ」
牽「正直に言うなよな!」
晴「はは」
 
 はたで見ていた晴海も思わず笑う。意味を考えるのは後でいい。今は、相翼院の主を倒せた達成感に浸るときだ。



 互いに健闘をたたえ、回復の術を掛け合う荒神橋一族の中でただひとり、真琴だけが黙したままだった。
 
真(……こんなことって……)
 
 生まれて初めて味わう痛みは、真琴の心までも責め立てる。
 こんなことって、ない。
 
 
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by RuLushi | 2012-07-19 19:19 | 三代目当主・晴海
1019年9月中編
 
 34。足りない。
 
 夜更け。出陣前夜の自室である。
 晴海の“目”に見えているものは、螺旋状に絡まり合う四色の糸だ。
 赤青緑黄。
 鏡の中から睨み返してくる勝ち気そうな顔をした少女の背に、四光が陽炎のように浮かび上がっている。晴海はその正体を知っていた。
 それは晴海という人間の全てだ。筋力。知能。才能。そして、限界。あがこうとも、決して越えることのできない定めを表すものだ。
 当主の指輪を身に着けた晴海は、“数値化された己自身”というものを見ることができるようになっていた。なってしまっていたのだ。
 
晴「……父ちゃん、こんなことは一言も教えてくれなかったのにな……」
 
 今思えば、父や祖母には全てが見えていたのだと気づくこともあった。だが、それを尋ねられるべき人は、ここにはもういない。
 
晴「どうりで、うまくいかないはずだぜ……」
 
 晴海は胸の前に持ち上げた拳を何度も開き、繰り返し握り締める。

晴「“技の水”……それが、34足りないから、か……」
 
 努力ではどうにもならなかったのだ。

 
 古い神が作り人間に与えたものはふたつある、とされている。
 ひとつは『火』であり、それは人を人たらしめるためのものだ。人は火なくしては生きていくことができず、心の灯火が消え果てたものはいずれ鬼と化す。
 そしてもうひとつが『術』だ。

 術は什であり、呪であり、恤である。あるものは「人と獣をわけるための力が術だ」と言う。また誰かは「神が己に似せて人を作ったがために、そこに呪が生まれてしまった」と語る。「あまりにも弱く、脆い人間をあわれんだがため、『術/恤』を授けたのだ」と述べる男もいた。
 どれが真相かはわからない。だが少なくとも、人は生まれ持った才能により、術を扱うことのできる人間と、できない人間によって分けられていた。今の晴海には、その理由がはっきりとわかった。
 全ては血脈だったのだ。
 生まれながらに、人は定められていた。凡人。才人。天才。木偶。それらを隔てるものこそが、晴海の目に映る四色の螺旋形だ。
 
晴「能力の足りないものには、絶対に理解できない……踏み越えることのできない、最後の一線……そういうことだったんだ……」
 
 能力値――技。
 それは今の晴海の技量を数値化したものだった。洞察力。理解力。表現力。実行力。知性。加護。術に関するあらゆる素質を束ねて表したものだ。
 
晴「それが足りないってことは、つまり……今の晴海には、どうあがいても<円子>は使えないってことじゃないか……」
 
 あまりにも残酷だが、それが事実だ。
 悔しい。父や祖母が自分をそのときのために育ててくれたというのに、自分は期待に応えることができないでいるのだ。
 その“報い”は、二ヶ月後にやってくるのかもしれない。
 
 部屋でひとり。ひとりになった部屋で、晴海は思い煩っていた。

晴「……多分、あと三回か四回、成長することができたら、34は埋まると思う……その、多分だけど……」

 鏡の中の自分は、苦い顔をしていた。目を背けて、右手にはめた指輪を口元に添える。
 
晴「今月と来月、二ヶ月相翼院にこもって、悪羅大将を倒し続けたら……」
 
 しかし、晴海はもう9ヶ月才だ。もし来年のための布石とするのであれば、今のうちに交神の儀を執り行ったほうが良い。
 今月交神の儀を行ない、来月に出陣して真琴の修練とする。それならばどうだ。たった一ヶ月で<円子>を覚えるのは、至難の業だろうが。
 
晴「……どうすりゃいいんだろうな……」
 
 晴海は布団の上に座り直す。あぐらをかいて目を瞑る。尋ねたところで、答えてくれる人はどこにもいない。もういない。
 どちらも最善手のようで、どちらも大きな過ちである。そんな気がした。
 
 しばらくの間、晴海は瞑目し続けた。
 そして――目を開く。

晴「……最後の一瞬まで、ひたむきに。結局、そうするっきゃないんだよな、父ちゃん。短い人生なんだからさ」
 
 晴海の腹は決まった。
 






<出陣>


真「いたらないところも多々あると思いますが、どうぞよろしくお願いしまーす」
福「……真琴さん、ちゃんとした挨拶とか、できるんだな」
真「なんですかそれ。あんまりウチを見くびらないでくださいよ、福助サン。どれだけ、どれだけ当主サンにしごかれたと、し、しごかれたと思うんですかぁ……!」
福「わ、わかったわかった、僕が悪かったから……泣くな、泣かないでくれ……」

 そういうわけで、幼き真琴の初陣である。
 屋敷の前に立ち、真新しい小袖を着た真琴は、自分の身の丈ほどもある弓を提げていた。その出で立ちはまるで、熊狩りの武士に同行する道楽者の娘のようだ。

牽「弓使いかあ。肩を並べて戦うのは初めてだなあ」
福「相手の爪の届かないところから、一方的に攻撃ができるんだ。間違いなく戦の要となるだろうね」
牽「ははは、なんで僕たち、近接武器なんてやっているんだろうね」
福「今月牽の身になにかあったら、ついでに瑠璃さんに聞いてきてくれ」
牽「ははは、それ僕に死ねってことかな、死ねってことかな」
 
 睨み合う牽と福助。後頭部に手を当ててそのやり取りを暇そうに眺める真琴。
 少し遅れて、晴海が屋敷の中から追いついてくる。
 
晴「ごめんごめん、道具袋の選別に時間かかっちまってさ」
福「だから、僕が手伝うって」
 
 晴海は片手を挙げて、福助の言葉を制した。

晴「ありがとうな、でも当主になってから初めての出陣だから、自分でやりたくて、さ」
福「……それなら、まあ」

 福助は釈然としない顔のままで、うなずく。
 牽はあっけらかんと「晴海ちゃんは偉いなー」などと笑っていたりする。
 爪を見ていた真琴が、上目遣いにつぶやく。

真「当主サンも来たことですし、ホラホラ、行きましょう。帰りが遅くなっちゃいます」
牽「しっかし、真琴お前、初めての出陣だってのに緊張とかビビってたりしないのか? どれだけ肝据わってるんだよ」
真「えー、別にそういうわけじゃないですけど」
 
 真琴は討伐部隊の面々を順番に観察する。
 晴海は思いつめたような顔をしており、そばに立つ福助もそのせいでいつもより眉の間にしわを作っていた。牽も平静を装っているが、やはり自分のことが心配のようだ。
 アホらし、と。口には出さないがそう思う。

真「練習通り、普段通りやりますよ。練習以上のことはできませんし、それでいいじゃないですか?」
牽「最初からそれができるなら、苦労はしないんだけどな」

 真琴は苦笑いする父の言葉を聞き流し、小さく伸びをする。

 真琴が母――春野鈴女から教わったこと、そのいち。
『分相応であれ』
 できることはする。できないことはできない。それだけがわかっていればいいのだ。
 


イ「荒神橋一族の皆様、いってらっしゃいませェ~!」
 
 イツ花の見送りの声が、大きく響いた。
 
 



<相翼院>

 
 そつがない。
 初陣の真琴の評価を下すとしたら、その一言だ。
 機会を待ち、矢は外さず、瞳は淡々とし、肩から力が抜けている。
 
<速瀬>にて敵陣に突入した後、一同は矢継ぎ早に鬼と切り結んでいた。
 一ヶ月という期間を一瞬たりとも無駄にはしない。そういった覚悟が三代目当主からは伝わってきていた。
 
 晴海と牽、それに福助は次から次へと悪羅大将を葬り続けている。
 三人の息のあったコンビネーションはさすがであり、白骨城の黒スズ大将を狩り尽くした腕前はさらに切れ味を増していた。
 
真(これ、ウチ来なくても良かったんじゃないですか?)

 そんなことすら思ってしまう。
 思いとは裏腹に、真琴はみるみるうちにその実力を伸ばしてゆく。第三世代。彼女は晴海をも越える素質の持ち主である。本人の望む望まないに関わらず。
 
 真琴が戦場に来てから、その印象が変わったのは晴海だった。
 屋敷見ていた彼女は、暇があれば生真面目に鍛錬か勉学か、あるいは木陰や縁側で眠っているといういささか頼りないものだった。父や叔父の想われ人ということもあり、どうせきゃーきゃーと喚いてかばわれるのがオチだろうと真琴は思っていた。
 ところが戦いを始めた晴海は獰猛で、水を得た魚のように鬼たちを殴り倒してゆくのだ。
 そこに女らしさは微塵も感じられない。

真(やばいですねー、あの姿……あんなに裾をめくりあげて、あーあー、はしたないです……どっちが鬼かわかったもんじゃないですよ)
 
 正直、同性としては引いてしまう。さすがはあの咲也の娘、といったところか。

 
 
 一方、その晴海。
 彼女は焦っていた。
 
晴「くっ、まだまだ足りないのかよ……」
 
 白骨城に二ヶ月篭って戦い抜いてきたのだ。一ヶ月そこらで簡単に何度も成長できるはずもない。
 晴海には成長限界が近づいていたのだ。それはかつて瑠璃が体験したものと同じである。瑠璃の名を受け継いだ少女がまた、こうして苦しんでいる。血とは残酷なものだ。

 戦そのものは順調であった。牽と福助は盛りの1才。瑠璃は9ヶ月才。さすが瑠璃が計画を立てて、11月にピークを持ってきただけのことはある。2ヶ月才の真琴を除き、心身ともに充実している。

 いかずちの術を使い、悪羅大将とその配下を倒し続けること、数刻。
 
 ようやく、一度目の成長が訪れる。
 が――
 
 たったの1。
 技の水はそれしかあがらなかった。

晴(ふざけ――)
 
 視界が真っ赤に染まる。怒りか悔しさか憤りか、誰に向けることもできない感情が胸のうちで爆発しそうになる。
 大江山征伐に二ヶ月かけるために、11月までに必ず晴海は<円子>を覚えなければいけないというのに。
 そしてできることならこの一ヶ月で算段をつけ、来月は九重楼に行き、<くらら>と<お地母>を奪取したいのだ。
 何よりも、時間こそが足りない。
 相翼院、奥の院を晴海は更に奥へと向かう。
 
牽「晴海ちゃん?」
 
 牽の疑問に、晴海は振り返らずに告げた。
 
晴「……この迷宮の主を、討伐する」

 その声ににじむ焦燥感を、双子は感じ取っていた。だからか、なにも言わずに晴海の後を付き従う。


真「えっ?」
 
 そんな話は聞いてないですけど! と真琴が聞きとがめた。
 
 
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by RuLushi | 2012-07-18 07:01 | 三代目当主・晴海
1019年9月前編
 
 暦は秋に変わりつつも、残暑の厳しい道場である。
 身軽な戦着をまとう晴海は、胸の前に手を合わせ、術技を唱えていた。
 
晴「……~~……」
 
 小さな口から紡がれる朗々とした旋律は、道場の中を巡る。
 青い光の粒は、彼女の肌や髪からこぼれ落ち、晴海の姿を深海の水霊のように浮かび上がらせる。
 眉間にしわを寄せる晴海。彼女がこめかみから汗を流した直後である。すぐに微光はかき消えた。
 
晴「……ぷふぁ」
 
 水面に顔を出したかのように空気を求めてあえぐ。息苦しさと不快感から、晴海は額の汗を拭う。

晴「まだ、足りないか……」
 
 顔の前まで右手を掲げる。その人差し指には、当主の名の形。遺襲した指輪。三代目の証明。各種属性の技の力を強化する秘宝。
 だが、指輪あってもまだ届かない。

晴「……暑い、暑いぜ……」

 
 晴海は熱気の篭る道場の戸を開く。
 射しこむ陽光眩しい晴天。
 太陽は頂点に達しており、晴海は日差しを手のひらで遮る。
 
晴「ぬえー……きょうも、いい天気だなあ」
 
 こんな日は木陰で居眠りをするのが、気持ちいいに違いないのに。
 皮肉げにつぶやけば、どこからか声がする。
 
福「おーい! ……あ、晴海さん!」
晴「福? どうしたんだ、血相変えて」
福「牽のやつを見なかったか?」
晴「いいや、きょうはずっと道場に篭っていたからな、見てないぜ」
福「そうか……ったく、あいつまたふらふらとどこかに消えやがって、大体こっちにだって予定があるんだから、なにも言わずに出かけるなってあれほど……」
 
 腕組みをして愚痴る福助に、晴海が笑いかける。

晴「そうしていると、父ちゃんみたいだな、福」
福「やめてくれ……」
晴「なんでだよ、かっこいいぜ?」
福「荷が重い」
 
 風に当たって笑う晴海に、福助は大きなため息。
 
福「とにかく、牽が見つかったら教えてくれよな。きょうこそ叱ってやらないと……まったく、僕にだけ真琴さんを預けて……」
真「まあまあ、いいじゃないですかあ。福助サン、教え方も上手ですし」
福「うお」
 
 突如として脇から現れた真琴に、驚いて身を引く福助。
 晴海が見たことのないような笑顔をしている。
 真琴は猫のように軽やかな所作で、福助の腕を取る。
 
真「それに、当主サンに比べたら、やばいですよ。なんて優しいこと優しいこと……」
福「そうか、咲也兄さんはもっと厳しかったのか。それはいいことを聞いた」
真「な、なーんちゃってー!」
福「よし、それなら思う存分叩きこむことにしようか」
真「は、晴海サン、ちょっとなんか言ってくれませんか!」
晴「は、はは、がんばってくれよな、真琴ちゃん……」
真「あの悪夢を繰り返す日々は嫌ですからー!」
 
 叫びながら引っ張られてゆく真琴。
 晴海は彼女に乾いた笑みで手を振る。


 咲也が亡くなったものの、福助も真琴も変わりがない。
 不思議なものだ。心の臓にぽっかりと穴の空いたような気持ちすら、数日で消え去ってしまったのだから。
 晴海はひとりになり、胸に手を当てた。自分はどうだろう。以前となにか違いが出ただろうか。
 少しは責任感が生まれた、と思う。それ以外は、特に思いつかない。

晴「……それにしても、牽はどこに行ったのかな」
 
 その場にぼんやりと立ち止まりながら塀を眺めていると、ガサガサと木の葉が降ってきた。目を凝らす。人影だ。それも顔馴染みの。

牽「お、晴海ちゃん、どしたのこんなところで」
晴「……お、おう」
 
 頭に猫を乗せた牽が、塀の上にしゃがんでこちらに首をひねっていた。
 
 

 ~~



<夕食事時>
 
牽「というわけでね、迷い猫探しを手伝ってきたんだよね」
 
 からからと笑いながらご飯を頬張る牽に、冷たい視線が突き刺さる。

牽「これって意外と僕の特技かもしれないんだよねー。パッと見つけられるんだよ僕、すごくない? でさ、迷い猫なんてお腹が減ったら帰ってくるでしょ、って思ってたけどそうでもないらしくてさ、しかも今って京の都が結構物騒になっているから、心配してたらしくって」
福「……それは誰の話だよ」
牽「近所の家の人だよ。ねえ、イツ花さん」
イ「ええ、とっても助かっていたみたいですねェ」
 
 牽の付き出した茶碗を受け取って、米びつからご飯をよそうイツ花。
 ふたりのニコニコとしたやり取りに、苛立ちを募らせるのは福助だ。
 
福「そんなことをして何になるというんだ……」
牽「だって生皮剥がされちゃったり、下手したら食べられちゃうかもしれないんだよ。それってかわいそうじゃない?」
福「僕らが負けたら、猫どころか都の人間がそうなる」
牽「それはまあ、なんとかなるでしょ。今はとりあえず、生きている人たちの幸せを願ってさ」

 牽が笑い、福助が顔をしかめてご飯をかきこむ。
 そのふたりを諌めるのが、新当主たる晴海。

晴「まあまあほらほら、ふたりとも間違っているわけじゃないんだからな、そこまでそこまで」
福「……」
牽「ははは」
 
 福助は不満そうに黙りこみ、牽はまるで気にせず頭をかく。
 これも見慣れた光景であったが、きょうはそこに真琴が首を突っ込んだ。

真「いいや、父サンは間違ってます」
牽「ええっ?」

 一同が見れば、真琴はしたり顔で箸を動かしながらうなずいている。

真「人とけもの、どちらが大事かなどは火を見るより明らかです。それだというのに、ぶらぶらと外を歩き回って良い気になるなんて、器が知れてますね。やばいですよ」
晴「真琴ちゃんは、辛辣だな……」
 
 晴海が唸るも、真琴の口撃は止まない。

真「大体、迷い猫を見つけたところで、またすぐパッといなくなっちゃうに違いないですよ。そのたびに探しに行くんですか? 無駄ですよ、ねえ福助サン」
福「……そう、だな」
真「ですよ父サン! わかってるんですか!」
 
 と、勢いづいたところで、なにかが鳴いた。
 にゃー、と。
 
真「……?」
牽「あれ、庭からかな? なんで来ちゃったんだろ」
 
 牽が立ち上がり庭を向く。晴海も彼についてゆく。

晴「さっきの猫ちゃんか?」
牽「みたいだね。お礼でも言いに来てくれたのかな」
真「あ、晴海サン、父サン、お食事中ですよ……」
 
 その後に続いて、真琴が牽たちを追いかけてゆく。
 戸を開けて、庭を見たその時だった。


 「キャー!」

 
 黄色い歓声があがった。晴海と牽は同時に振り向く。
 なんてことのない、すまし顔で真琴が立っている。しかしその頬はわずかに赤い。
 
牽「今、真琴……」
真「え、なんですか? 何のことですか、何の話ですか」
晴「……叫んだ、よな?」
真「ふたりとも何を言っているんですか? ウチわかりません。やばいですよ、年ですか?」
 
 小さな三毛猫は、手持ち無沙汰のように前足を嘗めている。
 牽が抱き上げようとすると、逃げる素振りもなくそれに従った。

牽「ほら、真琴」
真「う、うっわー! なにこれやばい! まじやばいわ! かわいすぎ! なんなのこれ、やばいんだけど! やばーい! ちょーやばい! やばすぎってかんじ! かわいー!」
牽「ま、真琴……?」
真「ハッ」
 
 我に返った真琴は、瞬きを繰り返す。牽と晴海と真琴がそれぞれまったく同じ、面食らったような表情をしていた。
 
晴「猫……好き、なんだな。可愛いところもあるじゃないか」
真「え、いや、違いますし?」
牽「ほら」
真「……」
 
 牽が猫を近づけると、真琴はふらふらと指を伸ばしてくる。
 柔らかいその毛に触れた瞬間、まるで電撃を浴びたように真琴が震える。

真「ひょわああああああ!」
晴「な、なに!?」
真「柔らかくないですか!? やばい!」
牽「そ、そりゃまだ小さい猫だからね」
真「た、たまりませんですねえ!」
 
 息を荒らげた真琴が、猫を撫でくりまわす。嫌そうに顔を背けながらも居心地が良いのか、猫は牽の腕の中から跳び出そうとはしない。
 真琴はもう恍惚の表情だ。

真「やばいですねこれ、やばいですね、いやあやばいですね、すごいやばいです、くー、やばいです!」
牽「キミ、語彙少ないなー……」
晴「これがいまどきの若い子か……」
福「……元気でいいことじゃないか」

 やばいやばいと連呼する真琴はもう、他の人の目も気にしていないようだ。
 牽は真琴に猫を預けて、屋敷の中に戻る。晴海もそれに続いた。

イ「ふたりとも、ちゃんとまた手を洗ってくるんですよォ」
牽&晴「はーい」

 後ろから真琴の奇声が響いてくるのを聞きながら、牽と晴海は若者との間に言いようのない溝のようなものを感じてしまっていたのだった。
  
 
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by RuLushi | 2012-02-24 00:23 | 三代目当主・晴海