ルル師のRPプレイ日記=俺の屍を越えてゆけ編(PSP版)=
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近代ゲームの語り部です。 PSソフト"俺屍"ブログ、リセット禁止でやってました。11/11/24より、PSP版俺屍プレイ日記始めました。今度は5年もかからなければいいな、と思います。
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カテゴリ:二代目当主・咲也( 8 )
1019年8月後編
<荒神橋家> 
 
 
真「……あ、の、当主サン……」

 荒神橋一族の屋敷には、板張りの道場がある。
 渡り廊下で繋がれた道場は、五十名以上の武士が乱取りをしてもまだ足りるであろう広さを誇っていた。かつての当主・源太が私財の全てを投げ売って建てたものだと言う。
 その道場で、真琴が壁にもたれかかり、荒い息をついていた。
 少女の前には、黙々と弓の弦の張りを調整している咲也がいる。

咲「どうかしたか?」
真「あ、いや……」
 
 ぎろりと睨まれたような気がして、真琴は思わず口をつぐんだ。
 
真(……チョット、厳しすぎや、しませんか?)
 
 なんといっても、朝昼晩と問わずに付きっきりだ。食事中ですら見張られているような気さえして、自由になれるのは眠るときと湯船に浸かっているときのみ。
 この屋敷ではこれが普通なのだろうか、と真琴は唸らざるをえない。
 
真(やばいです……ストレスで死んでしまいます……)
 
 咲也が良いとか悪いとかではない。このままでは、真琴の精神力がもたない。
 
真(違うんです、ウチは……もっと、こう、自由にやらせてもらったほうが、結果的にいい感じになると思うんですよね……)
 
 射法、姿勢、視線に心構えまで、なにからなにまで叩きこまれている最中だ。
 自分という存在が明らかに作り替えられてゆくのを感じて、辟易。
 
真「当主サンは、もうちょっとウチを信じてくれてもいいですよ……やるときはやりますから……」
咲「かもしれねえな」
 
 咲也が作った巻藁の的には、十数本の矢が刺さっている。そのどれもが、中心線を貫いていた。
 
咲「この二ヶ月で、かなり上達したな」
真「で、ですよねー? やばくないですか? ウチ、やばくないですか?」
咲「そいつはな、認めてやってもいいゼ」
真「わ、わーい」
 
 真琴は疲労感を顔ににじませながらバンザイをする。その彼女に、咲也は弓を差し出す。

咲「だからって、やることに微塵も変わりはねえけどな。ほれ、あと二百本だ」
真「え、ええええ……」
 
 力の抜けた腕を伸ばして、和弓を受け取る。
 
真「ひどいです……鬼です、鬼……当主サン、ぬか喜びさせるだけさせておいて突き落とすなんて、とてもじゃないけどやばいです、人面獣心です……」
咲「口が悪ぃな、お前は……」
真「そ、それは当主サンだって一緒です! も、もっともっとウチに優しくしてくれてもいいと思いませんか! こんなんじゃウチの頭がやばくなります!」

 腰に手を当ててため息をつく咲也。
 不満の爆発した真琴を見て、それでもなぜか、嬉しそうである。

咲「ギャーギャーわめくガキだなおい」
真「当たり前です! ウチはウチの権利を主張します! 断固戦います!」

 手足をじたばたとさせる真琴に、咲也はにやりと笑う。

咲「フン、いいじゃねえか。最近ずっと、歯向かってくるやつがいなくて退屈していたんだ。どうしても嫌なら、家出したっていいゼ。絶対に捕まえてみせるからな」
真「う、うぇえぇぇぇ」
 
 それがどうやら本気だと見て、真琴は心の底から嫌そうな顔をした。どうせ真琴に逃げ出す気がないことも知っているのだろう。
 だが、逃亡したとして、それはそれで嬉しそうに追い詰めてくる姿も容易に想像できて……

真「うううう、こ、この! 鬼! 悪魔! ドS! 極悪当主サン! うう、鬼畜! 鬼畜! 鬼畜ー!」
咲「そんだけ元気があればまだまだ射れるな。ほら、続きやっぞ」
真「うわーん!」

 まだまだ達者な咲也に手玉に取られ、真琴の泣き声が夏の屋敷に響き渡るのであった。



 ~~
 
 
 
<白骨城>


 生き物の骨で作られた迷宮は、先に進めば進むほど複雑な作りをしていた。いくつもの枝分かれした道を迷い、時には宝物庫へと足を踏み入れながらも、三人はついにたどり着く。

 英霊の間。

 蒸す熱気の中で寒気に襲われるのは、とても奇妙な感覚だった。それは非常に似ているが、正確には“邪気”と呼ばれる気配だったのだ。
 近づくことがためらわれて、三人は立ち止まった。

牽「足、手と来たから、次は頭だろうと思っていたけど……」
福「……人、か?」
 
 晴海がぎゅっと自分の身体を抱く。

 三人の前には、坊主の袈裟をまとった骸骨が座していた。
 あれこそが大江ノ捨丸。白骨城の最奥に潜む亡者の成れの果て。
 
 大江ノ捨丸はケタケタと口蓋骨を鳴らす。
 
大江「おまえたちは、まだ痛みを、感じるんだろ? ケケケっ……うらやましいな」
 
 この世のあらゆる邪悪を内包したような声に、思わず耳を塞ぎたくなってしまいたくなる。晴海は腹に力を込めた。

晴(父ちゃんは、鬼たちはわけのわからないことを囁いてくるから、一切耳を傾けるなって言っていた。……つまり、こういうことかよ)
 
大江「これから俺たちの分まで、たっぷり味合わせてやるから、痛い、痛いって、のたうちまわって、見せてくれ」

 大江ノ捨丸は穴ぼこのような目で、こちらをねっとりと見回す。
 肌にまとわりつく焦熱が勢いを増したように思えた。
 
大江「忘れちまったんだ、生きている頃の感じを……俺たちにも 思い出させてくれよォ!」
 
 その叫びを合図に、大江ノ捨丸は正体を現してゆく。
 山のように巨大な鬼の頭骨と、その左右に生えた人骨疽とでもいうような面。計三匹の化物、それこそが鬼人の本性である。

牽「負けるかよ……」
福「……絶対に、帰るんだからな」
 
 牽が前、福助と晴海が後列。それぞれ構えを取る。

晴「父ちゃん……晴海は、やるぜ……!」

 胸の前で手甲を打ちつけると、耳心地良い金属音が広間に響く。
 1019年で最も暑い夏の日の、一戦が今始まる。
 


 三つの頭はそれぞれがまったく違う行動を取る。
 左の頭骨が呪力を溜めたと思いきや、中央の一番大きな骸骨が口を開き、そこから骨の嵐を見舞ってきたのだ。
 
牽「げげ!」
 
 最前列、どんな打撃にも耐えてみせると気を張っていた牽は、顔面をかばう。

牽「くっそう、逃げ場もない全体攻撃をしてくるんだったら、意味ないじゃないか!」
 
 叫びながら、素早く印を結ぶ。

牽「まずはものの試しだ……! <白波>の一倍撃、受けてみろ!」
 
 抜き放った刀とともに、まるで衝撃波のように水流が吹き出す。牽の<白波>は40のダメージを与えていた。
 
福「六倍でも240だったら、どうしても威力不足だね……というわけで」
 
 福助は一枚の呪符を掲げた。手の中で、符は泡となって溶けて消えてゆく。、
 
福「どうせ長期戦になるんだろう? 辛いことは長く続く。わかっているんだよ……だから、鬼毒!」
 
 三匹のうち二匹でも毒にかかってくれれば儲けものだったが、さすがに抵抗値も高いようだ。鬼毒の符は、中央の大江ノ捨丸のみを害した。
 続く晴海。むき出しになった手足は、先ほどの骨の嵐で傷だらけだ。それでも牽に習う。

晴「じゃあ晴海も……いくぜ、<怒槌丸>!」
 
 青い閃光が瞬く間に大江ノ捨丸を包み込んだ。その威力は全員に50弱。<白波>をわずかに上回った。
 
牽「これなら!」
 
 拳を握り締める牽。彼に、先ほど力を貯めていた左の頭骨が体当たりを仕掛けてきた。

福「牽!」
 
 思わず叫ぶ福助。
 だが牽は地面をしっかりと踏み締め、その一撃を刀で受け止めていた。

牽「心配性なのはわかるけど、甘く見ないでよ、福助」
 
 にやりとしたその顔が、直後にこわばる。
 大江ノ捨丸中が、やはり骨の嵐を放ってきたのだ。鋭利な短刀のように尖った骨に包まれて、一瞬視界が失われてしまう。全身が灼かれたように熱い。

牽「うっぇ……これ、キツ……」
 
 牽はゆっくりと骨まみれの地面に膝をつこうとして……
 その身体を晴海が抱き留めた。

晴「牽、まだ始まったばかりだ。寝るには早いぜ」
 
 晴海の手から注がれる甘い香りが、牽の意識を覚醒へと導いてゆく。<お雫>だ。

牽「わ、わかっているよ、晴海ちゃん……あ、ありがとう」
晴「どうってことないぜ」
 
 こんな死闘の最中にあっても、晴海は気丈に笑う。
 なによりもそれが薬だ、と牽は思う。

福「それで、どうする……」
 
 いつの間にか福助もそばにやってきていた。
 固まる三人を「ケタケタ」と笑いながら見据えているのは、大江ノ捨丸の余裕の現れか。
 
晴「……なあ、牽、福。晴海に任せてくれるか?」
牽「え?」
福「なにか、するのか?」

 双子が聞き返すと、晴海は額に汗を浮かべたまま口の端をあげる。

晴「骨の嵐は痛いけれど、力を溜めた攻撃は大したことがない。放っておいても大丈夫なはずだ。だから、ふたりは戦いが長引く前に、蹴りをつけてほしいんだ」
 
 そういった戦術は、本来は牽や福助が提案しなければならないことであったろうが。
 晴海は下唇を噛みながら、告げる。

晴「……その間は、晴海がふたりを守る、だから……」
 
 すなわち、それは――

福「――対大江山決戦での、布陣か」

 ふたりが仕掛け、その間の時間を晴海が稼ぐ。
 まだ<円子>もなく、真琴が加わってはいないものの、それは紛れもなく大江山を見据えた陣形であった。
 
晴「やってみたいんだ! だから、その、だめ、か?」
 
 晴海の瞳に不安の色が浮かぶ。

晴「まだ<円子>も覚えていない晴海だから、心配かもしれないけれど……その、ふたりの命、晴海に預けてはくれないか?」
 
 己の限界に挑もうとする娘に、福助は思わず言葉が出ず。
 代わりに牽が、晴海の頭を撫でていた。

牽「いいね、晴海ちゃん。なんだか今、すごく生きているって感じがするよ」
晴「牽……」
 
 牽もまた、笑みをこぼす。

牽「でも守ってもらうような暇もないほどに、僕たちがあっという間にあいつを倒しちゃうかもね。なあ、福助!」
 
 牽が強く福助の背中を叩いた。

福「あ、ああ……そう、だな……好きにしてくれ、晴海さん」
 
 福助がこっそりと牽のふくらはぎを蹴る。

牽「な、なんだよ、福助」
福「……お前はいつも、いいところを持っていきすぎなんだよ」
牽「はあ?」
 
 こんなときにでも言い合いを始める双子に、晴海は小さく頭を下げた。

晴「ありがとな……ふたりとも……」
 
 晴海は深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。彼女の周りに、水滴のような青い神気が集まってゆく。

晴「荒神橋晴海……この命にかけても、ふたりを守り切る、ぜ」
 
 彼女の目は、真夏の空よりも深く透き通るような濃い青に染まっていた。
 
 
 牽と福助は同時に術を紡ぐ。
 それは荒神橋一族で彼らだけが使える、火の攻撃術<花連火>。単体相手のその威力は<白波>の二倍に近い。
 その四倍撃ならば、一度で体力の大半を奪えるだろう。
 
牽「一匹ずつなんてちまちましたのは、もうやめだ。一気に畳みかけるよ、福助」
福「わかっているよ……真ん中のやつを倒せば、終わりなんだろう」
 
 一度術を唱え出せば、双子は誰よりも息の合った動きを見せる。
 
 かたや大江ノ捨丸はその詠唱を阻止しようと、何度も何度も骨を吐き、頭を叩きつけてきた。
 牽も福助も、容赦なく傷ついてゆく。
 それを守るのは、晴海。

晴「……花の為、一粒こぼして、蝶の為……みつるその雨嬉しかし……!」
 
 たったひとりで三匹の攻撃のダメージを癒し続けてゆく。
 自分の傷など後回しに、だ。
 
 討伐隊の三人がそれぞれ棒立ちで術を唱え続けるという異様な戦いは、ふたりの叫びで打ち破られる。
 
牽&福『<花連火>ッ!』
 
 爆炎が白骨を襲う。
 広間が真っ赤に染め上げられて、ただでさえ暑い空間が灼熱の地獄に変わる
 真冬の乾燥した枯れ木のように大炎上した大江ノ捨丸は、この一撃で崩れ落ちるだろうと誰もが思っていた。
 
 だが、そうはならなかった。

福「……なんだ、って……」
 
 大江ノ捨丸が唱えたのは、なんと<円子>。
 晴海がまだ使うことができない大回復術である。
 大江ノ捨丸は先ほど与えられたばかりのダメージを、一瞬で治したのであった。


 愕然とする福助。
 彼に、檄が飛ぶ。

晴「諦めるな!」

 それは<花連火>の爆音よりも威力を持っているようだった。

福「……晴海、さん」
晴「最後の一瞬まで、ひたむきに、挑み続けるんだ! 伏して指先すらも動かなくなるまで、戦うんだ!」

 これが、つい最近まで戦いを知らなかった少女の叫びだと、誰が思うだろうか。
 血を吐きながらも癒しの術を唱え続ける晴海の言葉だからこそ、重いのだ。
 彼女が諦めていないのに、守られている自分たちが諦めることなど、罪悪だ。
  
牽「参ったね、ほんとに……」
 
 感心を通り越し、牽は苦笑をしていた。

牽「このまま咲也兄さんそっくりになっちゃったら、どうしようね晴海ちゃん」
福「……そう、だな」
 
 もう術力はほとんど残っていない。次の<花連火>が最後の一髪になるかもしれない。ただでさえ二ヶ月の連戦後の戦いなのだ。疲労困憊で、指先が動かなくなるのも遠くない未来だろう。
 それでも福助は笑った。笑うことにした。

福「晴海さんひとりに重荷を背負わせてしまえば、そうなるかもしれない」
牽「それは、嫌だね」
福「だから、僕たちが踏ん張らないとな」
牽「ああ」
 
 もう体力も術力も限界近く、それでも諦めることは許されず。
 命の心配をするも、それすらも晴海に止められていて。
 
 笑う以外になにかできるだろうか。できやしない。
 

 
 二度目の<花連火>の併せは、今度こそ大江ノ捨丸を完全に爆砕した。
 蓄積した毒のダメージがその勝利の一端を担っていたことは、揺るがない事実であった。
  

 こうして、荒神橋一族討伐隊は、凱旋する――

 



 
 ~~



 
 
 
<荒神橋家>
 
 
イ「やっぱり似合います!」
 
 イツ花は手を叩いて喜ぶ。
 
晴「うぅ……」
 
 裾を引きずって居間にやってきたのは、華美な衣装に身を包んだ晴海。遅ればせながら、彼女の元服の儀を執り行っていた最中である。
 居間には、荒神橋家の全員が集合していた。

晴「身体中傷だらけだってのに、こういうときは休んでろって言わないのかよ……」
 
 晴海は顔を真っ赤にしていた。相変わらず、着飾るのは苦手である。
 二ヶ月間咲也にしごかれ続けて少しだけ成長した顔つきの真琴が、まるで成長していない感想を漏らす。
 
真「……『馬子にも衣装』を体現していますね、やばいですね」
 
 父に頭を小突かれて、やはり不満気に口を尖らせる。

牽「お前は余計なことしか言えないのか」
真「思っちゃったんですから、仕方ないじゃないですか。ねえ、福助サン」
福「え? いや、僕は……」
真「ほら、言葉に詰まってます」
 
 奇異の視線に晒された晴海は、衣の襟に手をかける。
 
晴「こ、こんなものォ……!」
イ「わーだめですってば晴海さま! それ、それ瑠璃さまの形見なんですからー!」
晴「う、え、あ、うう~~」
 
 泡を食って止めに入るイツ花。
 晴海もさすがにそれはまずいと思ったのか、自制する。
 
晴「そ、そっか……晴海はもう、瑠璃ちゃんと同じくらいの背になったんだな……」
イ「そうですよォ……大きくなるなんて、ホンットにあっという間ですよねェ……」
 
 頬に手を当てて、しみじみとつぶやくイツ花。

咲「……うむ」

 それまでずっと黙っていた咲也が、低くつぶやいた。
 その一言だけで、皆の視線が咲也に集まる。
 二代目当主は、頬を赤らめた晴海をじっと見つめる。
 
晴「な、なんだよ、父ちゃん……」
 
 咲也は顎をさすりながら、小さくうなずく。

咲「やはり、良いな」
 
 晴海が「だ、だから何が」と問う。
 咲也が男臭く笑う。

咲「この家は、良い家だ」
 
 牽と真琴が顔を見合わせて、戸惑う。福助はただ黙していた。晴海が小首を傾げて、ただひとりイツ花だけがなにかの予兆を感じ取っていた。
 





 ~~



 今になって、ようやく知れたことがあった。
“彼女”には、恐怖に怯えている暇など、きっとなかったのだ。

 彼らの人生に、後少し、後少しだけと、なにかを残そうと思ったのなら。
 それはいつだって、“希望”だったから。
 
 

 ~~






晴「ったく、きょうは大変な目にあったぜ……」

 夜分、布団の中で晴海は愚痴る。
 隣には目を閉じた父親。遠くで蝉の声がする。

晴「でも、どうだよ父ちゃん。晴海たち、強くなっただろ? へへ」

 湯浴みをした後の身体は涼やかで、眠りやすい夜だった。

晴「……なんだよ、父ちゃん寝るの早いなあ。二ヶ月ぶりに帰ってきたんだから、もうちょっと話そうぜ」
 
 大人に変わりつつある晴海の声色は、しかしきょうはわずかに甘い。

晴「もう~、父ちゃん、久々なんだから、ちょっとぐらい……なあ、父ちゃんってばあ……」

 戦果をあげた喜びからか、目が冴えて眠れなかったのだ。

晴「晴海な、あと技の水が34成長すれば、<円子>覚えられそうなんだぜ? へへへ……頑張るからさ、晴海。あとたった三ヶ月だけど、きっと朱点童子を倒してみせるからさ」

 自分がどこまでも強くなれるような、そんな夢を見ている気分だった。
 静かな興奮が、そこにはあった。

晴「見ててくれよな、父ちゃん……なあ、父ちゃん」

 晴海は首を傾ける。

晴「……父ちゃん? ……寝てる、んだよな?」

 急に胸が痛くなった。
 晴海は飛び起きる。

晴「父ちゃん!」
 
 晴海はハッとして隣の布団を覗き込む。
 障子から月明かりが差し込む中。
 咲也は薄目を開けて、こちらを見やっていた。

晴「と、父ちゃん……?」
咲「明日も早いぞ。寝ろ」
晴「……お、おう」
 
 厳格な声を聞いて、晴海は急に恥ずかしくなってくる。
 
晴「べ、別に、甘えてたとか、そういうわけじゃないんだからな……ただ、その、ちょっと久々だったから、それで……」

 晴海は頭まで布団をかぶって、それから枕に顔を埋める。

晴「……も、もう……父ちゃんと一緒だと……もう、眠れやしないぜ……」
 
 ぽつりと言ったその照れ隠しの言葉に、咲也は笑っていた。







 
咲「けっこうなことじゃねえか。俺のいびきも、寝言も、歯ぎしりも、今夜からは聞かずにすむゼ」


 その言葉は、その時はただの皮肉だと思っていたのに。
















 翌朝、咲也は目覚めることはなかった。













 寝息もなく眠り続ける咲也に、晴海は呆然とつぶやく。

晴「……とう、ちゃん……?」

 異変に気づいたイツ花がやってきて、それから間もなく家族が当主の元に集う。
 









 荒神橋咲也、享年1才8ヶ月
 
 
 最期の一日まで老いの欠片をも感じさせぬような、力強い男であった。
 もしかしてそれは、ずっとなにかを隠し、耐え忍び続けていたのだろうかと、晴海は思う。

 葬儀の後、父親の幻灯絵は瑠璃の横に並べられることとなった。
 祖母と父親があの世でも仲良く暮らせますようにと、晴海は願いながら線香を立てる。







 
 荒神橋一族の成長をそばで見守り続けてきた偉大な人物の逝去によって、これからの歴史は新たな時代へと移る。



 



 三代目当主は、晴海。

 かつて少女であった娘が、自らの足で立つときが、ついに。
 来たのだ。
 
 
 
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by RuLushi | 2012-02-16 07:59 | 二代目当主・咲也
1019年8月前編
 
 
 真琴の遺伝子図は非常に偏っていた。
 火と風は高く、水と土が低い。
 特に水の能力値の中でも、体の水は壊滅的であった。
 
 咲也は書机に向かい、真琴の育て方に関する覚書を作っていた。
 いつかは、使う日も来るだろう。自分ではない誰かが。

咲(春野鈴女を母としたのは、なによりも“風”の属性値を欲していたからだ……)
 
 筆を滑らせる。
 
 晴海に求められていたのは、<円子>を使うことができる素質。
 ならば、真琴はというと。

咲(“連弾弓”……)
 
 攻撃手段というものは、守護の力に比べて、いくつもの選択肢がある。術の併せ、強化術、札……つまり、最終的に鬼の体力を失わせればいいのだ。
 その中でも咲也は、“奥義”に着目した。
 人智を超えた荒神橋一族にだけ伝わる力。肉体の限界を振り絞り、精神をも燃やし尽くす秘技。それこそが“奥義”である。
 
 弓使いの技のひとつに、連弾弓、というものがある。魂を込めた三本の矢を同時に射出する奥義である。
 それを取得するために必要な素質は、心技体の風。
 風の能力値は風神である母神から十分に遺伝された。
 さらに春野鈴女から遺伝する素質で二番目に高いのは、攻撃力に直接関わる火の能力なのである。
 
 こうして真琴の遺伝子は、通常ではありえないほどに偏向した。
 体力の低さは予想外だったものの。

咲(すなわち……晴海が守りの要だとすれば、真琴は攻めの要……)
 
 来月から真琴が戦場に出られるようになっても、経験を積む時間はもう、9月、10月の二ヶ月間のみ。たったそれだけの期間では、確実に奥義を覚えられるとは言い難いが……
 
咲(それでも、牽と福助が型に囚われず、ふたりを補助してやれば……)
 
 大丈夫だ。
 絶対に、大丈夫だ。

咲(……勝てる、勝てるだろ……? なあ、瑠璃、きっと……いや、勝てるはずだ……)
 
 大江山の朱点童子を倒さなければ、荒神橋一族に未来はない。
 牽も福助も晴海も真琴も、みんな助けてやりたいから。

咲(……畜生め)
 
 そこに自分が出陣できないのが、やはりなによりも心残りで。
 手の中で、筆がみしりみしりと悲鳴をあげる。


真「うう、当主サーン、次なにをしますかー……って、顔怖っ!」

 特訓を受けている最中の真琴がやってきて、戸の辺りで固まっていたことに咲也はしばらく気づかなかった。
  
  
 
 ~~
 
 
 
<白骨城>
 
 テウチの祭壇に火花がほとばしる。
 
 襲い来る右カイナを、福助が薙刀で必死に受け止めていた。気を抜けば、指の一本一本に腕を潰されてしまいそうだ。

福「は、はやく……もう、持たない……!」
晴「牽、合わせてくれよ!」

 左カイナに追いかけ回されているのは、晴海。巨大な拳骨を右へ左へとステップで避ける。その後ろからさらに左カイナを牽が追いかけていた。
 晴海が急転換し、カイナがその姿を見失った直後の一瞬。牽の振るった刀が骨をわずかに削り取った。
 
牽「げっ、なんだこれ……!」
 
 だが、悲鳴。
 カイナはまるで虫でも払うような仕草で牽を吹き飛ばす。床を転がった後、受身を取っていた牽は膝を立てて起き上がる。
 

 右カイナ、左カイナ。
 上腕骨から指骨の先が浮遊した、奇怪な姿を持つ鬼である。

 
牽「だめだ、堅い!」
福「おい牽……! まじめにやってくれ……!」
牽「じゃあ僕と変われってんだ!」
 
 怒号が飛び交う。
 その間に晴海が右カイナを蹴り飛ばすと、わずかに拘束が緩んだ。福助はカイナを振りほどき、なんとか脱出する。

 再び一箇所に集まり、討伐隊は作戦の練り直しだ。

福「ハァ、ハァ……く、くそう、なら術で……」
牽「<白波>の併せだね、それしかない」
福「晴海さんも、一緒に」
晴「おう!」
 
 カイナはゆらゆらと揺れながら、目もないくせにこちらを睥睨しているかのようだ。
 直後、風が巻き起こる。
 術技特有の気の流れは、自然界には起こりえない気流を生み出した。
 
晴「戦原……逆白波のたつまでに……」
牽&福『矢も血も骨も、すすげ河太郎……!』

 晴海を中心とした青い光に、牽と福助の神気が絡みつく。
 印を結んだ晴海のまなこが輝いた。

晴「<白波>!」 
 
 直後、虚空から出現した真っ白な水流は、瞬く間に祭壇を飲み込むほどに広がった。
 龍を彷彿とさせるような大津波に、左右のカイナは逃げ場もなく、ただ蹂躙されてゆく。
 六倍の威力を持つ水術が過ぎ去ったあとには、骨の一欠片すらも残ってはいなかった。
 
 
 三人の併せは、物の見事に鬼たちを葬り去ったのであった。
 


 ~~

 
 
 ひたすらに、ひたすらに討伐隊の三人は鬼の群れを蹴散らし続けた。
 その最中<黒鏡>の術も入手し、これで『白骨城で取ってくるべし』と咲也が言っていた宝はもうあらかた取得が済んでいた。
 
 そんな時だった。晴海が言ったのだ。

晴「今月の終わりだ。大物を退治にしに、行こうぜ」
 
 迷宮の奥地には、必ず一体の番人が存在している。晴海は父親からそう教わっていた。彼らはその迷宮でもっとも強く、高価な宝を隠し持っている、と。
 
福「……いや、それは……」

 鬼胎を抱くのは、やはり福助。万全の調子でも断りたがるものを、今は皆、一ヶ月の討伐を終えて疲労が滲んでいる。
 対する牽は晴海にうなずく。

牽「いいじゃないか、僕たちだってだいぶ強くなったしさ」
福「やめろ、牽」
牽「なんだよ、福助」
福「根拠のない自信は、やめてくれ。そんな楽観的な一言で僕たち全員、死地にさらされたらたまったもんじゃない。第一、相手の顔だって知らないんだ」
牽「……」
 
 切迫した福助の声に、牽もさすがに黙りこむ。
 が、晴海は普段通りの中庸さで間に入った。

晴「いや、勝ち目はある、と思う。父ちゃんから色々、聞いてきたんだ」
福「……咲也兄さんから?」
晴「ああ。なぜだかさ、父ちゃんはここの相手のことを知っているみたいで……確か名前は、“大江ノ捨丸(おおえのすてまる)”」
牽「おー、聞かせてもらおうじゃないか、なあ福助」
福「……ああ」
 
 ふたりに、晴海は父から聞いたことをそのまま伝達する。

晴「――って感じで、といっても、そんなに詳しく教わったわけじゃないけど……でも、今の晴海たちなら、大丈夫だと思うんだ」
福「……」

 福助は熟考する。
 彼は今になってようやく、どうして咲也が自分を討伐隊の隊長に指名したのか、わかったような気がしていた。
 判断を誤れば、一家全員を危険に晒す。
 だがもちろん、見返りだってあるだろう。
 それは経験点や宝といった目に見えるものだけではない。大江山に向けて、三人での連携を鍛えるためにもここはうってつけの舞台だ。自分たちはそろそろ、そういったことを考えなければならない段階に来ているはずだ。

牽「こんなところで逃げていたら、大江山だって乗り越えられないだろ」
 
 牽の言葉に、福助は静かに首を振る。
 
福「それとこれとは、違う……ここはここ、大江山は大江山だ。僕はそういう、精神論のような言葉を信じない」
牽「だからさ、咲也兄さんが僕たち三人に出陣させた意味を、よく考えろって! ホントは福助だってわかってんだろ!」
福「……それは」
 
 薄々気づいてはいたのだ。
 晴海を見やる。彼女もそっとうなずいていた。

牽「何のために、僕たち三人で来たんだよ。もちろん<速瀬>だとか経験を積むためだけどさ、それ以上に大事なものがあるだろ。僕らはどうしたって、凱旋しなくっちゃいけないんだ。『あいつらやるじゃねえか』って、兄さんに思われたいだろ? いつもと同じじゃだめなんだよ!」
 
 牽は熱く福助に訴える。その言葉は、福助に重くのしかかる。

牽「母さんの仇を討つんだろ、僕たちの腕で。そうして、生き残るんだよ、この先もずっとずっと、みんなでさ!」

 わかっていたことだ。
 咲也はもう戦場には出ないだろう。後のことを全て自分たちに任せて、引退するつもりなのだ。
 そんな当主に、牽は“土産”を持ち帰りたいと言っている。
 
晴「福、行こう」

 晴海が手を差し出してきて。
 
福「……」
 
 福助は血と汗で汚れたその手を握り返した。
 
 

 三人の歩んできた道には、黒スズ大将の骸が点々と転がっていた。
 
 
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by RuLushi | 2012-02-11 00:57 | 二代目当主・咲也
1019年7月後編
 
 討伐隊の隊長に任命されたのは、やはり福助であった。
 咲也は言っていた。

咲『薙刀士ってのは、便利なもんだゼ? 鎧は硬えし、後衛にいながらも敵陣に刃が届く。一番死ににくいんだよ。隊長ってのは絶対にやられちゃならねえ。だからこそ今はお前が適任なのさ』
 
 買いかぶられている、とは何度も言った。
 だが咲也は聞く耳を持たなかった。
 
 
福(まあ、誰も死なせるつもりはありませんけど……)
 
 帯を結び、鎧をまとい、鉢金を巻きながら思う。

福(……それでも、不慮の事故はいつだって起きる。今回は母さんも咲也兄さんもいない、本当の戦場だ。選考試合とはまったく違う……)
 
 どんなことがあっても対処できるように、備えだけは万全を期す。
 底知らぬ不安がつきまとい、昨夜は眠れなかった。
 
福(それでも、僕がやらなきゃ……僕が……)
 

 いつだったか、牽は福助にこう言った。
『お前って、“両替屋”みたいだよな』と。
 牽は詩的でロマンチストな部分がある。それはどちらも福助にはないものだ。
 
『大きな不安が積み立てられて、悲劇へと変わる。それが当たり前のことなんだけど……だけど福助はその逆で、悲劇を不安に、不安を小さな心配に“分割”することが得意なんじゃないかって、思うんだよね』
 
 それはあくまでも、ひとつひとつの不安の種を少しずつ潰してゆく行ないに過ぎない。
 ひたすらに地味で暗い、面白みのない作業だ。
 だが、牽の目にはそれこそが職人の技のように思えるらしい。不思議なものだ。

『まるで僕には、福助がそろばんを弾いて、不幸の貨幣をなんでもないものに両替しているように思えるよ』

 牽にしては上手いことを言うと、その場は感心したものだ。
 だから、改めて思う。

福(僕ができることなんて、たかが知れている……だけどそれは、きっとみんながやりたがらないことだから、丁度いいんだ……)
 
 咲也や晴海のように、一族を導く光とはなれない。
 きっと、咲也の期待にも応えられないだろう。
 だから自分には、“両替屋”がお似合いだ。
 
 
 
 ~~
 
 
 
 出陣先は、再び白骨城。
 先頭に立つのは隊長、福助。

咲「二ヶ月間だ。途中で帰ってくるんじゃねえぞ。必ず、目当ての術を取ってこい」
 
 咲也はそう言って発破をかけてきた。
 牽は「もちろんだよ!」と拳を握っていた。戦場では彼の明るさはかけがえのないものだ。
 猛暑に辟易しながらも、晴海もなんとか笑顔を作っていた。この時点で晴海の術力は、一族の誰よりも高い。

 あとなぜだか留守を守る真琴は、咲也のそばでは緊張しているようだった。

真「……当主サンはちょっとなんだか、やばいんです」
 
 またいつものように堂々と「当主サンはなんで男なのに髪を結んでいるんですか?」とかなんとか聞いてしまったらしい。
 それに対する咲也の返答が――彼は邪気がなかったものの――「あァ?」という、子供にはいささか当たりの強いものだったようで。
 それ以来、怯えた真琴は咲也を苦手としているようだった。

真「……そこもまあ、カッコイイような気がしますけど……その、やばいです」
 
 ただの惚れっぽい女なのではないだろうか、という気もしてくる。
 さすがは牽の娘、という言葉を告げるのはあまりにも酷だったため、黙っていた。
 


 いつまでも、こうしてはいられない。

福「……じゃあ、行こっか」
 
 気は進まないが、福助は白骨城に進路を取る。

牽「ああ、絶対に<速瀬>を持って帰らないとね!」
福「まあ、それもあるけどさ」
 
 福助の戦う理由は、“そういったもの”ではない。
 そばでは、涼しげな格好の晴海がいつものように笑っていた。

晴「『またこの家に帰ってこれるように』だろ?」
 
 どんぴしゃり。
 その笑顔に、福助はまるで撃ち抜かれたような錯覚を起こす。
 思わずその頭を、撫でていた。

晴「お、おい、福……」
福「そうだよね、晴海さん」
 
 晴海は口の中で、なんだよ急に……、と小さくつぶやいていた。
 
 並ぶ彼らに続く牽がなぜか悔しそうにしていたのは、ふたりのあずかり知らぬところである。



 ~~


 
 先月の苦労がウソのようだった。

牽「で、出ちゃったんだけど」
 
 牽の手には、血塗られた巻物があった。間違いない。<速瀬>の術書である。
 
晴「おう、やったな! これで任務達成だぜ!」
福「……むしろ咲也兄さん、どれだけ運がないんだ」
牽「運がないかなあ?」
福「少なくともあの年まで生きていたんだ、悪運はあるんだろうね」
晴「なあに言ってんだよ、それは父ちゃんの実力だろ?」

 腰に手を当てて胸を張る晴海。来月に元服を控えているはずのその体つきは、いまだ少年のように細い。

福「うん、まあ」
牽「なんだかんだで、僕たちずっと兄さんに頼りっぱなしだもんねえ」
福「……そうだよ、牽は反省したほうがいいよ」
牽「お、お前、なんで僕ばっかり」
福「晴海さんはしっかりわかっているから」
牽「僕だってわかってるし!」
 
 晴海が眉を曇らせる。

晴「まーたケンカかー?」

 慌てて牽が福助と肩を組む。
 
牽「いやいやそんな滅相も!」
福「け、ケンカじゃなくて、意見の交換だよ」
晴「おう、そうなのか。ならいいんだぜ、ドンドンやってくれよな」
 
 晴海はにっこりと笑う。双子はホッと息をついた。
 
福「えと、じゃあ、これからどうしよっか」
牽「隊長はお前だろ、福助」
福「まあそうなんだけどね……」
晴「だったら戦おうぜ! 少しでも経験を積むことが、今の晴海たちには必要だろ?」
福「う、うん」
 
 真っ直ぐな晴海の声に、福助は一も二もなくうなずく。これではどちらが討伐隊隊長なのかわからない。
 まあでも、それでもいいか、と福助は思う。
 
福(無茶を言って引っ張っていくなんて、僕のキャラじゃないからね……)
 
 福助は自分の分際をよくわかっていた。

晴「じゃあ、行こうぜ!」
 
 晴海は拳を何度か振るい、気炎万丈といった調子で宣言した。
 
晴「二ヶ月間の修行だ。もっともっとずっと強くなって、父ちゃんを驚かせてやろうぜ!」
 
 若き英気に誘われて、牽と福助も士気を高めてゆくのだった。
 
 
 その後、三人は13ノ丸で延々と経験値を稼ぎ続け、この月の最後を“討伐延長”で終えたのであった。
 
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by RuLushi | 2012-02-08 00:45 | 二代目当主・咲也
1019年7月前編
 
 
晴「……あづい…………」
 
 身を焦がすような炎天が、いよいよもって冗談では済まなくなってきた頃。
 木陰で晴海が涼気という涼気をかき集め、なんとかかんとか真昼の暑さをしのいでいた頃。 
 
晴「…………とけるぅ……」

 交神の間には、ひとりの子供がやってきていた。



 ~~



<交神の間>


 牽と咲也が待つ部屋に、イツ花がわらべを連れてくる。 
 赤髪、赤目、色濃い肌。とても強く火の性質を帯びている。
 水色の髪をした牽とは似ても似つかず、咲也の子だと言われたほうが納得もできそうであった。

イ「女のお子様です」
 
 屈んだイツ花が少女の肩を抱きながら、嬉しそうに告げてくる。

イ「耳の穴の形が、父君にとてもよく似ていらっしゃいますよ」
牽「いや、あはは……面と向かってそう言われると、なんかちょっと恥ずかしいな……はは」
 
 牽は照れて頬をかく。
 かたや少女は、ふてくされているような顔で牽を睨み続けていた。
 
咲「名は、どうする」
牽「えっ、と……せっかくだから、アレで決めようかな」
 
 牽が指すのは、いわば瑠璃の忘れ形見。
 命名箱。

 引いたくじには、少年のような響きを持つ凛々しき名。
 
牽「じゃあきょうから、君は『真琴(まこと)』だよ」
 
 真琴。荒神橋真琴。
 春野鈴女を母に持つ、一族初の“弓使い”の少女である。
 
真「はい、です」
 

 
 ~~


 
 牽は一族を紹介すると言い、真琴を連れ出して居間にやってきた。
 じりじりと照りつける太陽も、火の属性に恵まれた少女には何の効力も発していないようだった。

牽「この家にはもうひとり、女の子がいるんだよ。あ、イツ花さんを除いてね。だから、真琴ちゃんにも仲良くしてほしいなー」
真「はあ、まあ」
 
 真琴は言葉少なげであった。恐らく初めてやってきた家で、緊張しているのだろうと牽は勝手に解釈する。
 
牽「色々、最初のうちは慣れないことだらけだろうけどさ、そこらへんはもちろん、僕たち家族が一生懸命サポートするから。だから、わからないことがあったら遠慮しないでさ、なんでも聞いてよね」
真「はあ……えと、じゃあ」
 
 気だるそうに、真琴は庭を指す。

真「あそこで伸びているやばい人は、いったいなんなんですか」
牽「……えと」
 
 牽は言葉に詰まった。
 無論、次期当主である咲也の娘、荒神橋晴海その人である。
 
 

晴「キミが新しく来た牽のお子さんだな! こっちは晴海だ、よろしくだぜ!」
 
 濡れ手ぬぐいを頭に乗せた晴海が、眩しい笑顔を見せている。

真「はい。春野鈴女の娘、真琴と言います。よろしくお願いします」
 
 一方真琴は、やはりどこか不機嫌に見えるような顔で会釈をした。
 だが、しっかりと挨拶を返すことができただけで、牽は満足だったらしく「いやーうちの子は人間ができているなあ……」と目を細めていた。

真「あの、なんでも聞いていいよ、って言われたので、聞きますけど」
晴「おう、どうしたんだぜ?」
 
 晴海もやはり年下の家族ができて、どことなく嬉しそうだ。
 真琴は晴海を指す。

真「どうして女の方なのに、『だぜ』とか言っているんですか。それって可愛くないです」
牽「ま、真琴ちゃん!?」
真「ゼンゼン似合ってませんし。やばいですよ」
牽「ちょ、ちょっといきなり何を言い出すの!」
 
 牽が慌てて真琴の肩を掴む。
 
真「いや、なんでも聞けっていうからなんですけど」
牽「そういうことじゃなくてね!」

 晴海はごまかそうとしながらも、その笑顔がどことなく頼りない。

晴「は、はは、素直な子なんだな……そ、そっか? 晴海、似合ってないかな?」
真「はい。やばいです」
牽「素直にうなずきすぎでしょ君!」
晴「ま、まあでも、晴海は心は武士だからな……そ、それに、可愛くないのは十分自分でわかっているから、へ、へっちゃらだぜ……」
 
 ちっとも大丈夫そうには見えなかった。
 そこで突然大声をあげたのは、牽。
 
牽「は、晴海ちゃんは、かわいいよっ!」

 シーン、とした。

 牽はハッと気づき、少女たちを見やる。

牽「あ、いや、これはその、真琴ちゃんがいきなり変なことを言う、か、ら……」
 
 てっきり晴海のことだから、豪快に笑い飛ばすか、あるいはピンとしてないような顔でこちらを見返しているか、そのどちらかだと思っていたのに。
 
晴「……ぅ……」
 
 晴海は声にもならない声をあげながら、俯いて、指を絡ませていたのだ。
 水色の髪の毛の隙間から覗く耳が真っ赤に染まっていて、今にも濡れた手ぬぐいの上から湯気を出しそうな顔をして。
 
 うっわー、と牽は思った。
 そうして牽もまた、硬直してなにも言えなくなってしまう。
 
 やがて、普段の晴海からは考えられないようなか細い声で。

晴「……あ、ありがとう、な……牽……」
 
 と、そんなお礼を言われてしまって。
 ますます、うっわーうっわー、と思ってしまう牽である。
 
 

 一方、そのやりとりを間近で眺めていた真琴。
 
真(……なんですか、これ)
 
 思わざるをえない。
 さすがにこれは口に出さないが、アホらし、とも。
 
真「ウチ、ちょっと屋敷を見て回ってきますね」
 
 とっとっと、と早足で去る。
 後ろから「ちょっと待って」と声が追いかけてくるものの、案の定、本気で制止しようとする気はないようで。
 どうぞごゆっくり、とでも言いたくなる。

真(母サンも言ってましたね。父サンはどうも、子供っぽいところを残した子だ、って)
 
 会ったことがなかったのにも関わらず、真琴は自分が母親似だろうと確信していた。
 春野鈴女は神の中でも、『若い神』と呼ばれていた。それはときに嘲りが込められていたことも、幼心に感じ取っていた。
 だが真琴に言わせてみれば、鈴女はとても人間らしく合理的で、自らの欲望すらもコントロールしてみせるかのようなしたたかも持ち合わせていたのだ。『古い神』はただ、彼女の世慣れた態度に嫉妬をしていただけである。
 
真(だから、多分、こうなると思っていたんです)
 
 鈴女に教わった様々な人生観は、真琴の中にも確かに息づいている。もっとも、そのほとんどが当時の真琴には難しすぎたのだが。
 
真(はあ、母サンのとこに帰りたい……)
 
 自分の家はここではない、という気さえしてくる。
 だからロクに前も見ずに歩いていた。

真「わぷ」
 
 大きな壁に鼻をぶつけてしまう。
 慌てて身を引けば、それはゆっくりと振り返ってきた。

福「……君は、そうか、やってきたのか」
真「お、同じ顔……!? いや、え、違う人……?」
 
 鼻を抑えたまま後退りする。顔は同じであるはずなのに、なぜか彼のほうが父よりもずっと大人に思えた。

福「僕は福助。牽の……いや、君の父親の、双子の弟だよ。よろしく」
真「あ、えっと……真琴、です」
 
 差し出された大きな手に釣られて、真琴も慌てて右手を突き出す。
 福助はそんな真琴を見て、うっすらと微笑む。

福「僕の、二人目の姪子さんか。まあ、僕にできることは少ないかもしれないけれども、仲良くしてやってくれ」
真「は、はい……」
 
 牽とは真逆のことを言う福助に、真琴の胸は高鳴った。

真(この人、やばい……謙虚ですよ、母サン……!)

 徐々に徐々に顔が火照ってゆくのを抑え切れない。

福「それじゃあ僕は稽古の途中だったから、これで」
真「あ、案内してください」
福「え?」
真「今、屋敷の中を見て回ろうとしていたんですけど、意外と広くて困っていたんです」
福「そう、なのかい? ……まったく、牽のやつも自分の娘を放っておいて、なにをしているんだか」

 苦み走った表情がまた似合う。
 悪くない。全然悪くない。
 
福「……わかったよ、それならまずはどこから案内しようか」 
真「全部です」
福「……どこだって?」
真「全部、全部っ」
 
 真琴は福助の裾を掴んで、弾んだ声をあげる。
 恐らくは福助が「子供の相手だなんて面倒だな」と思っているであろうことも見越している。
 
 荒神橋真琴。地上に降りてきてまだ初日、0才0ヶ月才ながら、実にしたたかな少女であった。
 
 
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by RuLushi | 2012-02-04 06:30 | 二代目当主・咲也
1019年6月
 
牽「『お友だちから始めましょ』ってね! そりゃもう可愛いもんだったよ、春野鈴女ちゃん! 母さんが言っていたけど、あの感情を『萌え』っていうんだろうねー」
福「ああ、そう……」
 
 ジメジメと鬱陶しい梅雨が続く6月のある日。
 牽と福助は自室でそれぞれ、術の巻物を開いていた。
 
牽「はー、もう来月には、僕の子供が来るのかー」
福「早いね」
牽「本当に、なんだか不思議だよね」
福「そうだね」

 しばらく牽の語る他愛のない内容を聞き流している辺りだった。
 彼が突然言い出した。

牽「……そういえばさ、福助は最近、ずいぶんと晴海ちゃんと仲が良いよね」
福「……なんのことかな」
 
 微妙な空気が流れる。

牽「……」
福「……」
牽「……いつもふたりで、お喋りしているみたいだけど」
福「……気のせいだよ」
牽「……僕が行くと、さっさと離れたりさ」
福「……気のせいだよ」
 
 牽の問いに視線を合わせようとしない福助。
 
牽「あのさ、ずばり聞くけどさ」
福「……」
牽「……晴海ちゃんのこと、好きなんでしょ」
 
 福助は鼻で笑う。

福「……なんだよそれ、誤解だよ。牽じゃあるまいし」
牽「ふ、福助」
福「彼女が生まれたときから僕は一緒にいるんだよ。いくらなんでも、そんな感情を持つはずがないよ。バカじゃないの。ありえないってば」
牽「お、お前……!」
福「ああ、これは僕の持論だから、牽には関係ないよ。気にしたならごめんね」
牽「べ、別に僕は鈴女ちゃん一筋だし!」
福「そっか、じゃあいいじゃない」
牽「でも兄として気になるんだよ!」
 
 やたらと噛みついてくる兄に、福助もまた苛立ちを隠そうとしない。
 
福「あのね、僕は晴海さんのことを心配してるんだよ。牽みたいな野獣と一緒に暮らしているわけだし」
牽「誰が野獣だよ! すっごく大人しいって近所でも評判だよ!」
福「晴海さんの裸を見て、鼻血出しそうにしてたくせに」
牽「い、いいいいつの話だよそれ! って、っていうかそんなことしてないし!」
福「いや、動揺しすぎじゃないかな……」
 
 引くわー……、と小さくつぶやく。
 牽がキッと睨んできた。

牽「いーや、双子だからわかるね! 福助は適当なことを言うのばっかり巧いから、すっかり騙されそうになったけど、君だって晴海ちゃんのことが好きなはずだよ!」
福「はずだよ、って言われてもな……」
牽「どうせいつもみたいに、自分で自分の心にウソついているだけなんだろ! 僕にはわかるんだぞ!」
福「それはだから、牽の勝手な想像で……」
牽「どうして目を逸らすんだよ!」
福「……暑苦しいから、だよ」
 
 ガラッ、と戸が開かれる。
 牽と福助は互いの頬をつねり合っている状態で、横を向いた。

晴「おーい、福助ー! きょうも暑いなー! 出陣の時間だぜー!」
 
 きょとんとした晴海の表情。彼女は小さく首をひねる。
 
晴「どうした? ケンカかー?」
牽「い、いや……」
福「これは……」
 
 慌てて離れるも、晴海は訝しげにこちらを眺めてくる。
 すると牽が、がじがじと頭をかきながら叫び出す。

牽「あーもう! 僕やっぱりこういうのイライラして耐え切れない!」
晴「お、おう?」
福「ちょ、ちょっと、牽……」

 嫌な予感を覚えた福助が思わず手を伸ばすも、牽は気にせず。

牽「ねえ、晴海ちゃん。僕と福助と、どっちが好き!?」
福「はぁ!?」
 
 福助は思わず牽を殴った。ガツン、と。
 牽の首が曲がって明後日の方向を向く。
 
福「そういう繊細なことをあっさりと口にするんじゃないよ!」
牽「だって気になるじゃん!」
福「心に閉まっておけよ!」
牽「だから気になるんだってば!」
福「君ってやつは!」
 
 牽と福助はもう9ヶ月才だ。身体も大きい上に筋肉質なので、本気でケンカするとそれなりに部屋も壊れてしまう。
 近寄るとやはり危険なのだが、晴海は迷わずふたりの間に飛び込んだ。

晴「やめなさい!」
 
 少女の小さな手が牽と福助の手首を鉄輪のような握力で掴む。
 
牽「は、晴海ちゃん……!」
福「あ、危ないな……さすが拳法家……」
 
 と言いかけたふたりの言葉が途中で途切れた。
 晴海がふたりの手首を掴んだままひねる。それだけでふたりの身体は宙を舞った。
 どすん、とわずかに屋敷が揺れる。

牽&福『~~~~~~~~~~~~~~~~~!』

 牽と福助は頭を抱えながら、声にならない叫び声をあげている。
 その前に立って、晴海は腰に手を当てている。

晴「牽! 福! 正座!」
牽「……え?」
福「……う、うん……?」
晴「早く!」
 
 涙目のままで牽と福助は即座に正座する。
 
福「……なんで僕まで……」
晴「いいか、ふたりとも! 晴海たちはこれから、鬼退治に行くんだぜ!」
牽「はい……」
晴「それなのに、どうして兄弟でケンカするんだ! 晴海だって怒るぞ!」
福「……もう怒っているじゃないか……」
晴「もっともっと、ってことだ!」
牽「それは怖い……ていうか痛い……」

 まるで鷹のように目を光らせながら、晴海は双子を見やる。

晴「で、なんだって?」
牽「え?」
晴「晴海は、牽と福でどっちが好き、だっけ?」
福「あ、いや、それはもう……」
牽「うん、そう!」
 
 テメエ……、と福助が睨むが、牽は気づかない。
 
晴「晴海としては、どっちが好き、っていうのもないんだけど……」
福「だ、だよね……」
牽「でもあえて選ぶとしたらどっち!?」
福「お前もう黙ってろよ……」
晴「あえて、かあ……」
 
 考え出す晴海を、牽はワクワクと、福助は嫌そうに見つめている。
 
晴「うーん……」
 
 腕組みをしつつ、晴海は真剣な調子だ。なんにだって手を抜いたりはしない。そんな彼女は、本当に純粋で良い子だと福助は思う。
 
福(でも、どうせ僕が選ばれるわけがないんだから、牽のやつ……)
 
 またもイライラが募る。
 ちらちらと視線を動かしていた晴海が、小さくうなずいた。晴海の唇がゆっくりと開く。
 きっと、牽の名を告げようとして――
 
咲「おい、お前らおせえ。なにやってんだ」
 
 いつの間にか晴海の後ろに立っていた咲也は、顎をさすりながら当惑した顔のまま言った。

咲「……なにやってんだ?」
 
 彼の前には、正座をした牽と福助、それに腕組みをしている晴海がいた。
 
牽&福&晴『……えーっと……』
 
 三人の声が、見事に重なった。
 
 

 ~~
  
 
 
<白骨城>
 
咲「今月は時間がねえからな。ちゃっちゃと行くぞ」
 
 咲也は早速、速風の御守を使用する。
 
晴「おう!」
 
 戦場に出るのが初めての晴海は、両拳を握り締めて意気揚々としている。その衣装がまた、なかなかに凄い。
 
福「過激な格好だね、晴海さん……」
牽「足、露出しているぞ、あれ……」

 二の腕から先が出ているのはともかく、下半身は股を布が覆っているぐらいだ。嫁入り前の女性としては、あられもない。
 見ているこっちが恥ずかしくなってくる。
 
福「晴海さんに、次は身だしなみに関しても勉強させなきゃな……」
牽「え、なんだよそれ」
福「……いや、なんでもない」
牽「むむむ……」
 
 牽の視線から逃れるように福助は先に行く。
 

 
 かくして、再び四人揃った荒神橋一族は、夢残ヶ原を走り出す。
 

 
 今月の咲也の目的はひとつの術書。

咲「<速瀬>だ」
 
 咲也は息を切らせながらついてくる娘に語る。

咲「俺たちに与えられた一ヶ月は短い。だからこそ時を縮めるための手段は、かけがえのないものだ。わかるな、晴海」
晴「……ああ」
咲「代用手段として今は速風の御守を用いているが、この道具は携帯袋を圧迫すっからな。常に持ち歩くのは金もかかってしょうがねえ。その上、6つでもまだ足りないと来た」
晴「だから、その、移動速度をあげる術なんだな」
咲「そういうことよ」
 
 親子が並ぶと、頭ひとつ分ほども背丈が違う。咲也を見上げながら、晴海も力強くうなずいた。

晴「父ちゃん、もっともっと晴海に色んなことを教えてくれよな」
咲「……ああ、もちろんだ」
 
 四人の前には、禍々しくそびえ立つ白骨城。
 
咲「行こう」
 
 白骨城に足を踏み入れるのは、一年ぶりだ。
 右も左もわからなかったあの頃とはなにもかも違う。
 咲也は胸を張って、進軍を開始した。
 
 
 
 ~~
 
 
 
 本当ならば、咲也に出陣する意思はなかった。
 咲也の年齢はすでに1才5ヶ月。

咲(誰にも弱音を吐くことができないってのは、なかなかどうして、面白くねえもんだぜ……)
 
 奇跡でも起こらなければ、大江山に昇ることはかなわない。それはすでに瑠璃に言われたことであったため、自身の中に失望は少なかった。
 だから、これ以上経験点を稼ぐつもりもなく。
 
咲(だけど……今月は、どうしても<速瀬>を取得しておきたいもんな)
 
 経験点と討伐速度。そのふたつを天秤にかけた上で、咲也は<速瀬>を選んだ。
 こういうことを捨取選択することこそが、当主の役割だと思えたのだ。
 
咲(それに、ま、俺がなにか教えられることもあるかもしれねえ、か)
 
 初陣の晴海は拳と蹴りを武器に、果敢に鬼に挑んでゆく。
 しかし、彼女の本分は攻撃の技ではない。晴海に求められているのは、一族の命を繋ぎとめる回復の術だ。それはある意味で、もっとも困難な役割だ。
 
咲(誰かが凶刃に倒れれば、晴海はそれを悔やむだろう……もし命を落とせば、一生後悔するに違いない……) 

 誰かを守るということは、なによりも難しい。
 だからこそ、咲也は晴海にその役目を託そうと思う。誰よりも心優しい晴海に。

咲「これから進む先には、色んな敵が待つけどよ」
晴「おう」
 
 初めての実戦に気分が高ぶっているらしき晴海の頭を、咲也が撫でる。
 
咲「負けんなよ、晴海」

 晴海が咲也の表情を仰ぎ見たのは、その声があまりにも優しかったからであって。
 
晴「……あ、ああ、父ちゃん」
 
 今はまだ、戸惑うだけだとしても。


 
 アシゲの祭壇で襲いかかってくる恨み足を、荒神橋一族は2月、瑠璃と最期に出陣した鳥居千万宮で入手した<花連火>の併せ、六倍撃で火葬に付す。
  
 
 
 ~~
 
 
 
 たどり着いたのは、白骨城の十二ノ丸。
 残る火は5つ。
 一同は燃え髪大将を狩りに狩る。 
 
 悪鬼もかくやあらんという勢いの咲也に、牽も福助も口を挟む余裕がない。
 技もさることながら、大岩を叩き割るような勢いで振り回される薙刀に、血と肉とがばらまかれてゆく。
 
 だが、<速瀬>は出ない。
 落とさない。
 焦燥感だけが募る。

晴「父ちゃん、時計の火は残りあとひとつだぜ……」
咲「ハァ、ハァ……」
 
 蒸し返すような暑さの中、気が遠くなりそうになりながらも挑みかかることを止められない。
 牽も福助も意識が朦朧としているのか、まるで亡者のように斬りかかる。

咲「だが……術書がまだ……!」
晴「父ちゃん……」
咲「……晴海、もしかしたら、今月は<速瀬>を入手できなかったとしても、だ」
晴「……ああ」
咲「ただ、最後の一瞬まで諦めるなよ。常に人事を尽くすのだ。ひたむきであれ。その気持が、崩れかかった時に、力をくれるはずだ。覚えていてくれよ、晴海」

 咲也が最後の燃え髪大将を、脳天から真っ二つに両断する。
 それで、おしまいだった。

 
 ついに、術書は出なかった。
 その場に薙刀をついてあえぐ福助。大の字に寝転がる牽。壁にもたれかかっている晴海。彼らを見回して、咲也は天を仰ぐ。

咲(たとえ、知識があったとしても成功させることができない……これが俺の、天運……つまりは、“分”ってところなんだろうな……)
 
 あまりの疲労感に、全身から力が失われてゆくようだった。

咲(瑠璃……)
 
 指輪をなぞりながら、先代と自身の名を呼ぶ。

咲(俺は、お前のように、彼らに何を残すことができるのか……)
 
 顎を伝い滑り落ちる汗を拭うこともせず、咲也は目を瞑る。
 
咲(俺は……)
 
 これから歩むであろう、晴海たちの苦難の道程を。
 できることなら、ほんのわずかにでも照らせられれば。
 
 
 あまりにも長く、しかし一瞬のようだった一ヶ月は過ぎ去る。
 翌月は7月だ。
 夏と、新たな家族がやってくる月だった。
 
 
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by RuLushi | 2012-02-01 02:11 | 二代目当主・咲也
1019年5月
 
咲「牽助」
 
 居間。咲也の前には双子が正座をして並んでいる。
 牽は庭の木陰に寝そべっている晴海が気になるのか、ちらちらと視線を動かしている。一方福助は俯いたままだ。
 
咲「とりあえずは、元服おめでとう、だ」
牽「あ、うん」
福「……はい」
咲「8ヶ月才になったからには、交神ができる、ということだな」
 
 双子に視線を走らせると、ふたりの様子には変わったところがなかった。本当に話を理解しているのだろうかと、疑問になる。

咲「……まあいい。わかっているだろうが、お前たちの遺伝子はまったく同じだ。表面に現れている数値がわずかに異なっているだけでな。つまり、これがどういう意味かわかるな?」
牽「え、えっと~、う、うん、もちろんですよ! あれですよね、あれ! わかっているんですよ! な、福助、ほら」
福「……交神をするのは、どちらかひとりでいい、ということですね」
牽「そ、そう、僕が言いたかったのはそれ! って、えええええ!?」
咲「その通りだ、福助」
牽「えええええ!?」
 
 驚いているのは牽ひとりだ。彼はひとしきり驚いたあと、咲也と弟の顔色を伺う。
 
牽「で、でもそれ」
咲「俺はどちらでも良いと思っているがな」
牽「それって……」
福「なら、牽でいいと思います」
牽「福助!?」
 
 驚いてばかりだ。牽は福助の肩を掴む。
 
牽「お、お前それで良いのか! 一生に一度の問題だろ!」
福「僕はいいよ」
牽「いいのかよ!」
福「どっちが交神の儀に挑んでもいいのなら、僕にとっては好都合だよ。絶対に牽のほうがいい。……ていうか、ぶっちゃけ面倒だし」
牽「そんな理由かよ!」
福「まあ、そういうことなんで」
咲「……わかった」
 
 あっさりと身を引いた福助のおかげで、話はすぐにまとまったようだ。
 牽はしばらく納得できずにいたようだが、すぐに大きなため息をついた。牽と福助の意見が対立したときに先に折れるのは、いつだって兄である牽の役目だった。
 
福「……なら、僕はこれで」
牽「あ、福助っ」
 
 早々に席を立つ福助に、牽は不服そうに眉根を寄せる。

牽「なんだよ、もう……」
咲「じゃあな、早速交神をしてもらうぞ」
牽「え、えええ! は、早くないですか!?」
 
 立ち上がる咲也におののく牽。当主は腰の引けた彼の腕を強引に掴む。

牽「ちょ、ちょっとその、い、今から!? 心の準備とかないんですか!?」
咲「別にいらねえだろ」
牽「え、え、えーーっ!」
咲「死ぬわけじゃねえし、ピーピー文句言ってんなよ」
牽「いや、でも、こういうのってその、デリケートなー!」

 こうして、喚き散らしつつも引きずられてゆく牽であった。
 
 
 
 ~~
 


<交神の間>
 
 平然とした咲也、緊張しているらしい牽、ニコニコと笑うイツ花。三者三様の、交神の間である。
 口火を切ったのは、咲也。

咲「ただし、言っておくことがあるぞ、牽」
牽「ひ、ひゃい」
咲「相手はもう決まっている。お前は選ぶことができねえからな」
 
 そうはっきりと告げて――
 咲也は薄目で牽の様子を伺う。相当な反発を予想していたからだ。
 だが牽は。

牽「あ、うん、わかりました」
咲「……も、物分り良いな」
牽「え?」
咲「いや、別に文句がねえなら、いいんだが……」
 
 咲也が瑠璃に押し付けられたときは、あれほど言い争ったというのに。

牽「いや、だって、女神様だったらみんなすっごく可愛くて、素敵な女性ばっかりでしょ……そんな、選ぶだなんて、僕困っちゃうし……」
咲「……」
 
 でへへ、と笑う牽にどうしても視線が冷ややかにならざるをえない。
 前向きすぎる。
 イツ花は「まあ男の子ですからねェ」と微笑ましげだ。
 
咲「お前には自立心はねえのか……」
牽「いや、ちょっとなんで怒られそうになっているのかわかんないんだけど」
 
 気まずさを覚えて、牽は少しだけ真面目さを取り繕って、頬をかく。

牽「ほら、そ、それに、福助ができないのに、僕だけ『この女神様は嫌だから』って理由で断るのは、なんかちょっと違う気もするし……」
咲「……ふむ」
 
 それも恐らく、彼の本心のひとつであるのだろう。
 交神の話を進めることにした。

咲「お前の相手は『春野 鈴女』という女神だ」

 幻燈絵を開いて見せると、牽は息を呑んだようだ。
 鮮やかな緑色の髪を後ろでくくったうら若い女神だ。
 どうやらそのいたずらっぽい笑みが、牽の心を捉えたようで。

牽「い、いいじゃないですか……咲也兄さん……」
咲「……そうか。ちなみに、その女神を選んだ理由もいくつかあるンだが」
牽「ぼ、僕が今からこの人と……な、なんてこった……緊張しすぎる……」
 
 聞いちゃいない。
 嘆息する。

咲「まあいいか……じゃあ、イツ花さん、あとはお願いするよ」
イ「はァーい」
咲「じゃあまあ、頑張れよ、牽」
牽「えっ、あっ、は、はい!」
 
 その表情のなんて良い笑顔か。まるで五月晴れのようだ。
 
 
 
 ~~
 
 
 
 福助は縁側に座っていた。最近ではこの場所が定位置になりつつある。
 だがきょうはその手に術書はなく、先月取得してきたばかりの<白波>もまだ放置したままだ。
 ぼんやりとしていた。
 
福(僕と牽は、なにが違うんだろう……)
 
 薙刀士と剣士。経験の差はわずかに福助が上回っている。だが、牽には福助にないものを、確かに持っている。それがなにか、福助にはわからない。
 
福(僕には、なにが足りないんだ……?)
 
 人の親になるのなら、牽のほうが絶対に良いと思ったのだ。その判断は間違っていないと思う。
 だが、どうして自分がそう思ってしまったのだろう。その答えを福助は探せずにいた。
 
晴「なーんか、難しい顔してるなー」
 
 いつの間にか、目の前に晴海がやってきていた。先々月の怪我もようやく完治したばかりで、うーんと伸びをする彼女の髪には、葉っぱがついている。
 福助はあぐらの上に頬杖をかく。

福「……そう見える?」
晴「おう」
福「意外と鋭いんだね、晴海さんは」
晴「へへへ、悩んでいるなら、晴海が相談に乗ってもいいぜ?」
 
 笑顔で横に座ってくる晴海。片膝を立てたその姿はあまり少女らしくはないものの、妙に愛嬌があった。

福「……でも、僕にもよくわからないんだよね」
晴「おう?」
福「だから、相談することもできないんだよ」
晴「思い悩んでいるなー」
福「どうなんだろうねー……」
 
 心が沈み込んで、浮上してくる気配もない。こんな気持ちは初めてだった。
 晴海は勢い良く立ち上がる。

晴「よっし、そんなときにはいい手があるんだぜ!」
福「へえ」

 あまり信じていたわけではないが、福助は相槌を打つ。
 
晴「気分転換には、やっぱり風呂が一番だな!」
福「え?」
 
 
 
 ~~
 
 
 
福「……」
晴「おう? どうしたんだ、気持ちいいぜ?」
福「いや、あの……えっと……」
晴「早く入って来いよ」
福「どうしてこうなるんだ……?」
 
 晴海に誘われて、福助は浴室にまでやってきた。
 彼女はとっくに服を脱ぎ、もう肩までどっぷり浴槽に浸かっていたりする。
 
福「いや、あのね、晴海さん」
晴「おうー?」
福「晴海さんは僕と一緒に入るの、嫌じゃないの、かな」
晴「なんでだ?」
福「なんで、って……」
晴「いいだろ、たまには裸の付き合いってやつをさ」
 
 手招きする晴海から、福助は親愛の情を感じ取る。
 きっと彼女なりに、元気のない福助を励まそうとしてくれているのだろう。そんな好意を蹴り飛ばすのは、福助にはできなかった。
 立場的には、叔父と姪なのだ。なにもおかしなところは、ない。

福「わ、わかった、よ……」
 
 緊張しながらも、福助は浴槽に入る。
 もちろん晴海とは背中合わせだ。

晴「へへへ、いい湯加減だろ」
福「う、うん、まあ……」
晴「ふー、生き返るぜー」
福「……晴海さんは、お風呂が大好きだもんね」
晴「おう。暑いのは苦手なのに、湯はいい気分になるんだよなー」
 
 じゃぶじゃぶと顔をこする晴海。
 その触れ合う背中の滑らかさが、福助の血圧をあげてゆく。

福(さすがに、これは……危険かもしれない……)
晴「そういえば、牽は今ごろ、交神の儀をやっているんだよなー」
福「う、うん、そうだね」
晴「晴海もそのうちやるんだよな。一体どんなことするんだろ?」
福「ぶっ」
 
 思わず吹き出した。晴海が肩越しに振り返ってくる。

晴「おう?」
福「晴海さんはちょっと、その辺り子供すぎると思う……」
晴「な、なに言っているんだぜ、晴海はもう5ヶ月才だから――」
福「だ、だから振り向いてきちゃだめだって」
 
 逃げるように縮こまる福助の背中に、晴海は後ろから抱きついてくる。むにゅっとした感触を楽しむ余裕などまったくない。
 
福「む、胸が当たっているから……」
晴「? それがどうかしたか?」
福「大問題なんだよね……」
 
 咲也の教育は完全に間違っていると、福助は確信する。
 
福(兄さん、おたくの娘さん無防備すぎますよ……!)

 今ここで福助にあらぬ気が起きたら、晴海はかなり危ないことになってしまうだろう。
 もちろん、今危ないのは、福助のほうであるが。
 内心はかなりドキドキだ。牽ではないが、このままでは好きになってしまうやもしれぬ。

福「今度、晴海さんには男女の役割などの違いを、詳しく教えないといけないよね……」
晴「お、おう?」

 戸惑いの声を返してくる晴海に、人知れずうなずく福助。

福(少なくとも、牽がなにかやらかす前に……)
 
 その心配も、どこか明後日の方向を向いているようであった。
 
 
 
 ~~
 
 
 
晴「ふー、さっぱりしたぜー」

 開いた戸をくぐり風に当たる晴海。
 彼女に続いて浴室から出る福助は、もう顔が真っ赤だ。

福「僕はのぼせる寸前だよ……」

 だがそのおかげで、先ほどの悩みなどというのは、どこかに吹っ飛んでしまったようだ。
 目を瞑れば、晴海の美しい裸体が生々しく浮かんでしまって……

福「……うっわ、これは、危険かも……」
咲「そうか」
福「……」
咲「……」
 
 浴室へと続く戸の横に、咲也が立っていた。
 肩を掴まれる。
 
咲「……福助」
 
 その声色に、思わず死を覚悟してしまう。

福「……はい……」
 
 たったった、と晴海は咲也に気づかずに走り去っていってしまう。
 その後ろ姿を見送ってから、二代目当主がつぶやく。

咲「ずいぶんと、俺の娘と仲が良いようだな」
福「……いえ、そんな……めっそうも、ない……」
咲「どれ、牽が交神をしていて、お前も暇だろう。俺が久しぶりに稽古をつけてやろうじゃねえか」
福「……いや、でも、汗を流したばかりなので……」
咲「あァ?」
福「……お相手します……」
 
 首根っこを掴まれて、福助もまた引きずられてゆく。
 
福(……ああ、きっと今度はこれで、僕の記憶が上書きされちゃうんだろうな……)
 
 幸せの代償だ。悲しみに暮れながら、そんなことを思う。


 実際、その通りにもなった。
 
 
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by RuLushi | 2012-01-29 00:09 | 二代目当主・咲也
1019年4月後編
  
 瑠璃の死の前後で、大きく変わったことがふたつあった。

 夕食時、二代目当主として瑠璃の名を引き継いだ咲也は、言った。

咲「そうだ、先に言っておくぞ野郎ども」
牽「野郎ども、って……過激な……」
咲「明日出陣すっからな、準備しておけよ」
 
 おかしなことに、瑠璃が亡くなって以来、咲也の口調が砕けたものになっていた。どんな心境の変化かはわからないが、男臭さが増したように思える。
 それに加えて、頼りがいも。

 晴海が「やりぃ」と声をあげた。もちろん着物は正しく着ている。

晴「よっし、どんなやつでも晴海が蹴散らしてやるぜ!」
 
 牽と福助が同時に「いやいや」とつぶやく。

牽「だめでしょ、晴海ちゃん……大怪我しているんだから……」
福「まだ健康度が全然戻ってないよ」
晴「おう? そんなの関係あるか?」
牽&福『ないわけないから』
晴「ぬぇ……」
 
 箸をくわえて言葉を失う晴海。
 
咲「野郎ども、っつったろ。晴海は留守番だ」
晴「で、でも……」
咲「あンな。先月、春の選考試合にお前を出したのは、特別だからな」
晴「トクベツ?」
咲「あんなに無茶なことは、そうそうさせねえよ。命がもったいねえゼ」
 
 その言葉に、なぜだか牽と福助がだらだらと汗を流し出す。

 先月に行われた春の選考試合。荒神橋一族の戦果は、なんと“優勝”であった。それ自体は瑠璃の目論見通りであったものの、晴海は案の定、初戦で戦闘不能状態に追い込まれてしまったのだ。
 その後はずっと後衛で防御を続けていた晴海。戦嫌いになっても仕方ないような展開だったが、次期当主は心も丈夫であるようだ。

 むしろ気にしているのは、少女を守りきれなかった牽と福助のほうである。
 
咲「お前は当初の計画通り、6ヶ月才になるまで戦場には行かせねえからな」
晴「な、長いぜ!」
 
 晴海が悲鳴じみた声をあげる。
 晴海はまだ、4ヶ月才。現在7ヶ月才の福助など、6ヶ月才になるまで五度も出陣している。

晴「……晴海だって、もう戦えるのに……」
咲「……」

 晴海はやはり不服そうに口を尖らせる。物分りの良い彼女が不満を表に出すのは、滅多にないことだったが、咲也は意に介さない。
 瑠璃の死をきっかけに、晴海も変わった。
 やはり、“自分もなにかをしなければ”という焦りがあるのだろう。
 
咲「無用だ」
晴「……っ」
 
 切って捨てる咲也に、晴海は目を見張る。
 だが今度は咲也が睨み返す番だった。なにかを言いたそうにする晴海の上目遣いを、当主は視線で押し返す。

咲「お前の全盛期は、今年の11月だ。だから心配すんな。それまでには、必ず仕上げてみせっからな。それが俺と初代瑠璃の役目なんだ」
晴「……父ちゃん」
咲「暇なんだったら、呪いが解けたときのためにでも、イツ花さんに家事のひとつでも習ってろ」
イ「あーらあら」
 
 イツ花が口元に手を当てて笑うと晴海は顔を赤くした。

晴「は、晴海だって、やろうと思えばそんなの簡単に……」
咲「だってよ、イツ花さん。ちょいと揉んでやってくれてもいいゼ」
イ「あはは、楽しみですねェ」
晴「ぬぇぇ……」
 
 笑い合う親子。
 羨ましそうな顔をしてないだろうか、と心配になった福助は自分の頬をこすってみる。
 と、福助は気づいた。
 
福(もしかしたら晴海さんが暑さが苦手なのも、十分に寒くなる大江山登頂の時期に万全の調子で挑めるように……だなんて……?)

 まさか、そこまで考えているわけではないだろう。


 かくして、咲也は告げる。

咲「牽、福助。明日は相翼院だ。決して出遅れることのないようにな」
牽「う、うん」
福「……はい」
 
 二代目当主咲也。
 さすがは、1才4ヶ月才の貫禄である。
 
 
 
 ~~



<相翼院>
 
 稲荷ノ狐次郎を撃破して以来、三人の男たちはひとつの壁を越えたようだった。

 炎ふたつ分を使い、ようやくたどり着いた天女の小宮。
 咲也は愛用の薙刀についた血を拭いながら、毒づく。

咲「もう燃え髪大将どもじゃ、歯ごたえがねえな」
牽「そうだね!」
福「……い、いや、でも、それくらいの相手と戦ったほうが、安心なんじゃないかな」

 二対一、福助の意見は聞き入れられない。
 咲也が左腕を振ると、中指の指輪がぼんやりと赤く光る。

咲「……ふむ」
 
 双子が鬼たちから戦利品を奪い取っている間に、咲也は目途を定めたらしい。
 
咲「んじゃあ、奥に行くか」
牽「そうこなくっちゃ!」
福「えぇー……」
 
 最近、牽がめっきり腕をあげてきたため、以前よりも怖じ気づかなくなってきたのだ。
 きっと本人はもう己を、『咲也の右腕!』とでも思っているのだろう。それが福助には、いつかトンデモない失態をやらかすのではないか、と気が気でない。

 一同は天女の小宮の先、奥の院へと足を踏み入れる。
 薄暗い中に、ろうそくの明かりが揺れている通路だ。
 
福「不気味だ……」
牽「ば、ばっかだな福助はハハハ。ぜっ、ぜんぜんこんなの、へ、へっちゃらだよ!」
福「……あ、敵影」
牽「ヒッ」
福「と思ったら、僕の影が壁に写っているだけだったね……どうしたの、うずくまっちゃって、牽」
牽「いやあちょっとなんか一瞬お腹が痛くなるような気がしたんだよね」
福「そのカンは異常だろ」
咲「まあ、あっちからは襲ってこねえよ」
牽&福『え?』
 
 咲也は小さな金属を手のひらの上に乗せて、差し出してきた。
 文様の描かれた銅印である。赤く揺らめきながら発光をしている。

咲「『結界印』さ。こいつを使っている最中は、鬼どもは俺たちから逃げ回っているんだよ」
牽「なんて便利な……」
福「……で、そこを後ろからズブリ、ですか」
牽「なんて姑息な!」
咲「わかってんじゃねえか、福助」
牽「ええっ」
 
 咲也は口の端を釣り上げて、銅印を握り締める。

咲「戦いにおいて大切なことは、何よりも先手を取ることだ。覚えておけよ。どんな手を使ってでも、先手を取れ。それが値千金だ」

 彼が後ろ指で差した先には、惑う巨鬼――悪羅大将。
 一同は強敵に挑みかかる。



 
 その後、三人は一ヶ月間を奥の院で過ごす。
 彼らは4000の奉納点を稼ぐほどに戦い抜き、傷だらけになりながらも大怪我を負うことなく、無事に帰還したのであった。
 
 
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by RuLushi | 2012-01-26 23:14 | 二代目当主・咲也
1019年4月前編
  
 4月、風に揺られてひらひらと、舞い散る桜の花が台所にも漂い、やってくる。
 規則正しい包丁の音が、ぴたりと止んだ。
 
イ「あら、まァ……」
 
 手のひらを伸ばすも、花びらは掴ませようとしてくれない。
 ふわりふわりと、避けられてしまう。
 何度か、それを繰り返し。

イ「……」
 
 気づけば、イツ花の瞳は花びらの向こうの空を眺めていた。
 どうにもあの日以来、なにをやっていても身が入らないようだ。
 洗濯をしていても掃除をしていても、風呂炊きをしていても今のように料理をしている途中でも、心が浮き足立ってしまうのだ。
 今もまた。
 
 久しぶりに風の穏やかな春の午後だというのに。
 青々とした空は雲ひとつなく、目にも眩しい快晴だというのに。
 イツ花は思い浮かべていた。
 笑顔の素敵な女性。初めて出会って、戸惑いながらも自分に懐いてくれた小さな女の子。去ってしまった初代当主の顔を。
 
イ「あっ……痛っ」
 
 よそ見をしていたら指も切る。
 こうなることはわかっていたのだ、もともと。
 痛い。じんわりと血のにじむ指先を見つめていると、ため息が漏れた。
 こんな気持ちを屋敷の人たちの前で見せるわけにはいけない。

イ「嫌ですねェ……もう……」
 
 身近な人の死は、想像以上のショックをイツ花に与えていたようだ。
 
 

 ~~
 
 
 
晴「暑いぜ……」
 
 晴海はまるでへばった犬のように、樹の根元にもたれかかっていた。
 着物の前をはだけ、開いた口から小さく舌を出している辺りも、父親に見られてしまったら叱られてしまうような有様だろう。
 先月、一度の大怪我を負ったため、療養中の晴海である。
 
 庭の姪を縁側から眺めているのは、術書を膝の上に置いた福助。

福「……そんなところにいるよりも、部屋で寝ていたほうがいいよ」
晴「そうは言っても、暑くて」
福「風に乗ってどんな疫病が運ばれてくるかもわからない。体力が弱った今、一気に悪化して死んじゃうかもしれないから」
晴「お、おう……」
 
 脅すような口調に、若干晴海の気も削がれる。
 福助も心配しているのだ。覚悟を決めていたとはいえ、初代当主の死を目の当たりにして、『一族は死ぬ』ということが改めてわかったのだから。

 とはいえ、今からあまり悲観的になりすぎてもしょうがないと割り切れるのは、若さゆえだろう。
 晴海は桜に寄りかかって手で自らを扇ぐ。

晴「でもさ、福。一体なんでこんなに暑いんだぜ。毎日毎日、どんどん暑くなって、どうなっていやがるんだ……チクショウ……」
福「言葉遣いが乱れると、咲也さんに怒られるかもしれないよ」
晴「ぬぇ……き、気をつけるぜ」
 
 福助の指摘を神妙な顔で受け止める晴海。
 ちらちらと晴海の様子を伺っていた福助は、そういえばと思い出す。

福「……そうか。晴海さんは12月にやってきたんだったね」
晴「すぐにおばあちゃんとお風呂に入ったんだぜ」
福「それは知らないけど……でも、それじゃこれからは、ますます厳しくなるんじゃないかな」
晴「おう?」
福「この先、8月の中頃まで、ずっと暑くなり続けるはずだよ。耐えられるかな」
晴「ぬ、ぬぇええええ!?」
 
 仰天して目を丸くする晴海に、福助はいつもと変わらない無表情。
 顎をさすりながら、神妙に言う。

福「大変だね、晴海さん」
晴「早く冬が来てほしいぜ……」
福「どんなに異常気象でも、10月までは冷え込まないだろうから、あと半年は辛抱してもらわないと」
晴「晴海の生きてきた時間より長いぜ!?」
福「僕とか牽は最悪、裸になって過ごせばいいけど……大変だね、晴海さんは女の子だから、そういうわけにもいかないもんね」
晴「そ、それだ!」
 
 晴海は立ち上がって、びしりと福助を差す。太陽を浴びて輝く目には、幼気盛りの光。そういう感情とは無縁だと思っていた福助ですら「かわいいな」と思ってしまうような、清々しい顔で。
 
晴「よし! 晴海はきょうから全裸で過ごすぜ!」
 
 とんでもないことを言い出す。

福「いや、あの、それは……マズい、と思う……」
晴「なんでだぜ?」
福「それは……」
 
 邪気なく聞き返されて、福助は言葉に詰まった。
 生きていく上で出会うであろう様々な問題に対し、日々答えを用意することに余念のない周到な福助であっても、彼女を納得させられそうな返答がとっさに見つからなかったのだ。
 
福「……風邪、引くんじゃないかな」
晴「暑いほうが大問題だぜ」
福「女性が裸で過ごすのは、倫理上よくないと思う……」
晴「男だけなんてずるい!」
福「じゃ、じゃあ……咲也兄さんに怒られちゃうよ、多分……」
晴「暑かったら稽古にだって身が入らないし、そんなのどっちにしたって怒られそうだからなんだかとっても理不尽だぜ!」
福「うーん……」

 伝家の宝刀「怒られちゃうよ」を抜いても、晴海は納得した様子ではない。
 その上、彼女の行動は素早かった。

晴「じゃあ、きょうから早速実践だぜ!」
福「って、ちょっとちょっと……!」
 
 さすがに焦る福助は、慌てて顔を手で覆う。
 小袖をぽいぽいと縁側に放り投げて、晴海はあっという間に紅袴一丁になった。

晴「ようやく涼しくなってきたな! ふう、風が気持ちいいぜ」
福「は、晴海さん……」

 指の隙間から見れば、晴海はとても良い笑顔を浮かべていた。赤みがかった美しい肌が惜しげもなく天の下に露出する。
 不幸中の幸いだったのは彼女が大怪我中で、胸から下腹にかけて、上半身を包むほどの範囲に包帯を巻きつけていることだった。薬湯の色に染まった包帯は少しも透けることなく、衣服の代わりを果たしてくれている。晴海が暑がっていたのは、そのためでもあったのだろう。
 福助は安堵のようなため息をつく。

福「でも、なあ……」
晴「これからますます暑くなってきたら、今度は下を脱げばいいんだろう。晴海は天才だぜ!」
福(いや、ヘンタイだよ……)
 
 はっはっは、と高笑いする晴海に胸の中でつぶやく福助。
 8月になれば、晴海も元服を迎える。それまでに少しは恥じらいを身につけてくれるといいのだが。
 いや、さすがにまだ諦めるのは早すぎるだろう。
 
福(晴海さんに、どうやったら服を着せることができるのか……)
 
 これはなかなかに難しい問題のような気がした。
 なんといっても、晴海は相当暑さに弱いようだ。実害も出るだろう。彼女の言う通り稽古に集中ができなくなるのなら、むしろ裸でいるほうが荒神橋家にとっては良い効果があるのかもしれない、とさえ思う。
 しかし叔父の、男の立場としてそれを認めることはできない。
 
福(牽だったら、どうするかな……)
 
 そんなことを考えたのは、手詰まりだったからだ。

 すると、だ。
 道場の方から、稽古終わりらしい牽が、のんきな顔でやってきた。
 
牽「お、晴海ちゃん、もう起き上がれるんだね――って!」
晴「おう?」
 
 まるで殴られたような勢いで後ろを向く牽に、晴海は首をひねる。
 
晴「どうかしたか? 牽」
牽「ななななんで脱いでいるのさ!」
晴「ふふん、暑いからだぜ」
牽「だ、だめ! だめだから! 早くなんか着て! だめだからね!」
晴「?」
牽「おい福助! お前もなに平然としているんだよ! 早く着物かけてやってくれよ! 晴海ちゃんの柔肌が誰かに見られたらどうするんだ!」
福「あー……」

 顔を背けたまま手をばたばたと動かす牽に、福助は「これだ」と思った。
 そうして、心の中で謝る。すまない、牽。

福「あのね、晴海さん……」
晴「?」
 
 疑問符を浮かべ続ける晴海に近づいて、耳打ちする。
 
福「……牽はね、晴海さんのことが“好き”なんだよ。だから、晴海さんがあられもない格好をしていると、牽には目の毒なんだ」

 晴海はよくわからなかったようで、瞬きを繰り返しながら聞き返してくる。

晴「おう? 晴海も牽のことは好きだぜ? でもそれがなんの関係があるんだ?」
福「う、それは、僕も確かに経験がないからわからないんだけど……でも、その、きっとすごくもやもやしてくるんだと思うんだ……」
晴「もやもや?」
福「うん、その、なんていうか生理的な意味で……」

 再び謝る。すまない、牽。彼はまだ後ろを向いて、囁き合うこちらの言葉も届いてはいない。
 だが、それすらも晴海には通じず。

晴「生理的な意味?」
福「ああもう」
 
 諦めた。

福「――よし、牽、脱げ」
牽「なんでだよ!?」
福「晴海さんのためなんだ」
牽「だからなにが!?」
福「いいから早く!」
 
 福助が声を荒げるのは、非常に珍しい。だから牽も、よほどのことがあったのだろうとすぐに説得をされてしまった。
 基本的には意気地のない牽である。

牽「わ、わかったよ……よ、よくわかんないけど……」
福「ほら、晴海さん。見ててくれれば、僕の言っていることの意味がわかると思う……」
 
 言いながらも、自信は皆無だったが。
 
晴「お、おう」
 
 晴海も牽のことを“好き”だと言ったのだ。
 恐らく互いの意味は違うだろうが、それならきっと晴海にも牽の気持ちが理解できるはずだ。いや、自信はないが。
 
 もじもじと恥ずかしそうに服を脱ぐ牽。その所作を、じーっと眺める晴海と福助。

福(……なんだこれ……)
 
 脱力して、その場に崩れ落ちてしまいそうになる。
 晴海のためなのだと自分に言い聞かせないと、やってられなくなる。
 しばらく待っていると、牽がようやく最後の一枚に手をかけた。

牽「一体僕は、なにをしているんだ……」

 それは福助にもわからなかった。
 庭で全裸の牽の誕生である。
 急に風が冷たくなってきた気さえする。

牽「誰か僕に説明をしてくれ……」

 局部をかろうじて手で隠す牽が涙を流しそうな声でつぶやく。
 あまりにも空気が重いため、福助は咳払いをする。それから、晴海に向き直った。

福「……それで、これが将来的な晴海さんの感じなんだけど……も、もやもやする?」
 
 晴海は下唇を噛み、包帯に巻かれた腹をさすりながら、なにやら形容しがたい顔をしている。
 だがすぐに、こくり、とうなずいた

晴「う、うん……」
福「え、ほ、ホントに?」
晴「もやもやするぜ……」

 もじもじしながら、うつむく晴海。
 信じられない。効果があったなんて。

牽「もう服着ていいかなあ!?」
福「あ、うん、どうぞ」
牽「ああもうチクショウ! なんで僕がこんな目に!」

 気持ち泣きながら着物を抱えて家の裏に走ってゆく牽を見送る。
 すると、晴海が縁側に置いてあった自分の着物を口元に抱き寄せながら、ぽつりとつぶやいた。

晴「ちょっとよくわからないけど……」
福「……う、うん」

 晴海はわずかに頬を赤らめていた。

晴「晴海もさっきまであんな感じだったなんて思うと、なんだか、すごくもやもやするぜ……」
 
 その顔は、恥じらっているというよりも、どちらかというと落ち込んでいて。
 福助は哀れな牽に心の中で感謝しつつも手を合わせながら、目を閉じた。

福(そのもやもやは、きっと違うな……)
 
 三度、謝る。すまない、牽。

 

 ~~
 
 
 
イ「って、ちょっとは落ち込んでいたんですけどねェ……」
 
 交神の間、イツ花は頬に手を当てて微笑を浮かべていた。
 座る彼女の前には、交神表。そこには大照天昼子の幻燈絵が貼られている。

イ「なんだか、あの方々の大騒ぎを聞いていたら、どうでもよくなってきて……」
 
 遠くから、「ああもうチクショウ! なんで僕がこんな目に!」という叫び声がこの部屋まで聞こえてくる。
 
イ「だって、一族の方々が悲しみを乗り越えようと頑張ってらっしゃるのに、わたしがそこにとらわれるなんて、本当におかしな話じゃないですか」

 咲也も牽も福助も晴海も、イツ花の知る限り、悲観している様子はない。
 瑠璃のいない屋敷を認めて、それでいて怠ることなく、心と身体を練磨し続けているのだ。もしかしたら走り続けることによって寂しさを紛らわしているのかもしれないが、それもまた強さなのだとイツ花は思う。
 
イ「わかっています。わたしにできるのは、この家を守ること……おいしいご飯、温かいお風呂、素敵なお家をご用意することですもんね……」
 
 自分にできるのは、それしかないけれども。
 ならば彼らが心の底から笑ってくれるように、できることを本当に大切にしよう。
 たったの一日も手を抜かず、想いを込めて。
 
 彼らと生きているこの日々を、いつでも思い出せるように。

イ「昼子さまがわたしを選んでくださったこと、今はちょっと難しいンですけど……でも、いつか必ず、感謝できる日が来ると思います」
 
 イツ花は頭を下げて、それから立ち上がる。
 もうそろそろ食事の支度をする時間だ。

 胸元を抑えながら、強く心に言い聞かせる。
 用意するのは、五人前。いくらおっちょこちょいの自分だからって、それだけは絶対に、間違えないように、絶対に。
 
 
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by RuLushi | 2012-01-23 21:09 | 二代目当主・咲也