ルル師のRPプレイ日記=俺の屍を越えてゆけ編(PSP版)=
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近代ゲームの語り部です。 PSソフト"俺屍"ブログ、リセット禁止でやってました。11/11/24より、PSP版俺屍プレイ日記始めました。今度は5年もかからなければいいな、と思います。
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カテゴリ:初代当主・瑠璃( 23 )
1019年11月第2編
 
 
 荒神橋一族が進軍する道中は、武士団に守られていた。
 危険のない旅路も、それもこれも全て、荒神橋一族を万全の状態で朱点童子の元に届けるためのことだ。
 
 大江山にたどり着くまでにも何度か妖怪たちの襲来があったが、武士たちは一致団結してこれを守りきった。そのおかげもあって荒神橋一族は無傷で麓にやってくることができた。

勲「ここから先には、大江山の門がある。時の流れも変わっておろう。よって、ひとまず休憩しようではないか」
 
 勲の提案に、晴海も賛同した。
 辺りには、一生止むことなどないような小雪が降り続けている。晴海の慎重よりも高く積もった雪の壁は、夏の間もずっと溶けることなくそこにあり、荒神橋一族たちの行く手を遮っていた。
 肌を刺すような冷気の中で、晴海は失われた山道のその先にあると思われる大江山山頂を見上げた。
 しかし、厚い雲に覆われた天はどこまでも暗く、神の力を宿す晴海の目であっても、見通すことはできなかったのだった。
 
 
 ~~ 


 晴海は処女雪の中に飛び込んだ。
 
晴「くあー、つ、冷たいぜー!」
 
 頭から雪をかぶって起き上がると、晴海の下敷きになった雪がくっきりと人形を浮かび上がらせていた。鼻の頭を赤くしながら、晴海は「へへ」と笑う。
 晴海は12月に荒神橋家にやってきた。彼女は冬の子だった。手足もむき出しの拳法家の衣装をまといながら雪に抱かれたその姿は、ひどく寒々しく見えていたが、晴海自身は幸せだった。むしろ、このままいつまでも埋まっていたいと思う。
 
 遠くでは、武士たちが荒神橋一族の進軍を少しでも楽にしようと、雪かきをしてくれているのが見えた。声を掛け合いながらせっせと道を作ってくれているのだが、その音は辺りの雪に吸い込まれてほとんどここまでは届かない。
 とても静かだった。ここはまるで無音の世界だ。
 あまりにも静かすぎて、耳の奥で風の鳴る音がする。
 晴海は雪原に大の字に寝そべりながら、空を仰ぐ。
 ゆっくりと手のひらを心臓の上に当てた。鼓動は一定のリズムを刻んでいる。目を閉じる。触れた雪の冷たさが心地良い。
 
 これから死地へ赴くというのに、心はわずかに高揚している。
 一体どうしてだろう。

晴(ワクワクしているのか、晴海……?)
 
 指輪を唇に当てて、問いかける。目を開いた。
 晴海の前、雪に腰掛けてひとりの少年がいた。
 
 桃色の狩衣を着た端正な顔立ちの少年。肉体を奪われた彼は、晴海を眩しそうに見つめている。

黄「やあ、こんちわ」
晴「あ、黄川人じゃないか」
 
 漂う冷気の中にいると、その美貌がさらに際立って見えた。若い真琴や男勝りな晴海とは違う。黄川人はまるで刃物のように艶麗だ。
 
晴「そっちも見送りに来てくれたのか?」
黄「ウン、まあ、そんなとこかな」
 
 黄川人は目を逸らす。いつも悪戯げに笑っているその表情が、きょうは固かった。珍しく緊張をしているのかもしれない。

黄「悪いね。君たちにばかり、負担をかけちゃってさ」
晴「なんだよそれ。はは、気にしないでくれよ。晴海たちも自分たちのためにやっていることなんだぜ」
黄「こんな体じゃなかったら、君たちと戦えるはずなんだけどサ」
 
 肩をすくめる黄川人は、口元だけで微笑んでいた。それが今の彼には精一杯、とばかりに。
 黄川人は視線をあげる。つられて晴海もその先を見た。
 牽が勲となにか話し込んでいるのが見えた。刀を振っていることから、戦いについて助言をもらっているのかもしれない。
 さらに視線を転じれば、真琴と福助が一緒にいた。福助はいつもの仏頂面。真琴はこちらに背を向けているため、その表情はわからない。

黄「……ボクと君たちの差は、いったいなんだったんだろうね」
晴「え?」
黄「短命の呪いをかけられながらも、家族に囲まれて暖かい暮らしを送る君たち。かたや、僕は永久に死ぬこともない代わりに、ずっと独りぼっち。ないものねだりだってことはわかっているんだけど、ボクも君たちのようだったら良かったのにな、ってサ……」
晴「それは……」
 
 晴海は黄川人の背中を叩こうと手を伸ばす。しかしその手のひらは空を切る。伸ばした手を引き戻して、晴海は口元を引き締める。

晴「バカ言うなよな、黄川人。そばに誰もいないってんだったら、晴海たちが家族になってやるよ」
黄「……ええ?」
晴「朱点童子を倒せば、元の体を取り戻せるんだろ? それでもまだひとりだってんなら、うちにくればいいさ。みんな、反対なんてするわけないぜ。今さらひとり増えたってどうってこたあねえ!」
 
 晴海の力強い視線を真っ向から浴びて、黄川人はしばらく戸惑っていたようだったが。
 すぐに、笑う。

黄「アハハ、そういうこともあるのかい。君たちは面白いなァ」
晴「晴海は本気で言っているんだぜ」
黄「いや、わかるよ。気持ちだけは受け取っておくさ。いやあもっけの幸い、もっけの幸い。まさかボクにそんなことを言ってくれる人がいるなんてね、びっくりしたよ」
晴「茶化すなよ、黄川人。もし本当に困っているんだったら――」
黄「そこまでにしようね、晴海さん。甘い夢を見るのはそこまでだ」
 
 黄川人はピシャリと晴海の言葉を遮った。その瞳に浮かぶのは、鋭利な光だ。

黄「ボクにはね、生き別れの姉さんがいたらしいんだよ。もっとも、顔も覚えちゃいないんだけどね。だけど、もし呪いが解けたら探してみようと思っているんだよ」
晴「そうなのか。旅に出るってことか?」
黄「さぁてね。もしかしたら、案外近くにいるかもしれないよ? だから、君たちと暮らすことはできない。誘ってくれたことについては、素直に感謝しておくよ」
晴「わかった。晴海たちは黄川人の無事を祈っているぜ」
黄「いいのかい? そんなこと言っちゃってサ。だってボクが期待しちゃったらさ、君たちの重荷になるんじゃないのかな?」
晴「心配するなよ。絶対に勝ってくるからさ」
黄「フフ、それなら楽しみだなァ」
 
 拳を握り固める晴海に、黄川人も笑みを漏らした。
 


 ~~
 
 
真「あの」
福「……ん?」
 
 雪かきの手伝いを断られた福助が、手持ち無沙汰に携帯袋の中身を確認しているところだった。
 真琴が福助の前、俯いて立っていた。
 彼女は屋敷を出る前からずっと元気がなかったのだ。福助はなんとなく自分が避けられているのだろうと感づいていたのだが。
 
福「どうしたんだい、真琴さん」
真「……こないだは、その」
福「……?」
 
 いつのことだろう。

真「その、子供っぽいことを言って、ごめんなさい」

 ああ、と思いつく。きっと相翼院で軽く意見を対立させたときだ。福助はなんとも思わなかったが、年少者の真琴にとっては大事だったのかもしれない。福助は己の迂闊さを呪う。

福「あ、いや……もしかして、ずっと気にしていたのか?」
真「別に、そういうわけじゃありません」
 
 急に、真琴はぷいと横を向いた。その変化に、福助は置いていかれる。
 この年頃の子供は、本当に難しいと福助は思う。近づこうとすれば離れて、撫でようと思えば引っかかれる。真琴はまるで猫のようだ。晴海のなんと扱いやすかったことか。
 余計なことは言わず、黙っていよう。そんなことを考えていると、真琴が不機嫌そうに口を開く。

真「ただ、色々考えてみたんですけど、その、ごちゃごちゃしててあんまりまとまらなくてですね」
福「……」
真「父サンや福助サンの言うこと、ひとつだけ賛成します」
福「へえ」
真「ウチたちは、朱点童子を倒すために生まれたんだ、ってこと」
 
 一体どんな心境の変化か。福助は少しだけ嫌な予感を覚える。
 しかし真琴は辺りを見回す。

真「これだけの人たちが、ウチたちに期待して、朱点討伐を望んでいるわけですよね。だったら先にそれを片づけちゃわないと、おちおち暮らすことだってできません」
福「……ま、確かにね」
真「それに、気づいたこともあるんです」
福「へえ」
真「もしウチたちが無事に朱点童子を討伐したら、それって京の都の恩人ってことですよね。そうしたら、ウチたちはもっと贅沢な暮らしができるようになるんですよね。それも、これからずっとずっと」
福「うん、まあ」
 
 物事はそんな単純なことではないだろうが、福助はうなずく。否定する材料をわざわざ用意するまでもない。
 そんな心境の変化にも気づいているのだろう。真琴は福助を半眼で見つめながら、改めて持論を展開する。

真「というわけでですね、今は頑張るときだと思ったんです。ウチのモットーと少し矛盾することもありますが、いいです。生理的な嫌悪感は、今だけ封じ込めておきますから。やばい覚悟で、ウチも鬼を矢で貫いてやります」
福「まあ、いいんじゃないかな」
真「なんか気持ち悪いので、それだけ、言っておこうと思いました」

 真琴は小さく頭を下げた。
 自分の行動理由を“こう”と定めておかなければ、彼女は自分の足で立っていられないのだろう。それならば仲間に頼ればいいものを、真琴はあくまでもひとりで立とうとしているのだ。
 これがまだ4ヶ月才の少女なのだから、驚く。

福「……僕が4ヶ月のときは、どうだったかな」
真「? なんですか?」
福「いや、しっかりしているな、と思ってさ。僕がきみぐらいのときは、ただの小僧だったよ。やっぱり女の子の成長は早いのかな」
真「意味わからないですけど」

 真琴はやはり半眼のまま。

真「大体ウチ、先月ぐらいに“まだまだ子供だから”的な感じのことを言われたばかりなんですけど」
福「たった一度の戦場が、幼子を獅子に変えることもあるそうだよ」
真「実感ないですし、わけのわからないことを言わないでください」
 
 真琴は福助の胸を小突く。寒さのせいか、その頬はわずかに朱に染まっていた。
 
福「できるだけ早く帰ってきたいものだね」
真「そうなるように、がんばってくださいね、福助サン」
福「僕かい?」
真「ええ……まあ、その、頼りにしてますから」
 
 耳を赤くしながらそう言った真琴は、慌てて訂正をするように言い直す。

真「だって、他に一緒に行く人なんて、脳天気な当主サンと能無しの父サンしかいませんし」
福「その言い方はちょっとひどいな」
 
 福助は苦笑する。遠くにいる兄は、勲に刀の太刀筋を見てもらっているようだ。

福「牽はああ見えて、結構やるよ。家の仕事はなにもできないし、学はないし、配慮だって持ってないけどね。こと軍事に関しては、信用できる。これは僕が保証するよ」
真「ふーん……」
 
 真琴は面白くなさそうに牽を横目で見やっていた。
 
 
 ~~
 
 
 大江山の門の前に立ち並び、一同は改めて出陣する。
 武士たちが雪をかきわけ、迫り来る鬼たちから荒神橋一族を守るのだ。しかし、この迷宮に現れる鬼たちは誰も彼も強敵揃い。並の人間が五体満足で下山できる保証はどこにもない。それでも人たちは、荒神橋とともに戦うことを選んだのだ。
 
 さあ、
 地獄のような雪中登山の始まりだ。
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by RuLushi | 2012-07-25 22:13 | 初代当主・瑠璃
1019年3月後編
 
<初代当主 瑠璃>

 下がり続けた彼女の健康度は、ついに68。
 布団に横になり、瑠璃はこれまでのことを考えていた。
 
瑠「……不思議だなあ」
 
 腕を持ち上げて、手のひらとその先の天井を見上げる。
 屋敷も季節も、なにも変わったことはない。ただ、なぜだか全身から疲労感が取れなかった。身体の部分が石になってゆくように、少しずつ手足が重くなってゆく毎日だった。
 普通、人が亡くなるときには、髪も白くなり腰も曲がり、肌はしわくちゃで手足は枯れ木のように痩せるものだと思っていたのに。

 瑠璃の肢体は、瑞々しさを保ったままであった。
 
瑠「……まあ、いいっか。こっちのほうが、あたしも」
 
 きっとこれは、“老い”とは違うのだろう。
 命を形作るなにかが失われていっているのだ。そんな気がした。
 
 戸の隙間から陽光が漏れている。またきょうも朝が訪れる。少しも眠ることはできなかったものの、瑠璃は身を起こす。
 そこで、がらりと障子が開いた。
 
咲「おはよう」
瑠「あ、さくちゃん、おはよ」
 
 咲也は手に盆を載せていた。彼はそのまま瑠璃の元にやってきて、隣に並んで座る。

咲「朝ごはんだ」
瑠「……え、さくちゃんが作ったの?」
咲「ああ」
瑠「わーお。すごいね、さくちゃんってば、やっぱりなんでもできるんだね」
咲「……別に、こんなことくらいは」
瑠「でもどうして、ここに? 今から、食卓に向かおうと思っていたんだけど」
咲「……それは」
 
 瑠璃が普段通りに振舞っていると、咲也はなぜだか居心地が悪そうだった。
 くすっと笑って、器を受け取る。

瑠「ありがとう。優しいね、さくちゃんは」
咲「……まだ、信じられないんだ」
瑠「うん?」
咲「“短命の呪い”。神からそう説明は受けていた。だが、この目で実際に見ていても、実感がない」
瑠「……あたしの、こと?」
咲「……」
 
 咲也は身じろぎ一つせず、無言だった。それがなによりも肯定を表している。
 
咲「俺は、恐ろしいんだ」

 ぽつりとつぶやいたその言葉が、瑠璃にはやけに大きく聞こえた。
 手の中の器が徐々に冷めてゆくのが感じられる。
 
咲「どうしてお前は、そんなに落ち着いていられるんだ。俺だったら、耐えられる気がしない。もう少しで、なにもかもなくなってしまうっていうのに……どうして」
瑠「あたしだって、ゼンゼン平気ってわけじゃないけど」
咲「でも、笑っているじゃないか」
瑠「そりゃあ、さくちゃんの前だもん」
咲「それだ」
 
 咲也は鼻先に指を突きつけてきた。
 
咲「お前は、いつだってそうだ。意地っ張りなのか?」
瑠「別に、そういう気はないんだけどなあ」
咲「お前は人の気持ちがわからないんだ」
瑠「それは、まあ、そうかもしれないけど、べ、別に今言うことじゃないでしょー」
咲「違う。ここに来たのは、口論がしたかったわけじゃないんだ……くそっ、俺はどうしていつもこうなんだ……」
 
 咲也は頭を振る。いつだって彼は真顔で混乱するから、瑠璃にはその考えていることがわからない。
 
咲「駄目だ。止める。きょうは出直すことにする」
瑠「えっ?」
 
 言うやいなや、彼は立ち上がって踵を返す。
 
瑠「あ、あの」
 
 戸惑う瑠璃を置き去りにし、さっさと戸を閉めていった。
 その鮮やかな撤退は、まるで引波の御守を使用したかのようである。
  
 
 
 ~~
 
 
 
 さらに数日が経った。
 瑠璃は寝屋で日記を綴っている。

瑠「わーい、おかあさんだいすき、と……ふうふふふ……」
 
 最近では、起き上がったり、歩き回ったりすることも辛くなってきた。
 大好きな湯浴みができないため、都から戻ってきたイツ花に身体を拭いてもらっている。
 だが、瑠璃自身に、悲観の色は微塵もない。
 
咲「寝ていないのか、瑠璃」
瑠「あっ、さくちゃん」
 
 いつの間にか、咲也がやってきていた。この数日、彼は何度も何度も瑠璃の様子を見舞っていた。どういう心境の変化であろう。わからないものの、瑠璃にはとても心地良い。
 咲也は戸を大きく開いていた。そこから、ぼんやりとした優しい月明かりが差し込んできている。

瑠「あ、もう夜更けだったんだ……一日中寝てばっかりだから、気づかなかったよ、あはは」
咲「……今夜は月が綺麗だぞ」
瑠「えっ、そうなんだ。じゃあお月見しなきゃ」
咲「障るから、ちょっとだけな」
 
 瑠璃は咲也に手を引かれて、縁側へと出る。
 顔がほころんでいる。

瑠「今月に入ってから、いいことがひとつだけあったよ、さくちゃん」
咲「身体が弱ってきているのに、か」
瑠「うん。だって、さくちゃんがすごく優しくなってくれたんだもの」
咲「……バカ言ってんな」
瑠「えへっへ」
 
 春の風は生ぬるく、夜の静けさの中、葉の囁きを奏でていた。
 瑠璃と咲也の手はまだ、繋がれている。

咲「瑠璃、俺は怖い」
瑠「……さくちゃん」
咲「俺もいつかは瑠璃のようになってしまうのだと思うと、冷静ではいられなくなるんだ」
瑠「……」
 
 ようやく咲也も、自分の中の思いと向き合うことができたのだろうか。
 瑠璃は咲也の手の甲を撫でる。
 
瑠「大丈夫だよ、さくちゃん」
咲「……そう言われてもな」
瑠「あたしは幸せだよ」
咲「……」
瑠「だって、誰でもなくて、あたしが一番最初なんだもん。こんなに幸せなことはないよ。さくちゃんだって、きっとそう思うよ。誰よりも優しいんだから、さくちゃんは」
咲「……瑠璃」

 咲也はまだ疑っているだろう。
 思いが完全に伝わるような、そんなに素敵なことは起こらない。
 でも、だからこそ、伝え続けようと思うのだ、瑠璃は。
 続けていれば、きっと届かなかったとしても、彼らの胸になにかを残すことができると信じて。
 
 だが、
 その後のことは、不可抗力だった。 

 意図せず瑠璃の当主の指輪が、咲也の手に触れていた。
 たったそれだけ。
 その瞬間だ。

 
 万の記憶が、ふたりの間で光となって弾けた。
 光の洪水だ。
  
 
 様々な場所、様々な人、様々な光景が、めまぐるしく駆け巡る。
 巨大な骸骨を前に剣を支えにして必死に立ち続けている若き剣士。炎の海の中心に伏す全身血まみれの薙刀士。桜の咲き誇る庭、楽しそうにお喋りに興じている三人の娘。燃え髪大将に焼き尽くされようとしている少女。初陣で娘を亡くし、絶望の表情でうなだれる父親。
 膨大な情報量が、瞬く間に流れてゆく。
 一体なにが起きているのかはわからないが、それはまるで現実の出来事のようだった。


 これは一体――

 
 次から次へと景色が流れてゆく中、咲也は瑠璃によく似た女性を見た。


 長い赤髪の女性は、横たわる息子にすがりつき、泣いていた。そこはどうやら九重楼で、今まさにひとりの命が失われようとしているところだった。
 さくや、さくや、と声をかけているようにも聞こえる。
 瑠璃に似た女性はぼろぼろと紅涙を流し、息子を抱きしめていた。
 
 それはまさに、存在したかもしれない荒神橋一族のもうひとつの物語であった。
 
 
 終わりもまた、唐突であった。
 急に、ふたりの意識が戻ったのだ。


 咲也は驚いて瑠璃から手を放す。一方、瑠璃は決まりが悪そうな顔で当主の指輪をさすっていた。
 
瑠「えーっと……あ、はは、み、見ちゃった?」
咲「……今のは、一体……」
瑠「その、あたしもよくわからないんだけど……たまに、見えちゃうんだよね」
咲「見えちゃうって、今のが、か……?」
瑠「う、うん。ある程度は自分で扱えるようにもなってきたんだけど、その」
 
 瑠璃はぽつぽつと語る。
 当主の指輪に込められた人々の記憶の話。

瑠「多分、あたしたちみたいな人たちがいっぱいいて、その人たちの経験したことを、指輪は覚えているんだと思う」
咲「俺たちみたいなやつ……?」
瑠「う、うん」
咲「そんな、ばかな……」
瑠「でも、置かれている境遇が、みんな一緒だから、さ」
 
 瑠璃も自分で確証を得てはいないのだろう。この都で短命の呪いをかけられているのは、自分たち荒神橋一族だけのはずだ。
 だがそれでは、指輪が見せた光景の説明がつかない。

瑠「あたしたちの命を助けてくれたのも、指輪なんだよ。いつだって、この子は本当のことを教えてくれるんだ……」
咲「……もしかして」
 
 瑠璃はずっと前から知っていたようだった。
 ならば――と咲也は考えた。
 
咲「今までずっと、その指輪の力で……?」
瑠「う、うん、そうだよ」
 
 瑠璃は恥ずかしそうに笑う。

瑠「あたしはずっと助けられてきてさ、だから、こうしてここにいることができるんだ。全部、指輪と……みんなのおかげだよ」
咲「……そうだったのか……」
瑠「うんっ」

 咲也は難しそうな顔をして、腕組みをしていた。
 瞑目して様々な変事を思い出していたであろう咲也は、月が雲に隠れるほどの時が経ってから、ようやくうなずいた。

咲「……色々と、腑に落ちたよ。今までのことが」
瑠「そっか、そっか」
 
 瑠璃が指を伸ばすと、咲也はその手を握り返してきた。
 どうしてだろうか。咲也の張り詰めていた雰囲気が、少し和らいだようにも見えた。

 彼の重荷を背負うことができたのなら良かった、と瑠璃は思う。
 このまま、なにもかも抱えてゆけたら、それで良い。

 それが瑠璃の、
 自分の、最期の大死一番。



 
咲「……そろそろ、寝るか。たくさん喋って疲れただろ」
瑠「うーん、そうでもないけど……でも、ありがとね」
 
 瑠璃は咲也に肩を借りて、布団へと戻る。
 いつの間にか、彼の身体はすっかりと大人になっていて。
 こんなに大きくなっていたんだなあ、と今さらながらびっくりしてしまう。
 
 家族のことですら、知らないことだらけだ。
 そんなことを考えると、泣いてしまいそうになる。
 もう涙はいいじゃないか。
 咲也と出会えたときに、あれほど流したのだから。

 たくさん笑って、たくさん泣いて。
 たくさん悲しんで、たくさん喜んで。
 
 それでも最期に笑顔でいられたのなら。
 きっと彼らの心のなかに残る自分は、笑ってくれているはずだから。


 だめだ。
 もう少し。


 あと少しだけ。
 




瑠「さくちゃん」
咲「……どうした、改まって」
瑠「ありがとね、ホントに、今まで」
咲「……よせ」
瑠「でも、言いたかったから」
咲「こちらこそ、だよ」
瑠「えへっへっへ」
咲「……」

 
 瑠璃が布団に入ると、ゆっくりと障子が閉まってゆく音がする。
 その向こうから、いとしい声。


咲「おやすみ」


 嗚咽を堪えながら、
 心のなかで、ささやく。



 
 おやすみなさい。
 








 ~~









 翌朝、春の選考試合に出場した三人が帰ってくると共に、瑠璃の容態は急変した。
 それはまるで、ずっと彼らの帰りを待ち続けていたかのようだった。





瑠「いつも前を向いて、歩いていくんだよ。どんな悲しみにも負けちゃだめ。さあ、みんなあたしの屍を越えていってね……」




 荒神橋瑠璃、享年1才7ヶ月。



 
 愛し、愛された家族に看取られて、瑠璃はこの世を去ってゆく。

 晴海も、牽も、福助も、イツ花もまた、涙を浮かべて、
 煙とともに空に立ち上る彼女を見送った。

 初代当主瑠璃は、最期まで、笑顔を絶やすことはなかった。
 


 






<次代当主>


 そこは、瑠璃亡き瑠璃の部屋。
 線香の煙立ち上る遺影の前に、咲也がいた。

 瑠璃の指から抜け落ちた当主の指輪を拾ったのは、咲也だった。
 
咲「……瑠璃」
 
 最後まで、彼女に全てを打ち明けることはできなかった。
 だが、瑠璃が安らかに息を引き取ったのなら、それが何よりだろう。

 本当はいつでも支えたくて。
 本当はずっと一緒にいたくて。
 本当は同じ年に生まれたくて。
 本当は瑠璃が自分の全てだったなど。
 
 あの世で会ったとしてもきっと言えやしないだろう。
 
 咲也はゆっくりと指輪をはめる。
 女性の指に収まるほどの大きさのそれは、まるで打ち直したかのように、ぴったりと咲也の中指に巻きついた。
 
咲「……これで、俺が二代目当主……」
 
 自分は瑠璃のように安堵して、逝くことができるだろうか。
 これさえあれば、瑠璃のように家族を導く一筋の光となれるのだろうか。

 今はまだ、わからない。
 
 だが、いつか。
 きっと、必ず。

 拳を固め、瑠璃の遺影に向けてひとりつぶやく。


咲「今日を持って、俺の名は二代目荒神橋瑠璃・咲也。瑠璃の祈願を成就すべく戦い抜くことを、この名に誓おう」
 
 だから。

咲「瑠璃。俺は、お前の屍を越えてゆく者となる」
 
 決意とともに、
 指輪に淡い赤色の光が灯る。

 それはまるで瑠璃の微笑みのようで。
 




 己の中の弱さを、捨て去るように、
 咲也は少しだけ、涙をこぼすことにした。
 
 
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by RuLushi | 2012-01-20 00:15 | 初代当主・瑠璃
1019年3月前編
 
 
 初めて会った彼女は、きらきらと瞳を輝かせていた。
 まるで大切な宝物を前にした子供のように、とても嬉しそうに。
 そんな目で見つめられることは、なんだか、くすぐったかった。

咲『……よろしく』

 と、つぶやけば、彼女は悲鳴のような歓声をあげていた。
 とてもとても、恥ずかしかったことを、覚えている。
 
 抱きしめられれば、生まれて初めて人の温もりを与えられたような気がして。
 彼女の上背は自分よりもやや高く、柔らかくてほのかな花の香りが漂ってきて。
 
 たった4ヶ月年上の、母親。
 それが荒神橋瑠璃との、出会いであった。



 ~~


<春の選考試合>


晴「やーっと初陣なんだよなー!」
 
 晴海は大きく伸びをする。
 俄然、春めき出すここは都の中心、選考試合の会場であった。
 荒くれ、武芸者、坊主、武士の群れに混じり、荒神橋一族の若き剣士はこれ以上ないというほどに浮いている。
 少女の美しい蒼い髪もまた、その異質さに輪をかけているようだった。
 
晴「せっかく先月から出陣できるっていうのに、留守番してろだなんて、父ちゃんも晴海のことを全然わかってくれてないんだぜ。なあ、牽」
牽「え、や、うん、そ、それはどうかな!」

 少女の傍らに立つ男子は、なぜだか急に焦ったような顔で視線を辺りに彷徨わせる。

晴「だってさ、戦えるようになったんだから、いち早く経験を積んで一秒でも早く強くなれたほうがいいだろ? 違うか?」
牽「そ、それはまあ色々事情があるんだよきっと! 確か技の伸びがなんとかかんとかって言っていたような……!」
晴「ふーん、そうなのか? 考えがあったんなら、しょうがないか」
 
 物分りの良い晴海は腕組みをしながらウンウンとうなずいている。本気で不満を漏らしていたわけではないのだろう。
 今はそれよりも、都の景観や、選考試合参加者たちの衣装や武具が気になっているようだ。
 なんといっても、父親も祖母もいないたった三人での出陣だ。晴海はその心に翼が生えたような心境でいる。
 牽はほっとため息をついた。

牽「しっかし……弱ったよな……」
 
 声を潜めて、すぐ後ろにいる福助だけに聞こえるようささやく。
 
牽「母さんも、とんでもないことを言ってきてさ……ってうわあ!」
 
 振り返れば、福助の顔色が青を通り越して真っ白になっていた。牽まで血の気が失せてしまいそうな、壮絶な表情だ。

晴「おう? どうかしたか?」

 晴海の視界から福助を隠そうと、牽は慌ててふたりの間に割りこむ。

牽「い、いや、なんでもないよ! あんまりにも強そうな人がいたもんで、思わず悲鳴をあげちゃってさあははは!」
晴「ちょっとだらしないぜ、牽。叔父さんなんだから、もっとどっしり構えていてくれていいんだぜ」
牽「そ、そうだね……いやー晴海ちゃんは男らしいなあ……」
晴「なーに言ってんだ。晴海はまだ胸もおしりもちっちゃいけど、れっきとした女なんだからな」
牽「いや、うん、そうだねあははは……」
 
 冗談に気づかない晴海。
 その少女が今度は物珍しい出店を見つけて、駆け寄っていくのを確認してから、牽は安堵の息を漏らした。
 それから、福助の脇腹を肘でつつく。

牽「その顔やめてくれよ、福助……僕まで不安になっちゃいそうだよ……」
福「……もう、おしまいだ……」
牽「いや、頼むからさ……君を信頼してお願いするからさ……」
福「……もう、おしまいだ……」
 
 まるでたった一種類の鳴き声しか持たぬ鳥のようだった。
 
牽「確かに、晴海ちゃんになにかがあったら、咲也兄さんが黙っちゃいないだろうけどさ……でも、当主命令なんだから、遵守するしかないだろ……?」
福「……もう、おしまいだ……」
牽「しかも今回の隊長は君なんだからさ……もうちょっとしゃんとしてほしい、っていうか……いや、戦いになったらとりあえずやってくれるんだと思うけど……」
福「……もう、おしまいだ……」
 
 牽と福助が今回、当主瑠璃から与えられた命令はひとつ。
 その内容は、その場にいた双子が卒倒しかねないほどに強烈なものだった。

 すなわち、
『晴海がどんなに大怪我をしようとも絶対に棄権せず、最後まで戦い抜くこと』
 
 場合によっては、一試合目、二試合目、決勝戦と、三度死線をさまよう事態になっても、だ。
 選考試合では絶対に死なないから、と瑠璃は言っていた。言い張っていた
 それをまったくの鵜呑みにすることなど、双子ができるはずもない。

 そして、可愛い姪っ子を塗炭の苦しみに晒すことなど、あってはならない。
 ていうかそんなの無理に決まっている。性格的に。

牽「はぁ~……僕ですら気が重いって、相当なもんだよこれ……」
福「……もう、おしまいだ……」

 気が滅入る双子と、初陣の喜びにはしゃぐ少女。はっきりと明暗の別れた家族である。
 
 三人はこれから選考試合の出場申し込みを済ませ、都までの道を案内してくれたイツ花の待つ、宿へと向かうのであった。
 
 


<屋敷にて>

 
 養生のために自宅で待機する咲也は、居間で巻物をめくっていた。
 先月に入手した術書は、四冊。
 花連火、業ノ火、お焔、土々呂、である。
 しかし、その内容はまったくと言っていいほど、頭には入ってこなかった。
 
 思えば、無茶な話であった。
 4ヶ月才の息子に、8ヶ月才の母親などと。
 咲也と牽たちのほうが、兄弟であるはずなのに、倍以上に年が離れているのだから。
 
咲(だから、きっと……俺がおかしいわけではない、はずだ……)
 
 胸に手を当てて思い返す。
 咲也はずっと悩んでいたのだ。
 自分のあり方と立ち位置を。瑠璃との関係性を。
 だから、もう少し違っていたら、と考えずにはいられない。

 親子ではなく、例えば姉弟だったら。
 
咲(……俺は、瑠璃を支えて、やれたのに)
 
 共に悩んで、苦しみ、悲しみ。
 勝ち取り、奪い合い、戦い抜くことができたろう。

 だが、瑠璃の才覚はそれを許さなかった。
 
 瑠璃と“瑠璃”は、常人である咲也を置き去りにし、たったひとりでありとあらゆることを成し遂げようとした。
 事実、彼女にはその力が、膨大な知識と武勇の素養があった。
 だからもう、海のような母の愛さえも、咲也にとっては己の心を粗末に見せるだけのもので。
 
 もう、追いつくことなど出来はしない。
 そう諦めた瞬間に、咲也は瑠璃に告げていたのだ。

 『俺は、お前の横にいたくて、強くなりたかったんだ』

 単純な愛蔵の言葉だけでくくってほしくはない、それは咲也の思いの丈。
 戦い続けてきた理由の――全てだった。
 

瑠「あ、さくちゃん、ここにいたんだね」


 今でもどきりとしてしまう、彼女の穏やかな声。
 だが、隠すのはもうずっと、慣れ切っていた。

咲「……なんだ、その格好」
瑠「ほ、ほら、きょうはイツ花さんも都についていってくれてて、いないからさ」
 
 髪をくくった瑠璃は割烹着を身につけていた。だが、少しも母親らしくは見えない。せいぜい、奉公に来た若い女性だ。その美貌は揺るがない。
 
瑠「だから、さくちゃんの好きなもの、作ろっかな、って……へへへ」
咲「……」
瑠「先月のお話とかも、その、食べながら色々お喋りしたいし、ね」
 
 そんな瑠璃の笑顔には、あまりにも濃い疲労の色が潜んでいる。
 咲也はその正体を知っていた。

瑠「ね、なにがいいかな、さくちゃん……?」
 
 力を失いつつある彼女の言葉に、咲也は胸をかきむしりたくなるような思いを秘める。
 泡立つ心が、俺に構うな、と突き放してしまいそうになる。
 辛抱強く台所と居間の戸の間に立ち、こちらの返事を待つ瑠璃を咲也は見ることもできない。

咲「……そんなことはしなくていい。いいから、寝てろよ」
瑠「えっ、やだなあそんな、怖い声出して。さくちゃんは、心配性なんだから」
咲「自分の分は自分でなんとかできる。だから、休んでいてくれよ」
瑠「平気だってば、もう……ふうふふふ」
 
 和やかな空気を振りまきながら、瑠璃は台所へと去ってゆく。
 遠ざかる足音を聞きながら、視線を落とす咲也はもう巻物を一行だって読んではいない。

 
 もっと素直になれれば、良かったのに。
 本当に。




 瑠璃の体調はその日から、悪化の一途を辿る。
 その時が、近づいていた。
  
 
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by RuLushi | 2012-01-19 01:03 | 初代当主・瑠璃
1019年2月後編
 
<鳥居千万宮>

 2月、青の鳥居をくぐりながら、一同は奥を目指す。

牽「お、なんか福助強くなってない?」
福「……そうか?」
 
 瑠璃、咲也、福助に牽と、久しぶりに四名での出陣である。
 牽は福助の成長を羨ましそうに見やる。
 
牽「ずるいなー福助! 二ヶ月も戦いに行ってさ! さぞかし僕を守れるぐらいまで強くなったんだろうね!」
福「いやいや、全然全然……僕程度の男が少し戦ったからって言って強くなれるわけがないって……むしろ弱くなっているかも」
牽「そんなこと起こりえるの!?」
福「どうしようか、牽……」
牽「僕に聞かれても!」
 
 牽と福助が連れ立って歩くと、いつだって騒がしいものだ。
 5ヶ月才になっても、ふたりの関係性は変わらずにいた。
 
福「……でも牽だって、家にいるのは楽しかったんだろう」
牽「え? そ、それはどういう意味かな? 僕わかんないな、全然わかんないなあ!」
福「わからないなら、咲也兄さんの前でじっくりと……」
牽「な、な、なんでお前がそこまで知っているんだよー!」
 
 怒鳴りながら福助を追い回す牽。無表情ながらもどこか楽しそうな福助。
 年長者の咲也がそんなふたりを、冷ややかな目で眺める。

咲「あいつらはいつまでも成長しないな……」
瑠「えー、そんなことはないよ」
 
 瑠璃がにこやかに咲也の言葉を否定する。

瑠「けんちゃんもふくちゃんも、毎日毎日少しずつ強くなっているし、少しずつ大人になっているよ。ずっと見ているからわかるんだよ」
咲「……そうかね」
 
 薙刀を持つ咲也は半信半疑だ。なぜならば、彼は瑠璃の観察眼をそこまで信用してなかったからだ。わが子相手ならば、なおさら。
 瑠璃は刀を抜き放ち、鬼の巣食う魔窟を進む。

瑠「さあ行こう、みんな。栄光への道は、いつだってこの第一歩から始まるんだよ」

 それは普段の瑠璃であり、凛々しくもあり。
 
 
 
 紅こべ大将も燃え髪大将も、もはや敵ではない。
 ふたりの剣士、そしてふたりの薙刀士は鬼を葬り去りながら、奥へ奥へと足を進める。

 瑠璃の横に並ぶのは、咲也。

咲「鳥居千万宮に来たのは、術を集めるためか?」
瑠「うん、そうだよ。最近、さくちゃん鋭くなってきたね」
咲「……そらどうも」
瑠「去年の5月に来たばかりで、まだ2度目の出陣だからね、ここは。まだまだ素敵な術がどっさり眠っているはずだよ」
咲「眠っているっていうか……」
 
 鬼どもが抱えているんだけどな、と言いかけて、咲也は思わず口元をほころばせた。
 
咲(そういえば、前にもこんなことを話したか)
 
 あのときの自分は、鬼から所持品を奪い取ることは浅ましいなどと思っていた。たった3ヶ月前の出来事のはずなのに、もうずいぶんと昔のようだ。
 
咲(今じゃ生きるために、いくらでもあがく覚悟だけどな)
 
 瑠璃の視線を感じながら、咲也は前を向く。
 たとえ死人から衣を剥ぐようなことになったとしても、それでも生き抜かなければならないのだ。

 などと思いながら鬼を狩る最中。

瑠「ふうふふふ」
 
 さすがに瑠璃の不審な挙動が無視できない――戦闘に支障が出てくる――レベルになってきたため、咲也は諦めたような気持ちで話しかける。

咲「……さっきから、どうしたんだよ」
瑠「あっ、えっ?」
咲「なんだよその顔は。俺が気づいていないとでも思っていたのかよ」

 思っていたらしい。瑠璃は大福を頬張っているような満ち足りた顔で、照れてみせる。
 
瑠「なんかねえ、さくちゃんもねえ、お父さんの顔になってきたなあ、って思ってさあ」
咲「……そう、か?」
 
 咲也が自らの顎に手を当てて撫でる。
 その手に、瑠璃が自らの手を重ねた。
 小さいが傷だらけ。柔らかくはなく、しかし温かな手。
 
瑠「おっきくなったね、さくちゃん」
咲「……」
 
 隣に並ぶ瑠璃は、小さくなったように見える。
 その笑顔も、細い肩も、華奢な背も、なぜだか全てが眩しかった。
 
咲「俺は」
 
 牽も福助も近くにはいない。
 ここにあるのは、鬼の死骸と自分たちだけだ。
 
 咲也は彼女の手首を掴む。
“瑠璃”ではなく、少し驚いた顔をしている瑠璃に。
 
咲「俺は、お前の横にいたくて、強くなりたかったんだ」
 
 目を見つめながら、はっきりと告げた。
 咲也の発言の真意は、瑠璃の心にゆっくりと染みこんでゆく。
 

瑠「えっ……えっ?」
 
 


<暗黒大鳥居>

 赤い火の灯る時計を袖の中にしまい、瑠璃は先頭を行く。
 その顔は微妙に赤らんでいて。
 
瑠「そ、そろそろ、頃合い、かな」

 いくつもの鳥居が続く道の先、ひときわ大きな鳥居があった。
 それこそが大狐の棲まう、暗黒大鳥居。

咲「強いのか?」
瑠「あ、あたしの記憶ではそうでもないんだけど……でも、色々と違っているところはあるからなあ」
 
 咲也から顔を背けながら、瑠璃はぼそぼそと続ける。

瑠「と、とにかく、油断はしないようにね、き、気合入れていこうよ。ケガはないようにがんばろっ」
牽「おうよ!」
福「おー……」
咲「ああ」
 
 そのときどこからか、狐の叫び声があがった。
 迷宮中に響き渡るような大きさに、荒神橋一族はその声の持ち主を探る。
 いち早く、瑠璃は刀で指し示す。
  
瑠「上だよ!」

 全員が仰ぎ見る。
 そこにいたのは、草刈り鎌を咥えた一匹の狐。
 
咲「降りてくる!」
牽「ひっ、ひい!」
福「……ああ」

 皆が得物を構えた。
 



 荒神橋一族の目の前で、狐は見る見るうちに正体をさらけ出してゆく。
 体躯は巨大に膨れ上がり、さらに狐の頭部が粘土のように蠢き、形を変えた。
 両耳から生えた頭は最終的に三つ首となり、こうしてひとつの下半身に三つの胴体を持つ妖狐が現れたのだった。
 稲荷ノ狐次郎。鬼に姿を変えられし古き神の一柱である。 


咲「さあて、今回はどうするんだ?」
瑠「そうだなあ。体力は少ないみたいだから、一気に押し切っちゃう?」
咲「……今回は、お前のままなんだな」
瑠「いつだってあたしはあたしだってば。ま、そういうわけで、力いっぱいやってみよ!」
咲「そりゃー精一杯戦うけどな!」 

 初手、咲也は<武人>。攻撃力倍加の術を瑠璃に唱え出す。
 そこに、狐が口に咥えた鎌で斬りかかる。
 巨体から繰り出される斬撃は重く、前列に立つ瑠璃と咲也の鎧をたやすく裂く。

瑠「いっ、たいね……<お雫>!」
咲「さすがに、並の雑魚とは違うな……」
 
 一撃で体力の半分近くを奪われ、瑠璃と咲也は苦悶に顔を歪める。
 
牽「母さん、兄さん!」
福「……牽、瑠璃母さんに<武人>だ。咲也兄さんの後押しをしよう」
牽「いやでもさ、それじゃ咲也兄さんの傷が」
福「牽はまだ<お雫>を覚えていないだろう……それなら、そっちのほうがマシだ、と僕は思う……」
牽「……そんなこと言っても、福助……!」
 
 牽はキッと福助を睨む。 
 理解出来ないとばかりに、福助は頭を傾けた。

福「『きっと助かる』とか『たぶん大丈夫』とか、そういうの信じられない……勝つためにはいくつかの手順を踏まなければならない。だから、牽は<武人>を唱えるべきだと僕は思うんだけど……」
牽「……わ、わかったよ! まったくもう!」
 
 牽は<武人>、続く福助は<お雫>を咲也に。
 そうこうしている間に、狐は再び瑠璃と咲也の間を駆け抜けた。
 まるでかまいたちだ。ふたりの身体に真一文字の裂傷が刻まれる。

咲「あの野郎……」
 
 咲也の肩に手が置かれる。瑠璃が強く息子を掴んでいた。

瑠「さくちゃん、後ろに下がって」
咲「あァ?」
瑠「あいつが狙いを定めているのは、きっと当主のあたしだから」
咲「だからってお前、俺は」
瑠「下がって、さくちゃん。早く、次の攻撃が来る前に」
咲「俺は、お前の横に立つために……!」

 血を流す咲也の顔を見ず、瑠璃は怒鳴る。

瑠「下がりなさい咲也!」
 
 ぴしり、と空気が軋んだ音がした。
 咲也は面食らった顔で瑠璃を見やる。

咲「……お前」
 
 瑠璃は振り返り、痛みを堪えるような顔で微笑む。

瑠「わかっているでしょ、さくちゃん。このままじゃふたりともやられちゃうよ。でもひとりなら、勝てるはずなんだよ」
咲「……」
 
 咲也は薙刀を握り締めながら、後列へと下がり<武人>を唱える。
 納得したわけではないだろう。だが、言い争っている暇もないのだ。
 
瑠「ありがとう、さくちゃん。絶対に勝とうね――」

 
 駆け出した瑠璃は、稲荷ノ狐次郎の右の頭を斬りつける。
 三度の<武人>を浴びて筋力を増した瑠璃の刀は、226のダメージを与えた。血が飛び散る。
 
 回復を牽と福助、咲也に任せ、瑠璃は全力で狐次郎と斬り結ぶ。
 牽や福助がいかに優れていようとも、攻撃力はいまだ瑠璃に一歩及ばない。
 道場での試合とは異なり、まさしくこれこそが実戦経験の差であった。
 
 だが瑠璃の攻撃力に肝を冷やしたのか、距離を取った狐次郎は振り乱した尻尾で印を描いた。
 火炎の攻撃術<花連火>である。
 
 思わず刀を前に突き出し防御の態勢を整える瑠璃。だが炎は彼女の横をかすめて、その後方へと着弾した。
 まともに浴びたのは咲也。その身に155のダメージである。

咲「うおおおおお……!」

 
瑠「さくちゃん!」

 咲也は動けず、地面に転がって虫の息。
 狐次郎をひとり引き止めながら、瑠璃も片手で<お雫>を結ぶ。
 
 牽も福助も慌てて咲也を癒す。一秒でも早く瑠璃が狐次郎を仕留めてくれることを信じて。
 だが戦いはまだ終わらない。
 意識を取り戻しかけた咲也に、再び狐次郎の<花連火>が襲いかかったのだ。
 
瑠「こ、この……!」
 
 息子をかばおうとしてとっさに伸ばした瑠璃の手のひらが、黒ずんでいる。
 少し前まで元気だった青年が、今では焼死体も同然の有様だ。
 
牽「さ、咲也兄さん……!」
 
 後ろの状況を確認すれば、常盤ノ秘薬を抱えて震える牽の横で、福助は一心不乱に<お雫>を唱え続けている。
 ならば瑠璃に今できるのは――
 一刻も早くこの勝負に蹴りをつけることだけ。

瑠「やあああああ!」
 
 鋭い呼気とともに、瑠璃は狐次郎の身体を少しずつ削り落としてゆく。
 あと少し、あともうちょっと。
 
瑠「10ヶ月後には、朱点童子に挑むっていうのにさ! こんなところで、やられちゃっている場合じゃないんだし!」
 
 ついにふたつの頭を潰した。血まみれの手で柄が滑らないように帯で拳と刀を巻きつけながら戦う瑠璃。残る鬼は中央の本体のみ。
 
瑠「だから、あたしにできるのは、もう、ここでみんなの道しるべになることだけだから――!」
 
 狐次郎の鎌を弾き、剣撃。二度、三度、何度も斬りつける。
 たまらず、鬼が口を開いた。
 ケーン、という鳴き声とともに、瑠璃の顔が赤く照らされる。 

瑠「――え?」
 
 開いた狐次郎の口の中に、炎の塊があった。
 超至近距離からの、<花連火>。
 稲荷ノ狐次郎が命と引き替えに放った最後の火炎は、瑠璃の顔面を焼き尽くし――
 
 





 ~~







 咲也、咲也、と呼ぶ声がする。
 まぶたをゆっくりと開くと、そこには懐かしい温かさが。

咲「……ん、んん……」
瑠「さくちゃん!」

 瑠璃だ。
 自分の手をぎゅっと握り締めて、泣きそうな顔で笑っている。顔にはわずかな火傷の跡が残っていたが、それも目立つほどではないだろう。

瑠「良かった、ホントに、良かった……」


 ここは荒神橋家であった。


 どうしてだとか、いつのまにだとか、色んな疑問が頭の中を巡っている。
 それでもなぜだろう。安堵して胸を撫で下ろす瑠璃を見ていたら、そんな言葉たちは消えていって。
 なにもかもがすっと遠ざかってゆき、世界にはたったふたりだけしかいないようで。
 
 今さらすぎる、とは思う。
 だがそれでも、言ってしまいたくなったのは、どうしてだろうか。
 死線をさまよってしまったからか。 
 誰でもたやすく死んでしまうということを、改めて確認したからか。

 咲也は瑠璃の手に、自らの手を重ねた。

咲「なあ、るり……」

 まどろみながら、彼女に。
 打ち明ける。

咲「俺はずっと、お前のことが……好きだったんだ、きっと――」

 
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by RuLushi | 2012-01-15 05:56 | 初代当主・瑠璃
1019年2月中編
 
 客間に通された直垂姿の男性の風貌は、まるで熊のようだった。右腕を袖の中にしまっており、しかし見えている左腕は瑠璃の胴回りほどの太さがある。
 向かいに座る瑠璃は、自分の家だというのに、肩身が狭そうだ。
 
瑠「あ、どうも……現当主の、る、瑠璃、でしゅ……」
 
 髪に白いものの交じる男性は、口を開く。

○「……そなたが、荒神橋源太の一人娘か」
瑠「え、ええ、まあ……その……」

 なるほど、聞いていた通りだ……と、彼は驚きに目を見張っていた。
 もじもじと顔を赤らめるのは瑠璃。
 頭が白くなって、なかなか言葉が出てこないのだ。
 
○「なるほど、面影が残っているわ」
 
 髭を撫でる老いた男は名乗る。
 彼は、高辻勲。
 荒神橋源太と肩を並べていた、戦友であると言う。



 
勲「あれからもう二年か……月日の経つのは、風のようだ」
瑠「え、えっと……」
 
 瑠璃は大人の顔色を伺いながら、尋ねる。

瑠「お父さんのこと、知っているんですか……?」
勲「……うむ。あやつとは、子供の頃からの仲でな」
瑠「……」
 
 瑠璃は視線をさまよわせる。
 思えば、自分が一族の息子娘たちに語るべき両親の話を、荒神橋一族の歴史をなにも知らなかったのだと気づく。
 高名な武士だと聞いたことがある。だが、それだけだ。
 一族の当主として、知っておかなければならないことなのではないだろうか。
 
 瑠璃は勇気を振り絞り、自分の胸元を握りながら、勲に問う。

瑠「あの、聞かせてもらっても、いいですか。お父さんのこと……あたし、なにも知らなくて」
 
 勲は、まるでコケの生えた大岩のような表情の筋肉を緩めて、子供に昔話を聞かせるように語り出す。
 


 血気盛んで、武功を立てることに逸っていた若い頃の話。
 目が覚めるような美しい女をどこからか連れてくるなり、娶ったこと。
 大江山京に巣食う逆賊征伐から、朱点童子との決戦まで。
 
 情熱家で短絡的。融通が利かないほどの正義漢であるが、その誠実な人柄は誰からも好かれていたという。宴席が大好きだったのにも関わらず、薄めた酒のたった一杯で顔を真っ赤にしてあっという間に潰れていたなど、失敗談にも事欠かない。
 

勲「無論、剣の腕は都随一であった」
 
 雪の降り積もる大江山。
 共に出陣した精鋭の武士、総数三十六名。
 勲もまた、荒神橋源太を隊長とした朱点童子討伐隊の一員であった。
 
勲「大江山の門を守る仁王を引き受け、俺は源太を見送った。やつこそが悪鬼を打ち倒してくれると信じて……だが、それがあいつとの今生の別れになるとはな……」
 
 もはや日は暮れていた。
 屋敷は静まり返り、わずかな物音も辺りの残雪に吸い込まれているようだった。
 
勲「……ここまでが、俺の知っている限りだ」
瑠「……」
勲「本来ならば、もう少し早く来たかったのだが……俺もしばらく動けずにな」
 
 勲は右腕をさする。そこでようやく瑠璃は彼が隻腕であることに気づく。
 老年に見えていたのも、戦傷による後遺症かもしれない。

瑠「……お父さんの話、ありがとうございます」
勲「いや……こちらこそ」
 
 胸のつかえが取れたように、勲は顔の筋肉を緩めた。
 
勲「しかし、『短命の呪い』、『種絶の呪い』、か。朱点童子はむごいことをする」
瑠「……知ってらっしゃったんですか?」
勲「ああ。都の武士の間ではまことしやかに囁かれておる。鬼め、源太の意気によほど肝を冷やしたのだろうな……」
瑠「……」
勲「瑠璃殿よ。俺たち都の武士は、一刻も早く呪いを解くために尽力をするつもりだ。きょうはそれを言いに来たのだ」
瑠「……えっ」
 
 瑠璃は驚いて顔をあげた。
 勲の目は本気である。

勲「いつまでも亀のように都を陰陽の力で守り抜いているだけでは、戦は終わらぬ。しからば、我ら武士こそが今一度立ち上がり、民を不安から守るため……源太やお輪殿の仇を討たねばならんのだ」
瑠「……」
 
 熱を内に秘めて語る高辻勲は、気骨のある武士であった。
 だが、その瞳の中を覗きながら、瑠璃はふと思う。
 彼は無くしたものをもう一度取り戻そうとしているのではないか、と。
 朱点童子に挑み続けなければならない宿命を背負った――そう、自分たちのように。 

 止めなければならない。
 彼をみすみす死なせるなんて。

瑠「でも、あの……」
 
 瑠璃は身を乗り出す。その赤い目に、勲の顔を映し出す。
 しかし、言ったところで彼が納得するだろうか。まだ年端もゆかぬ子供の言葉など、聞き入れるだろうか。片腕を失ってなお、それでも鬼に挑もうとする父親の友が。
 できるはずもない。彼を支えているのは、意地なのだろうから。
 
瑠「……」
 
 瑠璃はなにも言えず、俯いた。
 

 
 ~~ 


 
勲「見送り、感謝する」
 
 頭を下げる高辻勲に、瑠璃は「いえ」と首を振る。
 門の前、まぶたに焼きつけようとするかのように、こちらをじっと見つめる勲の視線に、瑠璃は居心地の悪さを感じる。
 
瑠「……あの、お父さんのお話、色々と、ありがとうございます」
勲「なに、あれくらいのことしかできぬからな……今は」
瑠「できれば、今度は……もっとゆっくり、お話したいです。その、うちの子たちも、混ぜて」
勲「そういえば、他にも若子の姿があったが」
瑠「あ、はい。子供です、あたしの」
勲「……なんと」
 
 勲はさすがに言葉に詰まっていたようだ。
 そこに、ひとりの少女が駆け寄ってくる。晴海だ。

晴「瑠璃ちゃん。あんまり遅いから、様子を見てこいって、父ちゃんが」
 
 玄関には寒そうに身を縮めながらも、顔は仏頂面の咲也。その後ろに都から帰ってきたのだろう、織物を抱えた牽と福助の姿もあった。
 驚く勲がおかしくて、瑠璃は思わず、くすっと笑みをこぼしてしまった。
 妙な話である。
 二年も悔やんでいた武士を前に、瑠璃は自分の父親の顔すら知らず家族を作っていたのだから。
 
瑠「勲さん、この子は、あたしの孫なんです」
勲「……もう孫まで、いるのか」
瑠「今年、この子が大江山に登ります」
 
 晴海を抱き寄せながら、瑠璃が勲を見つめ返す。
 家族の中にいるからこそ、瑠璃は自分を持つことができるのだ。
 
勲「……だが、そんなに小さな子が」
瑠「晴海ちゃんの武勇は、来月の選考試合で証明してみせます。だから――」
 
 寒風が瑠璃の髪を揺らす。
 事情のよくわかっていない晴海の肩に手を置いて、瑠璃は告げる。

瑠「だから、大丈夫です」

 瑠璃は微笑む。
 初対面の男を前に、ようやく笑むことができた。
 
瑠「あたしたちは、大丈夫なんです」

 高辻勲がなにも言わずに立ち去ったのは、きっと瑠璃が荒神橋源太の血を濃く受け継いだ武人であると認めてくれたからだと、瑠璃はそう思うことにした。



 ~~



 勲が帰った後、瑠璃たちは家族でささやかな宴を開いた。
 牽と福助が譲り受けてきた桃色の衣は、それはそれは美しい四季折々の花が刺繍されているものだった。

 そして翌日、瑠璃たちは戦場へと向かう。
 たったの一日で、華やかさも脱ぎ捨てて。
 
 

 ~~



 太陽が真上に昇る晩冬のある日、少し遅目の出陣である
 見送りは、晴海とイツ花。
 
晴「気をつけてな」
イ「がんばってください!」
 
 ふたりに力をもらい、背中を押されて、瑠璃は歩きながら手を振る。
 
瑠「じゃあねー、行ってくるよー!」
 
 すぐに転んで、したたかに顔を打ちつけていた。

牽「お、おかあさん!?」
福「だ、大丈夫……?」
咲「……ちゃんと前を向いて歩かないからだ」
 
 晴海は心配そうに眉を潜め、イツ花は苦笑する。

瑠「あ、あはは……こ、転んじゃった……」

 苦笑するより他ない。
 
 
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by RuLushi | 2012-01-10 18:51 | 初代当主・瑠璃
1019年2月前編
 
瑠「あけまして、おめでとうございます!」

 居間。瑠璃が障子を開け放ち、叫ぶ。
 部屋にいるのは、咲也、晴海。それにイツ花だった。
 
咲「……」
晴「おう、おめでとう」
 
 咲也は「またなにか言い出したか」という顔をし、晴海は笑顔で朗らかに返答する。
 裁縫をしていたイツ花が、針に糸を通しながら首を傾げる。

イ「どうして新年のご挨拶なんですか?」
瑠「ふっふっふー」
 
 瑠璃が腕組みをしながら人差し指を立てる。

瑠「よくぞ聞いてくれましたぁ!」
咲「晴海、そこ間違っているぞ」
晴「おう? おっかしいなー」
咲「まったく……二ヶ月もついていながら、牽はなにを教えていたのか」
晴「ハハハ、面目ないぜ」
瑠「って聞いてよ!?」
 
 珍しく強引な瑠璃が悲鳴じみた声をあげると、今度は牽と福助がやってきた。

牽「母さん、話ってなんですか?」
福「……ま、まさか……もしかして、これから離縁を言い渡されるんですか……?」
牽「ないからないから」
 
 皆の目は自然と瑠璃に集まってゆく。
 視線の中心で、当主は口角をあげる。

瑠「先月は、家族で一緒にいられなかったからね! だから改めて、迎春をやり直すよ!」
 
咲「……」
晴「へえ、面白そうだな」
牽「いいじゃないですか!」
福「……ひ、ひい」
 
 咲也は黙し、晴海は笑い、牽は乗り気で、福助がなぜか悲鳴をあげた。
 
瑠「じゃあまずはごちそう……そう、おせちを作らないとね、イツ花さん!」
イ「おせちは本当はお正月に家事を休むために作る保存食なんですけどォ……」
瑠「いいじゃんいいじゃん、お正月だし!」
イ「ウフフ、そうですね、なんだか楽しそうですものねェ。なら、腕によりをかけましょうかァ」 
瑠「いいね! じゃあ晴海ちゃんも一緒にしよ!」
晴「え、ええ? 料理とかやったことないぜ?」
 
 瑠璃とイツ花が晴海の肩を持って押してゆく。
 
瑠「ふふふ、じゃあまずは割烹着を着ないと」
イ「私偶然に、小さな女の子用の持っているんですよォ」
晴「え、ちょっと、待ってくれ――」
 
 連れ去られてゆく晴海の後ろ姿を見送るのは、男性陣三人。
 咲也、牽に福助がぼそっとつぶやく。
 
福「……最近母さん、晴海ちゃんに構いっぱなしですよね」
牽「そ、そうだね」
福「来た当初は、僕達のことも、あんなに喜んでくれたのに……」
牽「く、口には出さず、そう思っているはずさ!」
福「……寂しい」
牽「えっ!」
福「…………と、咲也兄さんが思っているような気がした」
牽「えっ!?」
咲「ねえよ」
 
 恥ずかしそうにつぶやく福助の言葉を、咲也が切って捨てた。
 
 
 

<一月遅れの賀正> 
 
 咲也、牽や福助が時期外れの飾り付けを行なった居間にて。
 卓の上では、まるで花咲くように、様々な料理がところ狭しと並べられていった。
 イツ花と瑠璃は、額に汗を浮かべている。
 
瑠「我ながらいい出来かと!」
イ「覚えている限りのお料理を作りましたよォ」
 
 イツ花の指南で料理を手伝った瑠璃。 
 その後ろから、歩きにくそうな晴海が現れる。 

晴「ぬぇぇ……なんだか照れちまうぜ……」

 艶やかな小袖姿の晴海だ。羽織った衣は白地で、翼を広げた鶴が描かれている。
 短い髪を結い上げていて、顔にはわずかに化粧が施されていた。雅なその姿は、まるで上流貴族の娘のようである。
 咲也がぽかんと口を開けていた。

咲「おまえ」
牽「……か、可憐だ」
咲「なんか言ったか、牽」
牽「あ、いや、うん! とっても似合っているよ! さすが咲也兄の娘さん! いやあ綺麗だなあ! 天女さんが舞い降りたみたい!」
福「……言い過ぎ言い過ぎ……いや、でも、似合ってはいるけど」
 
 男性たちの好奇の視線に晒されて、晴海はさらに顔を赤らめる。

晴「あ、あんま見るなよ……ち、ちくしょう! こんなの今すぐビリビリに破り裂いて裸になってやる!」
牽「やめなってば!」
福「そ、そうだよ、きっと高いよ……」
晴「ううううう」
 
 唸る晴海の肩を後ろから抱くのは、仕掛け人の瑠璃。

瑠「どう? 可愛いでしょう! いやーあたしこういうの憧れてたんだよね! でもさ、さすがに自分がするのはちょっと年じゃない? だからね、ふうふふふ!」
晴「だ、だからって、やりすぎだぜ、瑠璃ちゃん……」
瑠「なに言っているのさ! 楽しめるのは今だけなんだし!」
晴「瑠璃ちゃんが着ればいいだろ……」
瑠「な、なに言っているの。あたしみたいなのが着たって、もうしょうがないじゃないの! 晴海ちゃんみたいな萌え萌えした子が着なきゃ意味がないんだってば!」

 握り拳を固める瑠璃に、晴海は気圧される。衣姿で、意気も下がっているのだろう。
 瑠璃が力説するその顔を眺めていた咲也は、ふと漏らす。

咲「着てみたらいいだろ」
 
瑠「えっ」

 割烹着姿の瑠璃が目を丸くした。
 晴海が「だよなー」と同意する。

咲「別に、おかしなもんじゃない。着てみろよ」
瑠「え、えええー、でもー、もうあたしおばあちゃんだしー」
 
 瑠璃は頬に手を当てて体を揺らす。 
 だがその口元は緩んでいた。

瑠「それにぃ、衣だってそんなに借りてこられるものじゃないしぃ~……あ、あたしになんて、絶対に似合わないだろうしぃ~……」
咲「ああもう、鬱陶しいな……」
 
 立ち膝の咲也が後ろのふたりに指を立てて合図する。
 
咲「おい、牽助」
牽「誰!?」
福「……ぼ、僕たち?」
咲「今すぐ京に行って、上等な衣を買ってこい」
牽「いや、でも、今から?」
福「……外、寒いんですが……」
咲「今すぐじゃないと意味がないだろ」
牽「ほ、ほら! そういうの売っている場所も知らないし! いやー残念だなあ、場所さえ知っていればすぐにでも行きたかったのに! 僕も母さんの綺麗な姿見たかったなあ!」
咲「イツ花さん、悪いんだけど一緒についてってもらってもいいか」
イ「エヘヘ、当主さまのためなら、お安いご用ですよォ」
福「牽……」
牽「観光だと思えばほら、いいじゃない!」
 
 縛っていた髪をほどきながらイツ花が、牽と福助を連れ立って居間を出てゆく。
 双子は涙を飲んでいたようにも見えた。

 一気に人が半分になった居間。咲也の迫力に押されて黙っていた瑠璃は、枯れた笑い声を漏らす。

瑠「あ、あはは……今のはちょっと、あたしのためにわざわざなんて、かわいそうだったんじゃ……」
咲「遠慮することなんてねえ」

 言葉を遮って、咲也が告げる。

咲「やりたいことはやればいいし、言いたいことがあるなら言えばいい」
晴「ああ、晴海も、そう思うぜ」
瑠「ふたりとも……」
 
 瑠璃がうるっと来たそのとき、晴海が笑う。

晴「父ちゃんと同じだぜ。晴海だって瑠璃ちゃんの綺麗な姿、見てみたいんだからな」
瑠「……さくちゃんと、同じ?」

 不思議そうに、童女のような目を向ける瑠璃。
 彼女はもう、年を取って思いを胸に秘めるようになった咲也が日頃なにを考えているのか、わからなくなっている。
 瑠璃は気づいていないだろうが、彼女と咲也の距離感は、いつだって微妙だった。
 
 咲也は空咳をする。

咲「妙なことを言うな、晴海。俺はただ……めでたいことなら、みんなで楽しめばいい、と思っただけだ」
晴「そうかぁ?」
咲「晴海」
 
 たしなめて、咲也は卓上の雑煮をすすった。

晴「あっ、父ちゃん、先に食べてちゃだめだろ。牽も福助もまだまだ帰ってこないんだぜ」
咲「堅いことを言うなよ」
晴「大体、父ちゃんが行けって言ったんだろー」
 
 華美な衣装を身につけた晴海が咲也の脇を突つく。
 咲也が少し渋い顔をしたのを見て、瑠璃は吹き出した。

瑠「あはは、さくちゃんが怒られてるー! あははは!」
咲「……」
晴「え、別に晴海は間違ったこと言ってないぞ? ダメだからダメって言っただけだろ?」
 
 怪訝そうな顔をする晴海を挟んで、瑠璃は笑い続ける。
 ついには咲也を指差し、ばんばんと畳を叩き出す。
 黙って耐えていた咲也のこめかみが引きつりだして。

咲「いい加減にしろよ」
瑠「あっ、いたっ!」

 立ち上がった咲也に頭頂部を叩かれて、瑠璃が頭を手で抑える。
 
瑠「ひ、ひどい! さくちゃんが反抗期だ! おかーさんを叩くなんて!」
咲「悪いのはおまえだ」
晴「いきなり叩くなんて、悪いのは父ちゃんだぜ」
瑠「そうだよそうだよ、悪いのはさくちゃんだー!」
咲「かしましい……」
 
 目を閉じ耳を塞ぐ咲也。
 ふたりの女性にぎゃあぎゃあと責められながら、小さなため息。しかしその顔も、少しは赤くなっている。

  
 親子三代のから騒ぎに、ひとりやってくるものがある。
 
イ「あのォー」
瑠「あれ? どうしたのイツ花さん? 都に行ったんじゃ?」
イ「いえいえ、わたしは(やっぱり外に行くのが寒かったので)地図と言付けをお渡ししただけなんですけどォ、その、それより」
 
 イツ花は後ろを気にしながら告げてくる。

イ「春の選考試合出場要請の使者という方がお見えになってまして」
咲「ああ、夏に優勝したからか」
瑠「えっ、お客さん!?」
咲「いや緊張しすぎだろ。イツ花さんが応対してくれただろうに」
イ「いやあそれがですねえ……どうも、当主さまに一目お会いしたいとおっしゃってまして」
瑠「えええ!」
 
 瑠璃の顔が青ざめてゆく。

イ「人見知りする方なので、と柔らかく断ってはみたんですが、どうしてもと言うので」
瑠「イツ花さぁん~」
咲「……当主ではないが俺が代わりに出るか?」
瑠「さくちゃぁ~ん!」
イ「いえいえ、それがですねェ……」
瑠「ど、どうしてだめなの!? イツ花さん!」

 情けない声をあげる瑠璃に、イツ花が困惑しながら続ける。
 

イ「どうしても、あの“荒神橋源太”の娘に会いたい、ということですからァ」
 
 
 
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by RuLushi | 2012-01-04 20:10 | 初代当主・瑠璃
1019年1月

<牽と晴海>
 
 牽は母親から「術について詳しくね」と言いつけられていたため、ふたりの訓練は必然的に座学が多くなっていた。
 拳法家についての鍛錬が、剣士の牽にはよくわからなかったこともある。
 
 
晴「なあ、ここってこういう意味で合っているか?」
牽「え、あ、う、うん!」
 
 近くにある顔が、目がこちらを見つめる。
 咲也の娘ということは、牽にとっては姪に当たる。それでも可愛い子か可愛いことには理由などいらないだろう。
 
牽「ね、ねえ晴海ちゃん」
晴「ああ?」
牽「牽叔父さん、ってちょっと言いづらくないですか。僕もまだそんな年じゃないし、『牽』とか呼び捨てでいいよ」
晴「あ、そうか? ならそうさせてもらうぜ。晴海はちょっとかたっくるしいのは苦手でさ」
 
 そう言って快活に笑う。
 その笑顔を見て、牽はどきりとした。
 確信する。この子は絶対に自分に惚れている。
 近くにいる頼れる異性に惚れることに、理由などいらないはずだ。

牽(そうだよな……初めて屋敷にやってきて、もう二ヶ月も一緒にいるんだもんな……惚れられちゃってもしょうがないよな……)
 
 術書をめくる際に、晴海の指が自分の手に軽く触れてしまう。心音が高鳴る。
 だが晴海は気にせず、素知らぬ顔で本に集中する――フリをしているように見えた。
 
牽(な、なんていじらしい子なんだ……で、でも僕は、ちゃんとお兄さんとして、この子を大事にしてあげなきゃ……!)

 そうだ。交神相手が神である以上、晴海の恋は実ることはない。

牽(だったら僕も……それが、晴海ちゃんのためになるなら……僕は……!)

 横顔を眺める。晴海の真剣な表情は研ぎ澄ました穂先のようで、まだ1ヶ月才だというのに綺麗だった。


牽「は、晴海ちゃん……僕で良かったら、なんでも力になるからさ!」
晴「お、おう? よくわからねえけど、頼りにしているぜ、牽」
牽「う、うんっ」
 
 晴海の笑顔を前に、牽はいつまでもどぎまぎとしていた。




<相翼院の延長戦>

 雪の降り積もる相翼院。
 新年を迷宮で迎えることになろうとは、思いもよらなかった。
 咲也はなんとなく娘の顔を思い浮かべる。

咲「……しかし、大丈夫だったのか」
瑠「ん? なにが?」
咲「牽に晴海を任せていて、だよ」
瑠「ああ、そういうこと。なんだい、咲也も親馬鹿になったのかな」
咲「そうじゃない」
 
 笑う瑠璃から視線を逸らす咲也。
 
咲「ただ、その、万が一ということもある」
瑠「それってなんだい?」
咲「例えば、牽が晴海を襲うということも考えられる」
福「えっ!」
 
 自分に<泉源氏>をかけていた福助が慌てて顔をあげる。

咲「晴海は心根の優しい子だろう。多少言葉遣いが汚い部分はあるが……それが、牽につけこまれているかもしれない」
瑠「自分の弟でしょうが」
 
 低く笑いながらたしなめる瑠璃。咲也はどこまでも真剣だった。

咲「そうは言ってもな……」
瑠「話していたら、ますます心配になるんじゃないの?」
咲「……」
 
 その通りだ。咲也は思わず黙りこんでしまった。
 
咲「福助、双子のカンかなにかで、牽の様子を察知することはできないのか?」
福「そんな無茶な……」

 福助はげっそりとした顔で言う。
 咲也は「無理か……」とつぶやいた。
 
 初めての娘だ。過保護になってしまうのもわかる。
 もしかしたら、と瑠璃はほくそ笑む。

瑠(“あたし”以上の親馬鹿になっちゃったりしたら、面白そうなんだけど)
 
 その可能性もなくはない。瑠璃はなんだか楽しくなってきた。
 
 
 直後、延長した一戦目において、一同は<お雫>の術を無事手にすることができた。
 これでとりあえずの目的は完了。あとはどれだけ経験を重ねられるかだ。
 
 

瑠「せっかく赤い火が後半に灯っているから、なにか良い装備でも手にいれて帰りたいと思ったけれどね」
 
 当主の指輪はもう使ってしまった。奥に潜んでいるのは、現時点ではまともに戦っても勝つことは難しい相手たちだ。
 
瑠「ま、いいか。近道を作っておいて、あとはずっとここで戦い抜こう」
 
 
 というわけで、三人は二ヶ月を戦い尽くす。
 当主“瑠璃”の体の成長が止まるほどに経験を積み、大量の戦果を得ることができた。
 



<凱旋>

 傷だらけで凱旋した一同を出迎えたのは、牽と晴海、それにイツ花。
 
牽「おかえり、福助。みっちりしごかれてきたか?」
福「もう死んだほうがマシなぐらい……」
牽「あははは、福助はいっつも大げさだなあ」
福「のんきな顔をしやがって……」

 牽と福助は笑い合う。
 一方、咲也は晴海の元に急行していた。

咲「晴海、ちゃんと訓練は進んだか?」
晴「当たり前だろ、父ちゃん。晴海はやるときゃやるぜ」

 二ヶ月ぶりに見る彼女は、全体的に一回りも二回りも成長しているようだった。
 心も体もだ。顔つきもどこか凛々しくなっていた。
 
咲「……なんだか、強くなったようだな」
晴「二ヶ月も修行に励んでりゃ、強くもなるさ」
咲「背も伸びた気がする」
晴「ははは、これまでの晴海だと思ってくれるなよな」
 
 晴海の髪を撫でる咲也。
 もちろん娘のことは可愛らしい。
 しかしそれよりも彼女は、朱点童子討伐という運命を背負っている。
 だからこそ、咲也は彼女をより愛おしく感じるのだ。
 
 
 かたや、瑠璃とイツ花。

瑠「ただいま、イツ花さん」
イ「当主さまも、お疲れ様でした」
 
 ニコニコと道具袋を受け取るイツ花。
 瑠璃は玄関に座り込んだまま、一同に背を向ける。
 
 喧騒が遠ざかってゆく。
 気にしながらも、咲也や晴海、牽や福助が屋敷の中に引っ込んでゆく。
 イツ花だけがそばに控えたままだ。
 
瑠「イツ花さん、晴海ちゃんとけんちゃんは仲良くやっていた?」
イ「ええ、とても楽しそうでしたよ」
瑠「そっか、それは良かった」
イ「当主さまのご家族ですもの」
瑠「みんな、すごくいい子だもんねー」
 
 瑠璃は二ヶ月間の激闘をくぐり抜けてきた自分の手を見つめる。
 
瑠「この先もずっと、みんなで一緒にいられたらいいのに」
イ「……」
瑠「ああ、いいなあ、イツ花さんは……」
イ「当主さま……」
 
 瑠璃は肩越しに振り返る。
 
瑠「えへへ、なんてね。あたしもみんなのところに行ってこようっと」
 
 それから慌てて立ち上がる。
 だが、がくっと膝を崩してしまった。

イ「あ、当主さま」
瑠「おっとっと」
  
 イツ花が彼女の身体を支える。
 瑠璃は恥ずかしそうにはにかむ。

瑠「連戦の疲れかな、あたしももう年だね」
イ「そんなことは」
瑠「いいのいいの。あたしもわかっているから」
 
 瑠璃はごまかすように笑った。
 イツ花はなにか言おうとして、それからふっと顔から力を抜く。

イ「さ、温かいものをいっぱい作って待ってましたから」
瑠「あ、ホントに? いいなあそれ」
イ「当主さまのお好きなおしるこもありますよォ」
瑠「わーお、嬉しいー」
 
 
 イツ花は瑠璃の手を引く。
 初めて出会ったときは人見知りもしていた瑠璃は、いつでもそばにいてくれた女性と微笑み合いながら、居間へと向かう。
 
 
 


 荒神橋討伐隊が入手した戦利品は、指南書ひとつに巻物六本。
 
 怒槌丸、蛇麻呂、お雫、矛錆び、水葬、陽炎。
 そして、槍の指南である。
 十分すぎる戦果であった。





 だがその翌月、

瑠「わーきょうも、あたしの好きなものばっかりじゃん!? なにこれ、お祭り!?」
イ「エヘヘ、腕によりをかけましたぁ」
瑠「イツ花さん大好きー!」
 
 ついに瑠璃の健康度は88に下がり、戻らなかった。
 
 
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by RuLushi | 2011-12-30 20:30 | 初代当主・瑠璃
1018年12月後編
 
<牽と晴海>
 
晴「今月はよろしくなっ、牽叔父さん!」
 
 稽古着に着替えた晴海は、牽と福助の部屋を訪れていた。
 寝ぼけ眼の牽は、顔をこすりながらうなずく。

牽「う、うん……早いですね、晴海さん……」
晴「なあに言ってんだよ。もうみんな出陣に出ちまったぜ」
 
 吐く息も真っ白な早朝だ。
 牽はぶるぶると震えて、自らの身体を抱く。

牽「うう、寒い寒い……」
晴「さっさと着替えたほうがいいと思うぜ」
牽「着替えるから、そこを閉めてくれれば……」
晴「おう、わかったぜ。先に道場で待っているからな」

 ニカッと笑って、晴海は障子を閉めた。
 牽はあくびを噛み殺しながら、起き上がる。
 
牽「……」
 
 今月、瑠璃と咲也、それに福助は相翼院に出陣をしている。
 屋敷には――イツ花は、いるものの――牽と晴海のふたりが残されているのだ。
 
 
 牽は思わず胸を押さえた。
 
牽(……どうしよう、ふたりっきりだなんて、絶対に懐かれちゃうよ……あの子が僕のこと大好きになっちゃったら……咲也兄さんになんて言えばいいんだろう……困っちゃうなあもう!)
 
 ニヤニヤと、袖を通す。
 牽はどこまでも前向きであった。




<相翼院>
 
瑠「今月の目的は、<お雫>だよ」
 
 瑠璃は咲也と福助に、相翼院へやってきた趣旨を説明していた。
 いつもならひとりでさっさと行動してしまう“瑠璃”なのに、なにか心境の変化でもあったのだろうか。
 
咲「<お雫>?」
牽「術ですか?」
瑠「うん、そう。回復術だよ。<泉源氏>のひとつ上の術でね、効力は三倍ってところかな」

 瑠璃は火時計を見やる。赤い火は灯っていない。
 
瑠「さすがに二ヶ月連続はないと思ったけれど、まあいいや。他にもね、取得しておきたい術はいくつかあるんだ」
 
 片翼の水鏡を進みながら、瑠璃がふたりに語る。
 
瑠「相翼院は割と複雑な地形をしていてね、なかなか先に進めない場所だからさ、できればこの一ヶ月で――それが無理なら討伐を延長してでも、やれることは全てやっておきたいんだよ」
咲「討伐の延長か……」
 
 一月で攻略することができない迷宮ならば、月をまたいでその迷宮に居続けることもできる。ただ、その場合はとてつもない疲労感が一同を襲うわけだが。
 
咲「でもいいのか? 牽を置いてきたままだろう」
 
 福助は先ほどからずっと息苦しそうにしている。そもそも戦いがあまり好きではないのだろう。それならば、牽を連れてきたほうが良かったのではないか。

瑠「人は成長する時期によって、能力の伸びる割合がずいぶんと変わってくるんだよ」
咲「ふむ……」
瑠「大雑把に分けると三通り。年を取るにつれて、体、技、心という順番で伸びやすい能力値が推移してゆくのだけれども」
 
 ちなみに今の牽と福助は3ヶ月才。もっとも『体』の能力値が成長する時期だ。
 
瑠「体はもちろんもっとも大事な能力なのだけど、だからって技をおろそかにしてはならない。せっかくの双子なのだから、役割も使い分けなきゃね」
咲「だから、成長する時期をわざとずらす、ということか」
瑠「そういうこと。もっと言えば――6ヶ月才から11ヶ月才までの6ヶ月間。幼年期後半から青年期前半までの6ヶ月間。そこがもっとも、心技体の三能力が効率良く成長する時期なのさ。補足すると、その個人の成長傾向によっても、成長時期は変わってくるから、一概に6ヶ月が最高の進歩を期待できるかというと、そうではないのだけど……」
咲「ああもうわかった、つまりは」
 
 咲也が瑠璃の言葉を遮る。このままだと、いくらでも喋ってしまいそうな勢いがあったからだ。

咲「福助は前衛、牽は術師として育てる、ってことだろ?」
瑠「ま、そうだね」
 
 咲也は福助の背をぽんと叩く。

咲「だってよ。せいぜい兄さんを守ってやんな、福助」

 福助は大きなため息をついた。
 
福「僕ごときに守られないと生きていけない人なんて、結局みんな死んじゃうと思いますけど……」

咲「なあ、後ろ向きな性格が前向きに変わる成長時期とかはないのか?」
瑠「残念ながら、あたしの知識には入っていないかな」

“瑠璃”は苦笑していた。それはとても珍しいことだった。
 
 
 
 相翼院、天女の小宮にて三人は戦い続ける。
 天女の小宮右三~四。そこが<お雫>を落とす燃え髪大将の出現する場所であった。
 
 雪の降る相翼院は、火術のダメージ量が減少しており、それは一族にとって有利に働いていた。
 しかし戦い続けるも、一向に術書は落とさない。
 
 途中、<武人>を重ねがけされた燃え髪大将の一撃により、福助が体力の半分を奪われるという事態があったものの、それほど苦戦をすることはなかった。
 
 最後の最後で目的のひとつである<陽炎>の術書を入手するも、瑠璃の顔は晴れなかった。

瑠「仕方ない、もう一ヶ月だよ」
 
 
 というわけで、延長戦の開始である。
 この時点で、全員の技力は半分を下回っていた。
 
 
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by RuLushi | 2011-12-26 19:42 | 初代当主・瑠璃
1018年12月前編
<咲也の子>

 12月の寒さ厳しい交神の間。
 厚着をした瑠璃と普段着の咲也だ。

瑠「すごいなー、さくちゃん、よく寒くないねえー」
咲「なんかな、慣れてきたんだよ。色々と……」
イ「なんだか重みがありますねえ」
 
 どてら姿のイツ花も、鼻をすすってやってくる。
 その格好は妙に似合っていた。
 指先を袖の中に埋めたまま、イツ花はぱちぱちと手を鳴らした。
 
イ「椿姫ノ花連さまから、新しいご家族を預かって参りました! おめでとうございます!!」
 
 咲也は一瞬だけ緊張する。
 
イ「女のお子様です」

 思わず咲也は瑠璃を見やる。瑠璃は「?」を頭の上に浮かべていた。
 
『あたしが求めるのは、<円子>を扱える『女性』の『拳法家』。その子が誕生したとき、荒神橋一族の戦い方は劇的に変わるのさ』

 彼女はそう言っていた。
 ついに、揃ってしまったのだ。
 
 何もかもが“瑠璃”の手のひらの上で踊っているようだった。
 
イ「でも性格は、豪快そのもの!!」
咲「……豪快?」
 
 なんだろうか、その咲也にも花連にもない要素は。
 がらり、と戸が開いた。 
 

 「よう、初めましてだ」

 
 肌は白く、目の色も青。髪までが青だが、そのうちの一房が白い。
 髪を短く刈り込んで、まるで男の子のようにキラキラと目を輝かせていた。
 
咲「女の子か……」
 
 いくつか考えていたものの、女性の名前はひとつも思い浮かばなかったのだ。
 咲也が困っていると、瑠璃がニコニコと箱を手渡してきた。
『命名箱』だ。
 
咲「……仕方ない」
 
 なんとなくこのまま、『命名箱』による名付けが定例となってしまいそうで恐ろしかったが、やってきたばかりの少女をいつまでも待たせておくわけにはいかないだろう。
 紙を引く。
 
 
 少女の名は『晴海(はるみ)』。
 水の属性を色濃く残す彼女には、よく似合うと思われた。
 
晴「いい名前じゃねえか。気に入ったぜ、父ちゃん」
 
 晴れ渡った海のように、爽快に笑う。
 気持ちの良い笑い方だ。
 
 瑠璃は顔の横で両手を組んで、身悶える。

瑠「はー……ついに、一家に新しい女の子かぁ……」
 
 まだ鼻血は出ていないが、耳まで赤く染まっていた。
 夢見るような瞳で、瑠璃は晴海を見つめる。

瑠「これでついに……いっしょに、おふろに……」
咲「ああ、そういうことか……」
 
 ずーっと言っていた瑠璃の夢がようやく叶うのだろう。
 
瑠「ねえねえ……ふうふふふ……晴海ちゃん、さっそく、瑠璃さんとお風呂に入りましょうかぁ……ふうふふふ……」
 
 変質者さながらの顔で近づく瑠璃が、この屋敷の当主なのだ。
 晴海は少年のように笑う。

晴「いいぜ、“おばあちゃん”!」

 咲也は思わず腰が砕けてしまいそうになった。
 自分とわずか4ヶ月しか年の変わらない瑠璃が、婆呼ばわりとは。
 
 しかし、瑠璃はこの上なく嬉しそうだ。

瑠「わーお、やったー! 晴海ちゃん大好き大好きー! ちょう萌えるー!」
晴「そんなことを言われちまうと照れるぜ、はっはっは」
 
 抱きついてくる瑠璃を撫でる晴海という姿は、どこからどう見ても逆だろう、と咲也は思っていた。
 

 
 

<念願のお風呂>

 晴海を連れて、瑠璃は昼風呂へとやってきた。
 とんでもなくウキウキしている。
 
瑠「さーてー、晴海ちゃん……ふうふふふ……ヌギヌギしましょうね、ヌギヌギ……」
晴「お、おう」
 
 見えない圧力を感じたのか、晴海はなにやら固まっているようだ。
 その間に、瑠璃は手早く晴海の着ているものを脱がせてゆく。
 
瑠「イツ花さんは『わたしは身分が違いますからァ』って言って、一緒に入ってくれなかったし、さくちゃんは恥ずかしがり屋だし、けんちゃんふくちゃんも嫌だっていうしー」
晴「寂しい思いをしていたんだな、おばあちゃん」
瑠「そんなことはないよ。あたし毎日とっても楽しいんだから」
 
 裸になった瑠璃は、晴海の後ろに回り、幼子の肩を押す。
 暖気の篭った浴室には、湯気が立ち込めており、それはまるで幸福の香りのようだった。
 
晴「おお、これが下界の風呂ってやつか」
瑠「そうだよー。まずは身体をキレイキレイしましょうね」
 
 瑠璃が晴海を洗い場の風呂桶の上に座らせると、彼女は手ぬぐいに石鹸をつけ、晴海の肌を丁寧にこすってゆく。
 晴海は時折身悶える。

晴「なんだかくすぐったいぜ」
瑠「晴海ちゃんの肌はどこからどこまでもすべすべだねえ……陶磁器みたいにつるつるしてて……」
晴「おばあちゃんの手だって、晴海とあんまり変わらないんじゃねえか?」
瑠「ああ、ホント萌えるよ、晴海ちゃん……がぶ」
晴「――!?」
 
 なにを思ったか突然首筋に噛みつく瑠璃。晴海は驚いて振り返りながら後ずさりした。真っ赤な顔で首を抑えている。

晴「い、いきなりなんだ!? なにしやがるぜ!」
瑠「いやあなんか、美味しそうに見えちゃって」
 
 あはは、と笑う瑠璃。もう大丈夫だから、とぽんぽんと風呂桶を叩く。晴海は顔をしかめて、渋々と元の位置に戻る。

晴「びっくりするぜ、まったく……」
瑠「じゃあ今度から許可もらうよ。食べていい? って」
晴「基本的にはダメだぜ!」


 湯桶で泡を洗い流すと、ふたりは檜の浴槽に浸かる。お湯がわずかに溢れ、洗い場の上を滑り落ちる。
 
 
晴「うおっ」
 
 と、瑠璃の胸によりかかっていた晴海が、唐突に身を引いた。

晴「な、なんだかチクッとした!」
瑠「え? あ、なんだろ?」
 
 瑠璃が右手を挙げると、窓から差し込む光に照らされて、きらりと指輪が輝いた。
 当主の指輪だ。
 ゆっくりと指を近づける晴海。触れるか触れないかのところで、手を引っ込める。

晴「なんだか、触るとぴりって感じるな……」
瑠「へえ、そうなんだ。やっぱりなにか特別な力があるんだろうねえ。っていうのも、あたしもね」
 
 と、笑顔で話し出しそうになって、瑠璃は口元を手で押さえた。
 晴海が首を傾げる。

晴「どうしたんだぜ?」
瑠「えーっと……い、今から言うことは、女同士のヒミツだからね? 晴海ちゃん、誰にも喋っちゃダメだよ」
晴「いいぜ、任せておきな!」
 
 間髪入れずに親指を立てる晴海。なんとも男らしい笑顔だ。
 瑠璃もほとんど疑わずに、晴海の頭を撫でる。

瑠「この指輪をつけているとね、色んなことがわかっちゃうし、すごく勇気が出て、なんでもできるような気になっちゃうんだよ」
晴「すげえな、変わった道具なんだなー」
瑠「うん、とってもすごいんだ」
 
 瑠璃は自らの指輪を愛おしそうに撫でる。

瑠「全て、なにもかも、この指輪のおかげなんだ、ここまで戦ってこられたのは……でもその代わりに、さくちゃんにはたくさん無茶をさせちゃったけど……」
晴「おばあちゃん?」
瑠「あ、ううん、なんでもないよ、大丈夫」
 
 瑠璃は笑みを、晴海にも向けた。

瑠「いつかはこの指輪は、晴海ちゃんのものになるんだから……お願い、大切にしてあげてね」
晴「もちろんだぜ」
 
 湯に濡れた手で瑠璃は晴海の頬を撫でる。

瑠「……ごめんね、晴海ちゃん……ごめんね……」
晴「ん、んん?」
 
 晴海はどうして瑠璃が謝っていたのかわからず、首を傾げる。
 それどころか、瑠璃の言葉がつまりはどういう意味を差すのか。このときの晴海はまだほとんどが理解できていなかったはずだ。
 

 一年後かに、もしかしたら思い出す時があるのかもしれない。
 

 次代の当主を約束された少女、晴海。
 彼女の物語は、ここから始まるのだ。
 
 
 
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by RuLushi | 2011-12-23 21:50 | 初代当主・瑠璃
1018年11月後編


<牽と福助>


 初陣だなんて、楽しみだなあ、と剣士は思っている。

牽「荒神橋のために、この力が役に立つのなら、僕が生きている意味こそあるってものですよ!」

 一方の福助。
 初陣だなんて、もう帰りたい、と薙刀士は思っている。

福「荒神橋のためだなんて、こんな僕が役に立つわけないじゃないですか……足手まといに決まってますって……」

 良い兄であろうと思っていた咲也であったが、陰気だけではなく、陽気なだけの男もなかなかに鬱陶しいな、と思っている。

咲「なあ、牽、福助」

牽「なんですか!」
福「な、なんですか……」 
 
 彼らは一緒にいる場合、ほとんど同時に喋ることが多い。
 さすが双子だけあってなにか通じるものがあるのかは知らないが、それならばどうして反応が真逆なのだろう。
 せめて性格もまったく同じなら、扱い方もあったろうに。

咲「お前たち、どうしてそうなったんだ」
 
 咲也はいつでも端的に語る。
 ふたつの言葉が必要ならば、ふたつ。十も必要ならば、黙っている。それが幼い頃から瑠璃とイツ花という二大お喋り女王に囲まれた咲也の自衛策であった。
 しかしこの場合のそれは、ふたりの弟に圧迫感を与えてしまった。
 
牽「どうしてって」
福「どういう……?」
咲「同じ親、同じ環境で育った双子なのに、こんなことはありえるのか?」
 
 牽と福助は顔を見合わせた。
 口を開いたのも、同時だった。

牽「実は父さんが」
福「変わった方でして……」
牽「良い意味で、良い意味でね!」
福「完全に悪い意味で、です……」

咲「……なんだそれ」
 
 咲也が瑠璃を見やる。
 瑠璃は太刀を肩に担いだまま、頬の血を拭っていた。こちらの視線に気づいてはいるだろうが、なにも言ってこない。

牽「父さん、陰陽児中っていう神様なんですが」
咲「知っているよ」
 
 奉納点539点の火神だ。
 さらに“瑠璃”曰く「四分の一の確率で双子が産まれる、リーズナブルな神様」とのこと。
 
福「その、左右で身体の文様が違うんです……」
咲「交神表で見たことがあるな」

『陰陽児』の名の通り、陰と陽を司っている神らしい。

牽「めちゃめちゃ明るいときと、そうでもないときがあるんですよねー」
福「めちゃめちゃ暗いときと、そうでもないときがあるんです……」

 笑う牽と俯く福助。
 咲也はこめかみを押さえる。

咲「つまり、それはあれか。そんな親に育てられたお前たちは、見事なまでに性格を継承してしまったというわけか」
牽「ありがたいことに!」
福「ご迷惑なことに……」

 なるほど、親の教育の賜物というわけだ。
 わかったところで、どうしようもないが。
 
咲「足して二で割れれば、ちょうどいいんだな」
 
 と、ぼそりと言ったところで、反応も両極端。

牽「それ面白いですね! 最高です、咲也兄さん!」
福「……それ、寒気がしますよ……最低です、咲也兄さん」


 咲也はうめく。

咲「めんどくせえ……」

 父親のように、身体を真っ二つにして繋ぎ合わせてみれば、もしかして性格もまともになるのではないだろうか。
 その妙案は、最後の手段に取っておこうと思う咲也だった。

 



<福助の素質>


 その門をくぐったところで、瑠璃が「おや」と首を傾げた。
 
瑠「鬼が復活しているじゃないか」
咲「……そう、みたいだな」
 
 咲也は鼻を鳴らしてうなずく。
 獣の臭いにも似た邪気が渦巻いているのが、わかるのだ。

 瑠璃は腑に落ちない顔で、刀の鯉口を切る。

瑠「……前回に討伐したのは、4月。でも今はまだ、11月。あれから7ヶ月しか経っていないのに、おかしいな」
咲「倒した鬼が生き返るなんてな……」
瑠「いや、問題はそこじゃないんだよ。彼らはもともと一年経てば蘇るように作られていてね。1月になれば倒したほとんどの強敵が復活するはずなんだけど……」
 
 瑠璃は「まあいいや」と前に歩み出る。

瑠「年に何度か蘇るようになったのかな。これについてはちょっと調査が必要だけれど、今は軽くあしらっちゃうとしよう。怖くはないかい? 牽、福助」
 
 様子の変わった母親を、牽と福助はさほど気にしていないようだった。父親が父親だったからだろう。
 
牽「怖いですよ! でも、やらなきゃいけないことですから!」
福「別に怖くはないです……死んだら、そこまでのことですし……」
 
 そこで福助は構え、牽は震えていた。
 瑠璃は意外に思う。
 遺伝子の伸びは――ほぼ同一ながらも――わずかに牽のほうが上回っていたからだ。
 だが戦いとなると、今は福助のほうが一歩先を歩いているようだ。

福「僕は僕のできる限りのことをするだけです……どうせ、役には立たないと思いますけど……」
 
 言いながらも、福助はしっかりと相手を見据えている。
 期待も希望もない代わりに、役目をしっかりと果たす。

 どうやら福助は良い薙刀士になるかもしれない。瑠璃はそう思った。
 
 
 瑠璃と咲也が初陣で挑んだ七天斎八起だ。
 苦戦する道理などどこにもない。
 七天斎八起はたやすく闇へと沈んでゆく。
 



<九重楼、疾駆>

 七天斎八起を討伐した時点で、残りの火はあと四つ。
 初陣の牽と福助のために、道中の首切り大将を始末していたため、時間がかかりすぎたのだ。
 
瑠「急ぐよ」
 
 速風の御守を握り締めて念を込めれば、呪符は瑠璃の手の中で燃え尽きる。それとともに、四人は風の護りに包まれた。たった15秒の間だけ続く術法だが、今は貴重な効果だ。
 
 九重楼を駆け上る。
 
 しかし鉄クマ大将や紅こべ大将に行く手を阻まれて、思うようには進めない。
 戦闘中にも瑠璃は時計を眺めて、歯噛みする。

瑠「ついに赤い火が……!」
咲「どこにあるんだよ、その指南書は……」
瑠「拳の指南を持つ紅こべ大将は、九重楼の四階にいる、はずだよ」
 
 瑠璃の焦りが一家にも伝播してゆく。
 
咲「はずってなんだよ」
瑠「……とにかく、今は駆けるしか」
 
 三階を駆け上り、四階へと到着する。
 
牽「は、はやいですよ……」
福「ぜぇ、ぜぇ……」
 
 ふたりの息子を置き去りにし、瑠璃は刀に手を当てながら壁と壁に区切られた狭い楼閣を走る。
 
 見えた。紅こべ大将だ。
 赤い火は徐々に消えてゆく。
 
瑠「貰った!」
 
 視界に入った紅こべ大将に、瑠璃は斬りかかった。
 やつが指南書を持っていなければ、そこで時間切れだ。もう間に合わないだろう。
 
 一太刀浴びせ、怯んだ紅こべ大将の顔面を踏みつける。
 奇怪な叫び声をあげる鬼に、瑠璃は当主の指輪を突きつけた。

瑠「寄越しなさい――」
 
 衝撃波が放たれ、紅こべ大将の身体は四散した。
 
 
 円形に赤い血の広がる床の中央に、三つの宝物が転がっていた。
 そのうちのひとつ。
 
 瑠璃は肩で息をしながら、それを掴み取る。

瑠「……はぁ、はぁ……」
咲「それは……」
 
 追いついてきた咲也に振り向き、瑠璃は口元を歪めた。

瑠「間違いない、『拳の指南』だ」
咲「本当にか……」
瑠「これで、咲也の子供を迎える準備ができたね」
 
 よろよろと駆け寄ってくる牽と福助に、瑠璃は大きく手を振る。
 
瑠「牽、福助! 目的の品は手に入ったよ! やったね!」
 
 彼女は、“瑠璃”は牽と福助を抱いて、満面の笑みを浮かべていた。
 咲也は、まるでなにもかもが“瑠璃”の思い通りになっているような、そんな気がしていた。
 
 
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by RuLushi | 2011-12-20 23:06 | 初代当主・瑠璃