ルル師のRPプレイ日記=俺の屍を越えてゆけ編(PSP版)=
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近代ゲームの語り部です。 PSソフト"俺屍"ブログ、リセット禁止でやってました。11/11/24より、PSP版俺屍プレイ日記始めました。今度は5年もかからなければいいな、と思います。
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 こちらは俺屍のプレイ日記を小説風に綴ってゆくブログです。
 ただいま、“PSP版俺の屍を越えてゆけ”のプレイ日記を行なっております。
 荒神橋一族の物語は『1018年4月~』より、お楽しみくださいませ。 
 
 
※前作、約五年続いたPS版俺屍のプレイ日記はこちら、
はてしない物語=壬生川家、かく戦えけり=
 合わせてお楽しみください。
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# by rulushi | 2014-12-31 17:42
1019年12月前編
 
 
 先月の終わりに起きた、都を揺るがすほどの大事件は、ふたつ。
 数多くの神々が解放され、天界へと昇っていったこと。
 そして、京を取り囲むように新たな迷宮が出現したこと。
 
 武士たちにとって関わりが深いことは、さらにふたつ。
 朱点童子を……いや、正確には今まで皆が朱点童子だと思い込んでいた鬼を、荒神橋一族が見事に打ち倒したこと。
 そして、武士団を率いていた男――高辻勲が討ち死にをしたこと。
 
 高辻一族当主・勲の葬儀はしめやかに行なわれた。
 そこには、都を守護するあらゆる地位の武人、文官が参列していたという。
 若いふたりの武家当主も、いた。

絹「……」
直「誰か探しているのか? 絹子」
絹「……いえ、別に」
 
 寺の中から響いてくる念仏を聞き流しながら、七条家現当主・絹は長い髪を抑えて、身を翻した。

絹「帰る。羅城門の番を交代しないと」
直「いやいや、これから出棺だよ。化野まで護衛するのも俺たちの仕事だろ」
絹「直哉くんがいればいいじゃない」
直「お、おい……ったく」
 
 頭をかいて、六波羅直哉は絹の背を見送る。
 空を見上げる。遠く火葬場では、遺骸が煙となって空に立ち上っていた。あれは、今は決して途絶えることのない火だ。

 荒神橋一族は最後まで現れなかった。
 
 
 
 
 ~~
 
 
 帰還した荒神橋一族を待っていたのは、イツ花の場違いなほどの笑顔と、豪勢な食事だった。しかし、牽と福助が背負ってきた重傷の晴海と真琴を見て、イツ花は血相を変えた。

イ「と、当主さま! 真琴さままで!」
 
 さすがに空気を読んだイツ花は、慌てて医者を手配した。牽も福助もすぐに泥のように眠り、せっかくの食事も無駄になってしまった。
 命に別状はなかったのが、不幸中の幸いだった。
 そう、被害はなかった。命には。
 命だけには。
 
 
 ~




<都にて>
 
 
絹「あら」
福「……君は」
 
 都の往来。福助は偶然、あの大江山決戦をともに戦った少女と鉢合わせした。
 彼女は薙刀士の戦衣装に身を包んでいたため、すぐにわかった。一方、福助は身軽な外着だ。絹が自分を見つけたのは偶然ではないかもしれない。
 
福「七条絹子さん……だったかな」
絹「絹です。絹子って呼んでくるのは、直哉くんだけよ。まあ、呼びたければそれでもいいけれど」
福「いや、遠慮しておくよ、七条さん」
 
 目の下にはクマが浮かんでいて、絹の白い肌はまるで幽鬼のように青白い。大江山で感じた儚げな印象は、今は悪い意味で病的だった。
 偽物の朱点童子を退治してから、二週間。きっと彼女も色々あったのだろう。色々と。

絹「それよりも、すぐにわかるわね」
福「なにがだい?」
絹「あなたたち。どんなに遠くからでも、すぐにわかるわ」

 絹は自らの髪を指でくるくると弄ぶ。言われて、福助も「ああ」と気づいた。確かに、自分たち一族の髪の色は、常識では考えられない彩色をしている。

絹「おかげでこっちも、探す手間が省けて助かるけれどね」
福「……僕たちに、なにか用だったのか?」
絹「まあ、そう。回りくどいのはあんまり好きじゃないから、さっさと本題に入るわ」
福「そうだな。こっちはあんまり時間を自由に使えない身だ。助かるよ」
 
 行く先も聞かず、絹は福助の横に並んで歩き出す。
 いつもはもっと賑わっているだろう通りは、人の姿が少なかった。昨今の凶変に、もう民は疲れ切っているのだ。
 そしてそれは、絹も同じように見えた。

絹「都の武士をまとめていた高辻勲が亡くなったことによって、武士団は分裂したわ。高辻家の跡を継ぎ、鬼を根絶やしにするつもりでいる烏丸家。それに都と民の安全を第一に掲げる六波羅家。さらには、この機会に上流貴族に取り入ろうと目論む武士たち。争いは大内裏の中だけではなく、この都にも及んでいるの」
福「……そうか。だけど、別にそれほど異常なことではないと思う」
 
 人間はそういうものだ、と思い、福助は改めて己の思想に気づく。自分だって人間だ。そのつもりだ。
 
絹「まつりごとでは、遷都の案も出ているそうだわ。この現状で可能か不可能かは別としても、海を渡って逃げるつもりの貴族もいるそうよ。混乱に陥っている京を狙って、各地の豪族たちも動きを見せたというしね。一条家は人との戦の準備をしているわ。こんな時勢なのに」
福「……」
絹「あなたたちも無関係ではないのよ。荒神橋家」
福「関わり合いがあるようには思えない。先祖さまの代では有力な武士で、大江山のときはきみたちにも世話になったけれども、それとこれとは別じゃないのかい。今の僕たちはとても政治に付き合っている暇はないよ」
絹「武士や貴族は、朱点童子を葬り去った荒神橋一族の武力を高く評価しているわ。恐れているといっても過言ではないの。あなたたちがどう転ぶかによって、都の命運が決定するのだと信じ切っている」
福「その手の話は、さすがに僕でもうんざりするな……」
絹「誰が見ても、あなたたちの力は危ういものよ。自覚はしておいてほしいのだけど」
福「悪いね。僕たちも自分のことで精一杯なんだよ」
 
 福助は苛立たしげにつぶやく。
 この通りを進めば、もう少しで荒神橋家に着く。絹はどこまでついてくるのだろうか。そう思った矢先、絹は立ち止まった。

絹「わたしたち七条家が、あなたたち荒神橋一族の監視を承ったわ」
福「……それは」
 
 福助もまた足を止め、振り返る。絹は髪を指で耳の後ろに流しながら、目を逸らす。

絹「荒神橋一族に怪しい動きがあった場合は、すぐに報告する手はずになっているの。できればわたしも、あなたたちにそんな無駄な時間を使わせたくはないわ。どうか、行動は慎重にしてちょうだい。お願いよ」
福「……それはきみが与えられた任務だろう。そんなことを僕たちに話して、なにか家柄に得があるのかい」
絹「そうね。もし荒神橋一族の異常を見逃した場合、わたしは打ち首にされるでしょうけれど、そのことを憂いたあなたたちが少しは優しくなってくれるかもしれないわね」
 
 辺りに人影はない。荒神橋一族の屋敷に好き好んで近づきたがるものなどいない。
 恐らくだが、七条絹はかなりの貧乏くじを引かされてしまったのだろう。福助は後頭部に手を当てる。

福「……僕たちは、高辻勲を救うことができなかった。きみは僕を恨んでも仕方ない。それなのに、どうしてそこまでしてくれるんだ」
絹「ふふ」
 
 そこで絹は小さく声をあげて笑った。目を細めたその顔は、妙に年頃の少女らしく見えた。

絹「心配性って言われるでしょう、あなた」
福「……いや、それは」
絹「誰が味方で誰が敵かもわからないこんな時代で、ひとりぐらいあなたたちの味方がいたって構わないでしょ。それに、早い段階で恩を売っておけば、利子は高く付くものだわ」
福「きみの本心なのかい、それは」
絹「そう思っていてくれて構わないわ。ああ、そうそう」
 
 戸惑う福助に構わず、絹はこちらに歩み寄ってくる。

絹「一条家が高名な刀鍛冶を呼び戻したそうなのだけど、彼は人を斬る刀を打つことができないそうなのよ」
福「……人を斬れない刀? そんなものがあるのか?」
絹「わからないけれどね、訪ねてみたらどうかしら。きっと、あなたがたの力になってくれると思うわ」
福「役に立つのかな」
絹「多分ね」
 
 絹はその名を告げる。

絹「鍛冶屋の名は剣福。彼が打つのは、“鬼だけ”を断つ剣……だそうよ」
 
 覚えておくよ、と応えて福助はその場から立ち去る。
 今度は絹も追いかけてはこなかった。
 彼女の好意はありがたかったが、今はまだ役立てることはできなさそうだった。
 
 荒神橋家は、まるで無人のように静まり返っていた。
 
 

 
「一ヶ月間、休養しよう」と、牽は言った。
 それは決して最良の判断とは言えなかっただろう。だが、そのときは他に選択肢はなかったのだと、福助も認めていた。

 
福「ただいま」
 
 屋敷の居間を覗くと、そこには誰もいなかった。浴室から物音がするのは、牽か真琴か。
 福助はため息をついて、その場に座り込む。漢方の店を巡ってみたものの、効果がありそうなものは見つけられなかった。ダメ元で探してみたのだが、やはりうまくいかなかった。
 
牽「帰っていたのか」
 
 そこに牽がやってきた。気の緩んだ顔だ。福助はわずかに眉を寄せる。

福「お前、どこをほっつき歩いているんだ……サボるための休養じゃないんだぞ」
牽「さ、さすがにそれは僕を見くびりすぎじゃないかな……ハハ……」
 
 福助の向かいに座り、牽は机に頬杖を突く。

牽「いやあ、晴海ちゃんの看病をしていたんだけどさあ」
福「……そうだったか。悪いな、誤解して」
牽「はは、別にいいって、いつものことだし」
福「それでどうなんだ? なにか、変わったことは」
 
 牽は肩を竦める。

牽「まあ、とりあえずは様子見、かな。晴海ちゃんがもう一度自分で立ち上がろうとしない限り、僕たちにできることはあんまりないし」
福「ずいぶん簡単に言うんだな、お前は」
牽「福助はあれこれ考えすぎ。なるようにしかならないじゃん。もちろん、可能な限り支えていくよ」
福「……僕は、一ヶ月間も、なにをすればいいのかわからない」
 
 福助はそう言って、肩を落とす。自分の無力感を歯がゆく思い、内々へと責めてしまうのが彼の悪いところだ。
 それを調整するのは、牽の役目である。

牽「新しい術書も取ってきただろー? 暇だったら稽古でもしてればいいじゃない。あ、たまには真琴の勉強を見てやってくれてもいいぞ?」
福「真琴さんか……そういえば、彼女はどうしているんだ?」
牽「さっきまで部屋にいたけどね。今はイツ花さんに付き添ってもらって、お風呂に入っているんじゃないかな。割と毎日楽しそうに過ごしているよ」
福「怪我はもういいのか?」
牽「さてね。時々両腕をさすっていることもあるけれど、本人は心配要らないって言っているよ」
福「その言葉を、そのまま信じるのか?」
牽「真琴はちゃんとものを言えるから、大丈夫大丈夫」
 
 朗らかに笑う牽。福助は言葉には出せないもやもやを胸の奥に募らせる。
 牽は伸びをしながら、立ち上がる。

牽「さってと、僕もちょっと身体を動かしてこようかな。福助も道場に行く?」
福「いや……僕は、遠慮しておく」
牽「そっかそっか。あんまり思い込むと、福助まで身体壊しちまうからね。ほどほどにしろよー?」
福「……ああ」
 
 牽を見送り、福助はため息をつく。
 これでいいのだろうか、と思う。
 牽は全てを時が解決してくれると思っている。だが、本当にそうだろうか。
 焦燥感が、福助を焦がす。
 

 しばらくひとりで考えていると、今度は焼けた肌の少女が現れた。
 両腕に包帯を巻いた、お風呂上がりの真琴だ。福助を見て、「おかえりなさい」と告げてくる。

福「あ、真琴さん。体調はもう良いのか?」
真「はい、おかげさまで。今は痛いというか、かゆいですね」
 
 まとめた髪のうなじから、拭き取りきれなかった雫が流れ落ちている。
 たった一ヶ月の間に、ずいぶんと大人びたような印象を受ける。背も伸び、体つきも先月よりもずっと女性らしくなったようだ。
 
真「で、どうなんですか」
福「え? なにがだい」
真「とぼけているつもりですか。晴海サマの容態ですよ」
福「……ああ」
 
 それに、少し落ち着いてきた気もする。
 まだわずか5ヶ月才なのに。

福「そうだね、良くはないよ。一ヶ月休んでも、また戦えるようになるかどうか……」
真「ふーん。やばそうですね」
 
 真琴は牽と同じように机に頬杖をついていた。
 こういう風に、何気ない仕草で父娘なのだと感じ取れる瞬間も増えてきた。
 きっと真琴は嫌がるだろうが。

真「呪い、解けませんでしたよねえ」
 
 真琴は窓から覗く空を眺めながら、つぶやく。

福「……そうだね」

 幼き少女が未来を奪われたとき、彼女は一体なにを思うのだろうか。
 真琴の瞳は物憂げだった。

真「まあ、種絶のほうは別にいいんですけどね。どうせ神様でもない男の人とお付き合いしても、退屈なだけでしょうし」
福「そりゃあ、人間にはできることにも限度があるからね……」
真「でも、短命の呪いは、ちょっと嫌ですよねえ」
福「……ちょっと、か?」
 
 自分ですらまだ気持ちの整理がつかないというのに。
 福助に追求されると、真琴は少しだけ困った顔をして。

真「そりゃー色々思うところはありますけどねー……でも、こうなっちゃったものは仕方ないですよ。だから、もうこだわらないことにします」
福「そうか……」
 
 牽と似ているようで、彼女の考え方はより現実的だ。直面した事態に対し、夢想を限りなく排除している。
 もちろん、表向きは、だ。
 
真「……空、綺麗ですねー」
 
 真琴はそうつぶやいた。
 彼女がなにを考えているのか、福助にはもうわからない。
 この先もきっとわからないだろう。
 なんとなく、そんな気がした。
 
 
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# by RuLushi | 2012-10-30 09:02 | 三代目当主・晴海
貞光とほたる
 
 ごきげんよう、るるしです
 
 このたび、Twitterで懇意にしていただいておりますさなぎいろさん家のすずのやさまに、
 ファンアートを書いていただきました!
 
 それがこちらです!
 
 スッテキー!
 
 数多い父娘の中から、貞光さんとほたるさんを描いていただきました!
 髪に挑みながらも、激動の半生を送ったふたりの一瞬を切り取ったワンシーンですね
 様々な問題が浮上する中、ほたるさんはわたしにとっても癒しでしたね
 
 ではでは、本当に、
 すずのやさま、ありがとうございましたー!
 
 
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# by RuLushi | 2012-09-09 04:59 | 挿絵について
1019年11月第9編
 
 
 牽と福助が武器を構えて前に出たのは、ほとんど無意識の行動だった。傷だらけにも関わらず彼らは、もう満足に動くことのできない少女たちをかばおうと思ったのだろう。
 朱点童子は水車のように笑い続けている。
 
 
 クククククククククククククククククク、ククククククククククククククククククハハハハハ、
 ハハハアハハハハハハハハハハハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ

 
 
  「あーあァ……ったく、余計なことをしちまってよォ……」
 
 笑い声が途切れて、その瞬間、朱点童子が立ち上がる――
 
 
 
 ――かと思えば、鬼は奇妙な踊りを始めた。
 身体を揺らしながら、前後左右に足を動かす。まるで千鳥足のようだ。
 一体何の真似か。
 
福「な、なんだ……?」
牽「僕にわかるかよ……!」
 
 すると、
 ずるりと、朱点童子の皮が剥けた。
 まるで脱皮したように見えた。朱点童子だったものは脱ぎ捨てられて厚みを失い、代わりにそこにはひとりの人間が現れる。
 こちらに背を向けた裸体。それは、少年のものだった。
 一族は皆、事態についていけない。
 少年は振り返ってくる。
 紅顔の美少年。赤髪で白い肌。細身ながら筋肉のついたしなやかな肉体。彼の顔を、一同は知っていた。
 
 少年は、あの浮遊霊――黄川人だった。
 
晴「……なんで?」
 
 立ち上がれずにいたまま、晴海は呆けた声を漏らす。
 黄川人は柔和な笑顔を浮かべていた。

黄「ンー……っと、こんちわ」
 
 大きく伸びをした後で、まるで道ですれ違った時のように、黄川人は気軽に片手を挙げた。
 そのいつも通りの仕草こそが、不気味だった。牽が問いただす。
 
牽「お前、どうして」
黄「アハハハ」
 
 その言葉に、黄川人はまるで冗談を笑い飛ばすように哄笑した。
 
黄「なにを言っているんだい。君たちがこいつの中から、ボクを助け出してくれたんじゃないか」
晴「……あ……あ、ああぁ……」
 
 唐突に、晴海は頭を抑えた。
 そのまま地面に膝をついて、うめく。
 
福「ど、どうした、晴海さん、どうした!」
晴「ああああああ……」
 
 肩を揺さぶられながらも、晴海の顔色は蒼白だった。
 頭が痛い。こめかみを刀でえぐられているようだ。
 そんなことが。
 まさかそんなことが、あるなんて。
 なにかが、魂が封じ込めていたはずの大事ななにかが決壊してしまう。
 
 それはまさに、終焉だった。
 ドブ川のような臭いがする。
“真実”は、大江山の頂上で腐っていたのだ。

 晴海はまぶたの裏でヴィジョンを見ていた――


 ――同時にいくつもの光景が流れてゆく。
 ――燃え盛る都、炎上する家々。逃げ惑う住民、追いかける武士。飛び交う悲鳴、血が辺りを染めてゆく。
 ――ヴィジョンのひとつは滅びゆく町を描いていた。見覚えがある。ここは大江山京だ。戦渦に巻き込まれた都だった。
 ――やがて視界は収束し、ひとりの赤子が映る。泣き叫ぶ母親の手から奪われて、赤髪の子供は刺殺される。その“下手人の男”の顔まで、はっきりと見えた。
 ――黄川人はその赤子だ。徐々に冷たくなりつつある亡骸だった。
 
 かつて大江山京を襲った惨劇に、吐き気がこみ上げる。
 まさかこれが人の仕業とは思えなかった。
 
 ――他にも、ヴィジョンは様々な場景を映す。
 ――赤黒く脈動する“地獄”のような塔の中。少年・黄川人の前で倒れている女性。折れた刃を地面に突き立てて、憎悪の目で黄川人を見つめている男。満身創痍で黄川人と斬り結びながら、雄叫びをあげる少年。泣きながら仲間の死体にすがりつく少女。その背を踏みにじる黄川人。黄川人。黄川人。黄川人。
 ――死。死。死。死。数えきれないほどの、一族の
 
 
 立ち向かう一族の記憶と感情の津波が、晴海の心を飲み込んだ。
 それはたったひとりの少女では決して受け止め切れないほどの、激流だった。
 一個の人格など、たやすく流される――
 
牽「ど、どうしたんだよ、晴海ちゃん!」
福「しっかりするんだ!」
 
 双子の声など、到底届かず。

晴「あ、ああ……ああ……」
 
 忘我の淵で、晴海はいつの間にか涙を流していた。
 その表情こそが名付けるのならば、まさに“絶望”そのものだ。
 
 彼女は理解してしまったのだ。
“本当の朱点童子”が誰なのかを。
 

 露知らず。

黄「さぁて、久しぶりのボクの身体だ。使い心地をまずは思い出さなきゃねぇ」
 
 黄川人は無邪気に笑い、役者のような芝居がかった所作で手を掲げた。
 滑らかで艶やかな細長い指を、ゆっくりと握り込む。
 遥か上空で、なにかが炸裂する音が響いたような気がした。
 すると、その途端だ。
 まるで目を覚ますかのように、朱点閣が震動を始めた。
 
 誰よりも早く動いたのは、福助。彼は事態の把握よりもその収拾を図る。
 黄川人に薙刀を突きつけ、詰問する。

福「……何をした」
黄「アハハ、そんなに怖い顔をしないでよ。ちょっとした“準備運動”だってば」
 
 首筋に刃を押し当てられながらも、黄川人は涼しげに福助を見やる。黄川人はいつの間にか、桃色の狩衣をまとっていた。
 気絶している真琴と錯乱状態の晴海は、きっと牽が守ってくれている。だからこそ、福助は踏み込んだ。薙刀を振るう。しかし手応えはなく、刃は空を切った。
 黄川人は空中に浮かび上がっていた。袖を羽ばたかせながら、優雅にこちらを見下ろしてくる。

福「貴様……!」
黄「実を言うとね、君たちには感謝しているんだ。なんせ、あんな図体がデカいだけの鬼の中にいつまでも閉じ込められたまんまじゃ、なにひとつできないからねェ」
 
 もう薙刀は届かない。その間にも、朱点閣の揺れはますます強くなってきた。埃が落ちてくる。いずれこのままでは、建物が崩壊してしまうだろう。
 
黄「ククク、アハハ! ボクは都の人間たちを絶対に許さない。これから始まるのは、人類の終焉だ。これからが復讐の本番さ! アハハハ!」
 
 そこにいるのはもう、大江山の麓で言葉を交わした少年ではない。

 鬼たちの総大将にして、百鬼夜行を率いる者。
 十万の人間の殺意と怨恨と憎悪をひとつの身体に押し込めた化け物。
 都を呪い、天の神々をも震え上がらせる死の皇子。
 
 ――朱点童子・黄川人――

 
黄「一人残らず、皆殺しにしてやる! 一人残らずだよ! アハハハ、アハハハハハ!」

 黄川人の笑い声とともに、朱点閣を支えていた柱のひとつが崩れ落ちた。
 新たな朱点童子は浮かび上がり、虚空に描かれた魔法陣の中に吸い込まれるようにして消えてゆく。
 天井は今にも落ちてきそうだ。黄川人を追っていた福助は諦めて転進する。
 
福「くそう! 手詰まりだ! 今は早くここを出よう!」
牽「ああ、僕は真琴を連れていく!」
 
 双子は得物も放り出して、それぞれ走り出す。精魂尽き果てて今にも倒れそうだとしても、彼女たちだけは守らなければならない。
 だが、足を進めた直後だ。福助の行く手を崩れた柱が阻んだ。反射的に手を伸ばすが、晴海に届くはずもない。
 
福「しまった、晴海さ――」
 
 叫ぶが、呼号は届かず。粉塵が辺りに立ち込めて、前も見えない。
 福助は顔を覆いながら倒れた柱をよじ登る。もはや飛び越えるだけの体力もなかった。
 柱の上に立つ。晴海がいるはずの場所に、天井の一部が落下してゆくのが見えた。
 
福「晴海いいい――!」
 
 
 
 
 天井が落ちてくる光景も、晴海にとってはヴィジョンのひとつでしかなかった。だから、それが現実だと気づくのが、少し遅れてしまった。
 瞳の奥で見た光景と同じように、自分もまた、死んでいった一族のひとりと同じようになるのだと思った。
 全てがゆっくりと流れてゆく。
 死は無価値だ。死はありふれていた。
 誰もが朱点童子・黄川人に挑み、死んでいった。何百人、何千人もの同胞が短命の呪いによって命を落としていったのだ。今さら、自分の死など――
 
 誰かに強く押されて、晴海はその場から弾き出された。落下した天井は先ほどまで晴海が座り込んでいた場所を、轟音とともに押し潰す。
 受け身も取れず、無様に転がった晴海は、力なく身を起こす。霞んだ視界で、見やる。
 武士だ。
 その男の名を、晴海は知っている。
 覚えている。
 
晴「……いさお……?」 

 高辻勲だ。 
 少しずつ、思い出す。
 彼は城の外で待っていたはずの勲だ。それなのに、どうしてここにいるのか。
 どうして、自分を助けたのか。
 
勲「朱点閣が崩れるのを目にしてな……なにがあったのかと加勢に来たが、このざまだ……」
晴「……」
 
 記憶が混濁する。
 
晴「どうして、あんなことを……」
勲「……晴海?」

 胃の奥がぎゅるりとねじれた気がした。
 晴海は這い、伏せたままの勲に迫る。

晴「なんで、人をあんなに殺していったんだ……あんな小さな、赤ん坊まで……!」
 
 晴海は泣いていた。
 初めはそれが何のことがわからず、突然の言葉に勲は面食らったようだ。
 だがすぐに、苦虫を噛み潰したような顔をする。

勲「……あれは、戦だったのだ。俺たちは武士だ。ならば、やらなければならないことがあった……」
晴「だからって、やりすぎだ……あんなの、あんなの……!」

 晴海は見たのだ。
 勲がかつて凶状に手を染めたその瞬間を。
 大江山京で行なわれていたのは、戦とも呼べないただの虐殺だった。
 
勲「わかっておる。源太も、捨丸も死んだ。もう皆、死んでしまったのだ。あの朱点童子を生み出したのは、まさしく俺達だ……俺も、償いをする」
晴「……勲、って、お前……」
 
 濃い塵埃が、次第に晴れてゆく。
 そして気づく。勲は瓦礫の下敷きになっていたのだ。晴海は呆然とした。勲の腰から下は、完全に埋まっていた。潰れているのだろう。
 
晴「今、助けて――」
勲「……いい、俺は助からん……」
晴「諦めるなよ! だって、晴海たちだって!」
勲「お前たちは、生きてくれ……この先も、ずっと……」
 
 勲は嘘のように穏やかな顔をしている。
 どうして。
 
勲「源太とお輪の仇を討ってくれて……かたじけない……」
晴「やめろよ、なに勝手に、納得して……」
 
 晴海は大粒の涙をこぼす。
 あまりにも多くの人々の死を目撃したため、もうなにがなんだかわからない。それでも知人を失うのはまっぴらだった。
 しゃくりあげながら、勲の手を掴む。
 引っ張ろうと力を込めるが、力が入らない。指が血で滑る。

晴「まだなにも、なにも終わってないんだ……これからなんだよ、勲……! 今、始まったばかりなんだ……! いやだ、そんな……」
勲「……れの……を……」
 
 勲の言葉は、そこで途切れる。
 彼はもう、なにも言わなかった。
 握り締めた手は力を失い、晴海は呼吸を止める。

 
 そこに福助がやってくる。

福「晴海さん! 無事か!」
晴「……」
福「今すぐに脱出を――」
 
 晴海の横顔は、まるでたった一晩でなにもかもを失った戦争孤児のようだった。
 遅れて、福助が気づく。勲が倒れている。
 その様子を見て、福助もまた、言葉を失ってしまった。
 晴海の声は、震えていた。

晴「勲が、晴海をかばって……だから、勲が……」
福「……今は置いていこう」
晴「そんな、どうして……福、一緒に……」
福「晴海さん、少しじっとしていてくれ」
 
 福助は強引に晴海を担ぎ上げる。晴海は抵抗しなかった。
 彼女の体温は暖かい。そうだ。晴海は生きている。今ここで、生きているのだ。

福(こんなことで、満足していられないんだけどさ……!)

 泣いてしまいそうだった。福助は強く目元をこする。強く。
 真琴を背負った牽が、大声で福助たちを招いていた。
 脱出した直後、朱点閣は凄まじい音を立てて崩れ落ちる。それはまるで、一匹の鬼の断末魔のようだった。

 
 
 その後、武士たちと合流してから、荒神橋一族は大江山を下った。
 彼らの足取りは、鉛の手足を引きずるようだった。
 
 決意し、合流し、山を登り、戦い、斬り。
 託されて、説得し、戦い、果たし、そして失った。
 
 本当に、色々のことがあった一ヶ月だった。
 本当に。
 
 
 本当に――
 
 
 
 
 
 ~
 
 
 
 
 
 荒神橋家にて、縁側に座って大江山の方角を見守っていたイツ花は、七色の輝きが天高く昇っていくのを見た。

イ「まぁ……あれは……」
 
 歓喜の声を漏らす。
 きっと、出陣した荒神橋一族は成功したのだ。
 彼らは勝ったのだ。
 遠い地にいる家族の無事を祝い、イツ花は手を叩いて喜ぶ。
 
イ「エヘヘ……これは、うーんとごちそうを用意して、待ってないといけませんね」
 
 顔をほころばせながら、イツ花は屋敷の中へと引っ込んでゆく。
 鼻歌を口ずさみながら、幸せそうな顔。
 踊るような足取りで――
 
 
 
 
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# by RuLushi | 2012-09-03 07:56 | 三代目当主・晴海
1019年11月第8編
 
 
 真琴が放った矢は、投石のような威力で朱点童子の頭部にぶち当たり、その巨体を揺らした。
 凄まじい攻撃力だが、連弾弓は一度では終わらない。真琴の手元で次々と光が閃く。
 二射目、朱点童子の身体は衝撃によって宙に浮いた。さらに三射目。傾いた朱点童子の側頭部に矢が突き刺さり、爆散。朱点童子は冗談のように床を転がり、柱に激突して止まった。
 その威力は、まさに神撃のようだった。
 真琴は己の力が信じられない。
 
真「……これが、ウチの……? ……って……!」
 
 ふいに、
 真琴は違和感を覚えて自分の腕を見下ろす。
 あれほどの奥義を使いながら、真琴には一見変わった様子は見えない。
 だが……
 悪夢の予感を覚えてしまった。なにかがおかしい。自分の身体に見えない異変が起きているのだ。背筋を冷たいものが走り抜ける。それは恐怖の種だった。
 
 
 これで終わってくれ、と願うのは、あまりにも楽観的すぎた。
 大鬼が吹き飛ばされて痛みに悶えている間に、福助は<お雫>を唱え終わっている。
 晴海と朱点童子が起き上がったのは、ほぼ同時。

朱点「なめやがってェ!」
晴「まだまだァ!」
 
 当主の勢いに、近くにいた福助が「うおっ」と叫びながら後ずさりする。
 瓦礫を吹き飛ばしながら朱点童子が立ち上がり、頭を振って態勢を整えた頃には、晴海がその鬼の前に立ちはだかっていた。
 
朱点「まずはあの弓使いのガキからだ……! ひねり潰してやらァ!」
晴「ふっざけんな! 頭に来ているのはこっちだって同じだ! 仲間に手出しはさせねえ!」
 
 腕を振り回しながら熱情を燃やす晴海。彼女が本気で怒る姿を見るのは、初めてだ。
 福助は遺憾の意を示す。
 
福「晴海さん、当主なのにそんな言葉遣いを……」
牽「今そんなこと言っている場合か!?」
 
 福助は晴海のそばで待機し、牽は真琴の元へと急ぎ戻る。
 眼の色を変えた朱点童子は、今度こそ本気のようだった。歩きを覚えたばかりの幼児のような拙さで、左右に身体を揺らしながら迫り来る。しかし形相は般若。滑稽さと悪心の二面が同時に存在するその姿こそが、鬼そのものであった。
 
 朱点童子は晴海の直前で止まり、地面に拳を叩きつける。床が割れて、朱点閣が揺らぐ。思わず足を取られてしまった晴海に向けて、朱点童子は飛び上がった。そのままの勢いで、尻を向けてのしかかってくる。
 
朱点「ならてめェからやってやる! 圧殺だァ! 死ねェ!」

 知能が低いとは言え、さすがは鬼。恨むこと、祟ること、殺すことを生業としているだけあって、いくさごとに関しては一日の長がある。このままでは、晴海はぺしゃんこにされてしまうだろう。

晴「うるせえよ! ばか! 誰ひとり死ぬもんか!」
 
 かたや晴海は、馬小屋ほどの巨体の朱点童子に向かって拳を突き上げる。いくらなんでも無茶な行為だ。晴海は頭に血が上っているのだ。案の定、晴海は少しも抵抗できずに朱点童子の下敷きになって潰されてしまう。
 
福「晴海さん!」
 
 いつでも<お雫>を唱えられる態勢を保ちながら、叫ぶ福助。
 その返事は、雄叫びだった。
 
晴「おおおおおおおおお!」
朱点「ンあァ!?」
 
 朱点童子までもが驚愕する。晴海は顔を真っ赤にしながらも、渾身の力で朱点童子を受け止めていた。両足が地面に沈み込んでゆき、細い体がミシミシと歪む。今にも砕けてしまいそうだ。
 牽が怒鳴る。

牽「真琴! 射てええ!」

 恐らくはそれが晴海の狙いだ。

真「ッ、わ、わかってますってば!」
 
 気を練っていた真琴は、それを己の手に乗せて再び解放する。あの時の甘美な力が真琴の全身から溢れ出た。二度目の、連弾弓。広間に光が満ちる。
 その奥義をなんとでも阻止したかったのは、朱点童子だ。鬼は真琴に力が収束していくのを見るや否や、遮二無二暴れ出した。

朱点「させるかよォォ!」
晴「ああっ!」

 ついに晴海は木の葉のように吹き飛び、福助が地面に激突する寸前に彼女を受け止める。朱点童子もまた、身を翻して飛び退いた。しかし真琴の狙いは今さら変えられない。矢はでたらめに飛ぶ。朱点閣の壁が次々と穿たれてゆく。
 朱点童子は距離を取り、晴海と福助が間に入ったため、一旦仕切り直しだ。

朱点「もうその手は食わねェよ! すぐにてめェら、三途の川を渡してやらァ……!」
 
 鼻息荒く、朱点童子は一族を睨みつける。
 


 奥義を二度まで使って、まだ朱点童子は倒せていない。となれば、最大まで<武人>を重ねがけた真琴が、三度目の連弾弓を使わなければ――

牽「――真琴」
 
 振り返り、牽は驚愕した。
 
真「あ、ああああ、あああああぁ……」
 
 真琴は呻吟していた。
 彼女の腕が、ひび割れていたのだ。まるで陶器のように、だ。
 そんなこと、本来なら現実にはありえない。
 髪を振り乱しながら、真琴は正気を失いかける。

真「な、なんですかこれ、これ、ウチの身体どうなっちゃっているんですか……!? 父サン、父サン、これって……ねえ、父サン!」
牽「それが、奥義の代償なのか……?」
 
 わめく真琴を、牽は落ち着かせることはできない。娘の身になにが起きているのか、まったくわからないのだ。

 朱点童子を晴海と福助は二人がかりで食い止めていた。だが晴海は何度も致命傷を受けている身だし、福助も石猿田衛門から受けた傷が深い。一族は皆、満身創痍なのだ。
 このままでは、荒神橋一族は全滅だ。
 朱点童子の硬い皮膚には、刃も通らない。晴海の打突も効果はない。

 だが、無理だ。もう真琴には奥義は打てない。
 福助は後衛の牽に怒鳴る。

福「今から<武人>を改めて重ね直さないと……!」
牽「そんな時間はないだろ!」
福「だからって!」
牽「それなら<花乱火>の併せだ!」
福「僕と牽が詠唱に入るのは無理だろう!」

 粉塵と怒号、それに朱点童子の拳が飛び交う。
 どちらに転んでもおかしくはない紙一重の勝負だ。それでも、荒神橋一族の旗色が悪い。福助が、晴海が必死になって朱点童子に飛びかかる。

 いつしか、少女はひとりで立ち上がっていた。
 弓を、構えていた。

 
 まるで時が止まったような世界で、真琴だけが動いていた。

牽「真琴――」


 
 亀裂の入った腕で弓を持ち、亀裂の入った腕で矢を引き絞る。
 真琴の目は朱点童子を捉えていた。
 涙でにじむその視界を、絞り込む。
 
真「だ、誰も……ウチにはできないと思っているんでしょう、誰も、誰も!」
 
 視界に入る細腕の現状は、深く考えれば震えが止まらなくなりそうだった。だが、そんな態度のままでは矢は当たらない。
 幸い、まだ痛みはない。これなら狙える。まだ狙えるのだ。
 
真「守るだとか、守られるだとか、そういうの、キラいです。ウチは、ウチのために……」
 
 言葉は真琴を救ってくれるような気がした。たとえそれが嘘でも真でも。

 こんな荒れ果てた鬼の根城で、命を削りながら思う。
 恐怖を克服できたわけではない。だが、それでも――

 だってここで負けてしまったら、どうだろう?
 来年もう一度、長い雪山を登って。
 辛い目に遭いながら、門番たちを打ち破って。
 更に、再び朱点童子と戦うはめになるのだ。
 その時には自分はもう、たったひとりで。
 きっと、悔やんでいるだろう。
 今ここで、朱点童子を討ち果たせなかったことを。
 一生、後悔するに違いない。
 
真「当たり前ですよ、誰かのために犠牲になるなんて、そんな。馬鹿げてます、ウチは、他の誰でもない、ウチ自身のために――」
 
 晴海も牽も福助も見殺しにしたようなもので。
 そんなことはしたくない。
 絶対に、したくない。
 たとえ、この腕がもう二度と――

牽「よせえ! 真琴おおお!」

 真琴の腕から小さな欠片のようなものが飛び散った。
 それは雪のように真っ白な光を放ちながら、空気に溶けて消える。
 真琴は父に叫び返す。

真「好きでやっているんです! 止めないでください!」
 
 星のような、矢が放たれる。
 
 
 真琴の射った三本の矢は、朱点童子の腹を貫いた。
 背後に血をまき散らしながら、矢は空中で破裂する。
 噴き出た血は、床を真っ赤に濡らしてゆく。
 
朱点「が、ふ……ッ」
 
 朱点童子はゆっくりとその場に膝をついた。
 その奥義はとどめになっただろうか。
 いや、とどめではなかった。
 朱点童子はまだ生きている。致命傷には違いないだろう。それでも、がりっと爪で床をひっかきながらも立ち上がり、戦おうとしている。血を吐いてまで。

朱点「俺ァ、こんなところで……こんなところで、死ねねェよなァ!」

 生きたいという気持ちは、鬼だって同じ。
 わからないことだらけの朱点童子の言葉だったが、それだけはわかる。
 晴海は足を引きずりながら、朱点童子に近づいていく。福助の助けを断り、たったひとりで。
 
晴「朱点童子……」
朱点「うおおおおォッ!」

 力なく振り回される腕を難なく避け、晴海は腕を掲げた。

晴「晴海たちの、荒神橋一族の命……返してもらうぞ……」
 
 晴海は、指輪を突きつけた。
 光が溢れる。
 朱点童子は驚愕に目を見開いた
 現れたのは、ひとりの偉大な武士。
 朱点童子はその姿に見覚えがあっただろうか。
 

 荒神橋源太。
 その恨みを今こそ、晴らす時――

 
 一族の祖霊は雄叫びをあげながら朱点童子を切り刻む。生前は見ることはできなかった、都一番の武士の剣術だ。それは朱点童子の命の灯火をついに消し去る。
 そして、朱点童子の断末魔が響いた。
 
朱点「ギャアアアアアアアアアア!」
 
 朱点童子は仰向けに倒れて天を仰ぐ。
 それから、ぴくりとも動かなくなった。痙攣すらもしない。

 
 一同はしばらく声も出せなかった。
 これで、終わったのだろうか。
 本当に、朱点童子を倒したのか。
 戦いの余韻が辺りを包んでいる。
 どうやら終わったらしいと思えたのは、さらにひとつの火が消えた後のことだった。
 

 晴海は荒い呼吸を落ち着かせようと努力しながら、その場に座り込む。
 
晴「はぁ……はぁ……」
 
 福助が晴海の元にやってくる。

福「これで、終わったのか」
晴「……ああ、そうだな」
 
 言葉を交わすとようやく実感が湧いてくる。
 体の奥が、熱くなる。

 牽は真琴と一緒にいた。
 父は娘にこう告げる。

牽「……頑張ったな、真琴」
真「……ええ、まあ……はい」
 
 へたり込んだ真琴。もう軽口を叩く元気も残っていないようだ。
 その腕は、欠片が全て飛び散り、肘から先が真っ黒に染まっていた。まるで病に侵されているような姿だ。
 そんな娘の頭に、牽はポンと手を置く。
 真琴は嫌そうに眉根を寄せる。

真「子供扱い……」
牽「労っているんだってば。朱点童子を倒せたのは、君の力なんだから」
真「……早く帰って、お風呂入りたい……」
 
 汗や血でまみれた姿は、乙女の真琴には我慢ならないのだろう。そんな真琴に牽は笑いかける。
 朱点童子の骸から、天の川のような輝きが溢れ出したのは、その直後のことだった。

牽「な、なんだこれ」
 
 一粒、二粒。地上に落ちた星々のような光が、次々と舞い上がってゆく。それは朱点閣の天井を通り抜け、空へと昇る。目も眩むような瑞光は、広間を無限の色に満たしてゆく。
 思わず、感嘆の声が漏れた。

牽「すげ……ほら、見ろよ真琴……って、真琴?」
真「……」
 
 真琴は牽にもたれかかりながら、気を失っていた。

牽「……そうか、まあ、頑張ったもんな」

 朱点童子に囚われた神々の解放を見つめながら、牽は真琴の頭をもう一度撫でた。彼女は最後まで意地を張り通したのだ。
 たった4ヶ月才の少女には厳しい道中だったろう。それでも真琴はやり遂げた。牽は眩しそうに目を細めた。それは天界の神々が放つ光輝に負けずとも劣らない、真琴自身の勇気の光だった。
 
 









 


  「クククク……」


 その時、気味の悪い笑い声。
 倒れたはずの朱点童子から発せられている。

 まさか、と振り返る。
 大の字に寝ている朱点童子は、笑っていた。
 
 
  「クククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククク
 
 
 悪夢のようだった。
 
 
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# by RuLushi | 2012-09-01 11:49 | 三代目当主・晴海